第14話 約束と共に
とある日、俺はバスの後部座席に座っていた。バスの振動に揺られながら、流れていく外の景色を何となく眺める。あの衝撃的な日から約一ヶ月、早いような遅いような。
首に残っていた跡も綺麗に無くなっていた。この一ヶ月は俺にとって、とても目まぐるしいものであった。
静かに目蓋を閉じ、あの日の最後の出来事を思い返す。
『では、後のことは私達にお任せください!』
『本当に大丈夫なのか?』
二人に見守られながら、俺は裏口から外へ出た。
『ここから先は俺達の領分、アンタが居てもしゃーないだろ』
『危ないから後は俺達に任せろって言いたいんですよ』
『おいテメェ』
この掛け合いも、これで見るのが最後かと思うと、少し寂しさが込み上げる。
『二人とも、今日は本当にありがとうな。世話になった』
『とんでもない!むしろ、私達が宮地さんに助けられたんですよ。ね、颯太』
『あー、まぁ、うん』
やっぱり、何だかんだで素直な子である。
『あ、そうだ!宮地さん、これをどうぞ』
『?』
善城院さんから渡された一枚の紙、それは紛うことなき名刺であった。名刺には善城院事務所と大きく書かれており、端には住所や電話番号が記載されていた。
『何かありましたら、いつでも連絡してください。あ、もっぱら霊や呪いに関してではあるんですけど……』
『分かった、ありがとう』
そうして貰った名刺は、今も財布の中に大事にしまってある。ただ、今後連絡することはないだろう、これはきっと思い出の品になる。
そう思っていたのだが……。財布から中に入れていた名刺を取り出し、その紙を眺める。いったい何度この名刺を眺めたことか。
何かあったらいつでも連絡していい、正直そんな何かなんて起こって欲しくはない。そう、起こって欲しくなどなかったのだが。
俺は目頭を押さえて天を仰ぐ。何度目か分からない、現在進行形の悩みの種を考える。
その時、バスのアナウンスが聞こえてきた。この次が俺の降りるバス停である。一旦、この悩みは置いておいて、今すべきことに集中しよう。
手の中にある仏花の花束に目を落とし、この一ヶ月を振り返る。
まず第一に、俺はあの会社を辞めた。辞めるにあたって引き継ぎをするのは勿論のこと、それだけでなく、然るべき場所に通報をするため、今まで受けてきた労働違反の数々をまとめていたのだ。
俺自身の体験だけでなく、周りの人達の体験や証拠も集めていたものだから、中々に大変だった。
紆余曲折あり、上司からの釘刺し攻撃もあったものの、それは割愛。何の面白みもない話だからだ。
兎にも角にも、辞める前に通報をすることができて良かった。それは、声を上げても何も変わらない、どうにもならない、何かと言い訳をして、目を逸らし続けた過去の自分と決別するためでもあった。
今更かもしれないが、それが俺のやるべきことなんだと思った。少しでも黒い汚れを落とせたら良い、立つ鳥跡を濁さずというだろう?
俺の場合、上司達からしてみれば、暴れ回って爆弾を置いていった厄介鳥だろうが。
そのことがきっかけになったのか、はたまた時間の問題だっのか、世間に会社の悪事はバレ、然るべき裁きを受けることになったのは、退職後のニュースで知ることになった。
こうしてひと段落し、晴れて自由の身になった俺は、もう一つのやるべきことに向けて、こうしてバスに揺られているというわけである。
バスのアナウンスは、次なる目的地を告げる。俺は降車ボタンを押すと、流れる外の景色をまた眺めるのだった。
バス停から徒歩十五分、スーツの上着を着直し、仏花を片手に持ちながら、その場所へ向かう。
雲一つない清々しいほどの青空だった。そうして見えてきた重厚な木製の門、そこには意外な人物の姿があった。
「え、君達……!」
「お久しぶりです、宮地さん!」
「ども」
居るはずのない人物、善城院さんと天寺くんが、あの時と寸分違わぬ姿で門の前に立っていた。
「あ、あぁ、久しぶり……。いや、何で君達がこんな所にいるわけ!?」
「私達も用があって来たんですよ」
「そーそー」
二人は特に気にするでもなく、平然と答える。
「田辺さんの墓参りに来たんだろ? 俺達も墓参りしようと思ってさ、遥々ここに来たわけ」
「え〜……」
何だか腑に落ちないぞ。そもそも同じ日付、同じ時間に、偶然こんな所でバッタリ出くわすなんてことあるか? 二人に疑惑の目を向ける。
「ま、まぁ、詳しいことは後でお話しますので! まずはお墓参りに行きましょう!」
善城院さんは強引に話を進める。問いただしたいことは山々だが……。
「仕方ないなぁ、分かったよ。ただし、ちゃんと後で説明してもらうからな」
「はい、勿論です!」
「んじゃ、さっさと行こうぜ」
あの時のように、俺達三人は目的地へと向かうのであった。
♢
お墓の花筒には、少し萎びた花が既に生けられていた。その花を傷つけないよう、持って来た仏花を生ける。
そしてこれは正直供えるか迷ったのだが、最終的に缶コーヒーも供えることに決めた。線香を焚いて、三人で手を合わせる。
(色々あって来るのが遅くなったけど、あの会社とけりをつけてきた。これも全部、田辺さんのおかげだ。まだちゃんと自分の人生を歩めているかは分からないけど、約束を果たせるよう、模索しながら、生きてみるよ)
静かに手を合わし終える。二人は既に済ませており、俺が終わるのを待っていた。
「もういいのか?」
「あぁ」
「では、行きましょうか」
「行くって、どこに?」
「私達のお勧めの喫茶店があるんです! 立ち話じゃ何ですし、まずはそこにご案内しますね。あ、何かご予定とかありましたか……?」
「どうせ空いてんだろ? アンタ今仕事してないんだし」
天寺くんの言う通り、現在俺はフリーだし、予定も特に無いのだが……。そうさっくり言われると、何とも言い難い気持ちが湧き上がってくる。というか、何でそんなことまで知ってるんだこの二人。
「何でそんなことまで知って……」
再度疑惑の目を向ける。
「あー! その! それ含めてお話させていただきますので! ね!」
善城院さんは慌てて誤魔化す。とは言っても、全て今更すぎるぞ。
「余計なこと言わないでください、颯太!」
「へぇへぇ」
天寺くんは相変わらず素知らぬ顔だ。しかし、この様子を見る限り、ここで問いただしても埒が開かないだろう。
俺は潔く諦めることにした。何、時間は有り余る程にあるのだから。
「あー、じゃあ分かったよ。宜しく頼む」
「はい!ありがとうございます!」
「さっさと行くぞー」
二人に連れられて、俺は新たな目的地へと向けて歩き出す。そんな俺達を見守るかのように、晴れやかな空の下、白い蝶が飛んでいた。
♢ 終 ♢




