第11話 君の願い
「う、うぁ、うぅうう!あああぁぁああぁ!!」
もがき苦しむような絶叫が響き渡る。その痛ましい姿に、俺はじっとしていられなかった。すぐに側に行こうとするも、颯太に肩を捕まれる。
「何もすんな、黙って見てろ」
「でも!」
「見てりゃ分かる」
「?」
蹲った子供の姿が大きく揺らぎ始める。揺らぎは激しさを増し、やがて、黒い影が剥がれていく。
「これは……?」
「呪いの浄化。まぁ、呪いを無理矢理引っぺがしてるってほうが正しいかもな」
黒い影は剥がれ続け、散っていく。瞬く間に黒い影が消え去っていく。そうして、そこに姿を現したのは──。
「和也くん……」
子供の正体は、やはり和也くんだった。和也くんは気を失ったように、その場に倒れている。
俺は今度こそ和也くんの側に行くと、眠っている子供を起こすように、小さな背中をそっと揺さぶった。
「……ん、あれ」
閉じられていた目蓋がゆっくりと開く。和也くんは体を起こすと、辺りを不思議そうに見回す。
「僕、ここで……色んな子と遊んでた、はず……。お兄さん達、誰?」
少し怯えを含んだその声色に、怖がらせないよう努めて優しく話しかける。
「俺達は君を助けにここに来たんだよ」
「助ける?」
状況を理解できないのか、困惑の色を浮かべていた。
「お前、交通事故で死んだんだよ。それは覚えてっか?」
「おい、颯太!」
「どのみち言わなきゃだろ」
「だからって、そんな急に」
「死んだ? 僕が? 僕、死んじゃったの?」
突きつけられる現実に、和也くんの瞳が動揺で揺れる。
「それは、その……」
こんな幼い子供に何と伝えればいいのか。俺が迷っているうちに、颯太は構わず真実を述べてゆく。
「そうだよ。三年前、お前は交通事故で死んだ。そしてお前は成仏できずに、今日までずっとここに居たんだよ。覚えてるか?」
「…………」
「和也くん、大丈夫?」
和也くんは黙ったまま、自分の手のひらを見つめている。いつまでそうしていたか、和也くんは顔を上げると。
「そっか、僕、死んじゃったんだ……」
消え入りそうな声で、そう呟いた。
「思い出したか?」
颯太の問いかけに、和也くんは静かに話し出す。
「僕、気がついたらここに居た。どうしてなのかは、分かんない……。でも、凄く、凄く寂しくて、すっごく寂しくて、公園で遊ぶみんなが凄く楽しそうで、羨ましくて……」
和也くんは顔を歪ませる。
「だから、ここに友達を呼んで、遊んで……。でも、結局みんな帰っちゃう。僕を置いて行っちゃうんだ。それが嫌で、それで、それで……まだ、遊んで、欲し、くて……いて、ほしく、て……」
今にも泣き出しそうな和也くんの頭をそっと撫でる。
「引き止めようとしたんだね?」
「うん……。ごめんなさい、怪我、させちゃって、ごめんなさい……。僕、ただ、ただ……」
瞳から大粒の涙が溢れ出す。
「おじさんは頑丈だから平気平気。それに、誰も和也くんを怒ってなんかない。だからもう、謝らなくて大丈夫だよ、大丈夫だから」
和也くんは小さく頷く、大粒の涙は止まりそうになかった。今まで泣くことすら出来なかったのかもしれない。今はただ、この子の気が済むまで側にいてあげよう。
「泣いてるとこ悪いんだけどさ。お前、自分で成仏できそ?」
「……じょう、ぶつ?」
「一人で天国行けるかって話」
和也くんが困惑の瞳で俺を見る。正直、俺も困惑していた。
「無理そうなら俺が手伝ってやるよ。桔平さん、そこ退いてくんね?」
「何で」
「危ねぇからだよ」
颯太は刀を一振りすると、構え直す。まさか……。急いで颯太の前に立ち塞がる。
「待て待て! いくら何でも急すぎるぞ!?」
「急にも何もねぇよ、何の為にここに来たのか忘れたのか? 霊を祓うためだろ」
「そ、それはそう、だけど……」
ただならぬ雰囲気を察したのか、和也くんは怯えて俺の服を掴む。
「僕、どうなるの?」
颯太は無言で俺を睨み付けるが、ここで引き下がることは出来ない。
確かに俺達は祓うためにここに居る。そこに間違いは何もない。
でも、この状態のままの和也くんを無理矢理祓ってしまうのは、どうしても違うような気がしてならなかった。
颯太は諦めたのか、不服そうに刀を下ろす。ひとまず安心した俺は、側にいる和也くんに視線を移し──。
「わりぃな」
颯太が再び刀を構えていた。あの目は、本気だ。和也くん目掛けて刀が突き出される。
「やめっ!」
咄嗟に和也くんを庇う。背中に走る鋭い痛みに、きつく目蓋を閉じる……。しかし、痛みはいつまで経っても感じない。俺は恐る恐る後ろを振り向いた。
「!」
刃はすんでのところで止まっている。その光景に俺は息を呑む。
「…に、やってんだよ……」
「颯太……うわっ!?」
思い切り胸ぐらを捕まれる。颯太の表情は怒りに満ちていた。
「アンタ死にてぇのかよ! それとも、俺を殺人犯にしてぇのか! あぁ!?」
「わ、悪い……」
「アンタ本当に馬鹿だろ! 大馬鹿だ! 何の正義感かは知らねぇけど、仕事の邪魔すんじゃねぇよ!」
颯太の怒りは止まらない。颯太の行動に間違いはなかった。それでも、俺の心はどうしても納得が出来ない。
「……本当に悪かった。二度とこんなことはしない。本当に、すまなかった」
「どーだか」
「でも、時間を少しくれないか?和也くんと話しをさせて欲しい」
「……」
「頼む、この通りだ!」
俺は必死に頭を下げる。ただただ痛いくらいの沈黙が辺りを包む。
「何でそこまでするかな……」
「?」
「もう本当に知らねぇからな」
颯太は刀を鞘に収めると、後ろを向いてしまった。これは、時間を貰えたということだろうか?
「颯太?」
「話すんだろ? さっさと話せよ」
振り返らず、ぶっきらぼうに返されるその言葉。
「ありがとうな」
「はぁー」
今度は盛大な溜め息だけを返された。それでも、俺にとっては充分だった。和也くんと改めて向き合う。
「怖がらせてごめんな」
「……お兄さん、怒ってるよ」
「あのお兄さんとは仲直りしたから大丈夫! だからもう怒ってないよ。なぁ、颯太!」
「オコッテナイ」
「ほ、ほらね!」
「……うん」
何とも言えない微妙な目を向けられたが、ここはもうゴリ押しだ。それに、今話すべきことはそれじゃない。
「和也くん、さっきも言ったように、俺達は君がちゃんと天国に行けるよう、手助けをしに来たんだ」
「…………」
「和也くん?」
和也くんは俯く。突然突きつけられた自分の死と境遇。それを受け入れるのは、誰だって難しいだろう。自分はとても、酷なことをしている。
「分かんない、どうやって行くのかなんて分かんないし、怖いよ」
「大丈夫、決して怖い所なんかじゃないよ。和也くんはここから自由になりたい?」
「うん……。でも、この世界から消えちゃうのは怖い。それに……」
「それに?」
和也くんは更に俯き、自身の服を固く握りしめた。
「僕、まだ、まだ、やりたいこと……あった、と思うんだ……」
「やりたいこと? それは何?」
「えと、あの、あのね、あの……」
その小さな願い事に、俺は目を丸くした。




