2章 パーリーピーポー
「おはよう・・・・・・」
「おう、おはよう。メシできてるぞ」
「あぁ・・・・・・ありがとう」
目を擦りながらかぐやは居間に来て、ミカドが作った朝食の並んだ食卓の前に座った。
かぐやは昨日の宴の後、古文書に記された祝詞と動きを覚えようと夜更かししていた為、寝不足だった。
「・・・・・・美味しい」
「そりゃどうも」
「・・・・・・ねぇ、ミカド」
「ん? 何だ?」
「昨日、歓迎会から帰りながら考えてたんだけど、私一人暮らししようと思って」
「そうか。俺は別にお前がうちに居候しても構わねぇけどな」
「ありがとう、でも悪いから」
「まぁお前がそうしたいならいいと思うぜ」
「うん。取り敢えず今日、クラモに住める場所がないか相談してみようと思う」
「いいんじゃねぇか、月皇だしな」
「ん。それとミウシから貰った呪符で、連絡する方法も聞いてこようと思ってる」
「あ~確かに。ミウシに使い方聞くの忘れたもんな。使い方分かったら、俺にも教えてくれ」
「うん」
「それじゃ俺は日雇いの労に行ってくるから、食い終わったら後片付けしといてくれ」
「(労? バイトの事かな)分かった」
かぐやはミカドの家を出発し、クラモの住む宮廷に向かった。
周りがかぐやを見る目は、好奇な目に変わっていた。
情報とは早いものだ。
都では彼女が朔月に加わった事は広まっていた。
彼女を見る目が変わったのは、僅か二日で朔月に加わった彼女の事を只者ではないと感じた事が理由のようである。
「あの、クラモは居ますか?」
「ああ、おられるが?」
「でしたら中に入りたいのですが」
「月皇は政で忙しいのだ、幾ら朔月でも簡単にお会いできるものではない」
「そこを何とか。朔月として仕事する上で、どうしても尋ねないといけない事もあるんです!」
「・・・・・・月皇に伺ってくる、少し待っていろ」
「月皇がお会いしてくれるそうだ、付いて来い」
門番は扉を開けて先頭を歩いていった。
「ここだ。連れてきました、月皇」
「よく来たね、かぐや」
「クラモ、早速相談なんだけど。一人暮らししたいんだけど、何処か部屋を貸してくれる所知らない?」
「何だ、そんな事かい? ならこの宮廷に住むといい、空いている部屋なら幾らでもあるから」
「いや、私にはちょっと高級すぎるというかしんどいというか、何というかゴメン! やめとく」
「謙遜かな? そんな事考えなくても貴女にはよく似合うと思う、私はね。だから――」
「あ、そうそうもう一つ聞きたい事があるんだけど」
「何かな?」
「ミウシから貰った呪符なんだけど、連絡の仕方が分からなくて」
「簡単だよ。呪符を額に付け、頭に話したい相手の顔を浮かべたら呪符を額から離して、呪符に向かって話せば連絡できる」
「意外と簡単なんだね。分かった、ありがと」
かぐやは礼を言うと、額に呪符を付けた。
「誰かに連絡でもするのかい?」
「あ、うん。あなたの提案もいいと思うけど、他の仲間にも一応聞きたいから――もしもしイシツ?」
「――誰?」
「あの、かぐやだけど・・・・・・ちょっと聞きたい事があって」
「何?」
「何処か住めそうな場所知らない? 私、一人暮らししたくて」
「知らないね。話はそれだけ?」
「う、うん」
「それじゃさようなら」
イシツは通信を切った。
気を取り直して次にかぐやは、ミウシと通信を始めた。
「はい」
「あ、ミウシ? かぐやだけど、ちょっと聞きたい事があってさ。何処か一人暮らしできる所知らないかな」
「かぐやお姉ちゃん、お金持ってる? 賃貸住宅なら知ってるんだけど」
「あ~ゴメン、持ってない」
「それならごめんなさい、力になれない・・・・・・」
「気にしないで、大丈夫ありがとう。それじゃまたね」
「あ、ちょっと待って。そういえばマロお兄ちゃんが、旧宅の後始末について悩んでた気がする。ちょっと聞いてみたらいいかも」
「マロね、分かったありがとう」
「かぐやお姉ちゃんまたね、バイバイ」
「うん、バイバイ・・・・・・さて」
かぐやはマロの顔を思い浮かべ、通信を始めた。
「もしもしマロ? かぐやだけど、ちょっと聞きたい事あるんだけど、いい?」
「あ゙あ゙、大丈夫だよ・・・・・・」
「実は一人暮らししようと思ってるんだけど、住める所何処か知らない? あ、都合がいい話で悪いんだけど、お金が掛からない所でね」
「それなら・・・・・・俺に、はぁ・・・・・・任せろし」
「マロ、ほんと⁉」
「かぐやチャン、とりま俺の家来て」
「いや私、あなたの家知らないけど」
「あ~昨日初めて会ったんだった。じゃあクラモちんの宮廷の門の前で待ってて、俺今から向かうかぁ・・・・・・」
「分かった、それじゃ後で」
呪符の通信は終了した。
(マロ、何か様子おかしかったな)
かぐやは疑問を感じながら、待ち合わせ場所まで戻って行った。
かぐやがしばらく門の前でぼっとしていたら、ミユキに肩を借りてマロが宮廷に向かってゆっくり歩いてきた。
「あ! ミユキとマ、ロ・・・・・・」
かぐやはマロの姿が見えていくにつれ、手を上げたまま表情が固まっていった。
「やあ、かぐや」
「ちわッス・・・・・・かぐやチャン」
「うん、こんにちは」
かぐやは、二人に挨拶を返しつつ、昨日とは明らかに様子の違う男が気になっていた。
「で、俺を呼び出してまでここに来た理由はなんだ?」
「俺が・・・・・・昔住んでいた家紹介しようと思って・・・・・・一先俺んち集合・・・・・・で案内しよ思ってたん・・・・・・だけど、かぐやチャン知らないって言ったから、ここに待ち合わせにしてから、一緒に行こ・・・・・・てうっ、思ったんよ」
マロは、眉間を左手で押さえながら言った。
「かぐやチャン、それじゃ付いてき・・・・・・」
「う、うん」
マロはミユキの肩に右腕を回してよろめき歩く。かぐやも見兼ねて肩を貸し、並んで歩いた。
「ここだよ・・・・・・はぁはぁかぐやチャ・・・・・・」
都の中心から外れ、マロが指差した場所は古民家だった。
雑草が茂ってはいるが、外観からしても住居として申し分ないようである。
「ゴメン、ちょっと休むね・・・・・・はぁ」
マロは、両腕を二人の肩から外して、額を右手で押さえながらよたよた歩いて、古民家の玄関口の扉に寄り掛かった。
「はぁー・・・・・・ったく、しょうがねぇな」
「何かマロ会った時から調子悪そうだけど、大丈夫なの?」
ミユキが嘆息し呆れている様子を見て、かぐやはマロの顔とミユキの顔を交互に目線だけ動かし、チラチラ見ながら尋ねた。
「大丈夫だろう、どうせいつもの二日酔いだ。コイツ、酒がとても弱いんだ」
「はぁはぁ・・・・・・頭痛いなぁ」
「おい、この家水は出るのか? 器はあるか?」
「水出るよ、器は無いけど・・・・・・う~ん気持ち悪」
「ほら肩を貸せ、水を飲ませてやるから」
「アハハ・・・・・・ゴメ~ン」
「マロ、鍵頂戴。直ぐ開けるから」
「かぐやチャン・・・・・・あんがと。はい、これだお」
かぐやはマロから鍵を受け取って、空き家の鍵を開けた。
そして蛇口を捻って直に水を飲ませた。
「マロ、少し楽になった? 他に私にできる事ってある?」
「かぐやチャンは優しいなぁ、俺チャン泣いちゃうよぉ」
「ふん! 全く世話が焼ける」
「そんな事言わないでぇ、ミユキちん愛してる~」
「黙れ。大体、酒弱いくせに飲み過ぎなんだ。好い加減己の限界を知ったらどうだ」
「それはそう・・・・・・だけどさ・・・・・・楽しいじゃん、みんな楽しそうにしてるとさぁ・・・・・・だからさだからさ、ついつい飲み過ぎちゃうんだよね~えへへ・・・・・・うう眉間が重い」
「はぁ・・・・・・だからといって一々俺を介抱に呼ぶな」
「ゴメ~ン・・・・・・だってミユキちん、面倒見良いんだもん」
「二人ってやっぱ結構仲良いの?」
かぐやは初めて二人を見た時の感じと、目の前のやり取りを見て何気無く尋ねた。
「別に、コイツが俺に一方的に絡んでくるだけだ」
「だってミユキちん、絡みやすいからさ~。ぶっちゃけ初めて会った時から思ってたよ『何かノリで仲良くなれんじゃね?』って」
「ふん」
ミユキは腕を組んでそっぽを向いたが、気分を害した様子は無かった。
(やっぱ仲良いんじゃん)
「いてて、それでかぐやチャン、ここどう? 住む気ある?」
「うん、パッと見ても気になる所無いし――住もうかな」
「マジ? 実は元々取り壊す予定だったんだ、よかった~。これで解体費用は浮くし、かぐやチャンは助かる、いいことずくめだ。かぐやチャン、嬉しい?」
「え? う、うん」
「イイねイイね。俺さ、人が喜ぶ顔見るの好きなんだよね~堪んねぇ」
マロは少年の様な顔をして無邪気に喜んだ。
「ふふ、だから宴を開くってなって張り切ってたんだ」
「そ、だって楽しいじゃん」
「うん、とっても楽しかった、ありがとうね。マロの人を喜ばしたいって所、いいなって思うよ」
「かぐやチャン・・・・・・アハハ止めろし、照れるっての!」
「さて、俺は帰る。かぐやの迷惑になるからな。お前も、いや俺に負ぶされ、一人では動けないだろうからな」
「OK・・・・・・」
ミユキはしゃがんでマロを背負うと、立ち上がった。
「へぇ~優しいじゃん、ミユキ」
「そんな事はない。単純に俺達がここに長居しては邪魔になると思っただけだ。お前もこの家の居心地を確かめたいだろうからな」
「居心地は確かにそうだけど、別に邪魔だなんて思ってないよ?」
「そうか。まぁいい、それではまたな」
「またね~かぐやチャン、バイバ~イ」
「またね~」
かぐやはマロに手を振り返した。
そして二人が帰って改めて家中を見て回った。
一周してみたところ、やはり気になる点は無かった。
住処についての問題は解決した。
だが、かぐやには直ぐに解決する必要がある問題が、まだあった。
それを彼女はリビングの中心に突っ立ち、考え始めた。
(家は見つかった、次は家具が必要。となるとやっぱり必要になるよね、昼食を食べる為にもお金が)
かぐやは少し思案した後、都の中心に行けば、何か金策の当てがあるだろうと考え、家を出てマロ達とここまで来た道筋を逆走するようにして、元々居た場所を目指した。
(取り敢えず戻ってきたけど、何処でお金を稼げばいいんだろう。日雇いのバイトとかあるのかな? それは何処で探せば、いやそもそもこんなお昼から雇ってくれる所なんてあるの?)
空腹の胃は、この悩みに対する回答を急いていた。
そんなかぐやの答えは、朔月の仲間に尋ねる事だった。
「もしもし――」
貰った答えは千差万別、その中からかぐやが選んだのは――。
(ここか、マロが運営している店『月の燕』。ミカドが自分のバイト先に私を紹介してくれるのは明日だし、今日はここで頑張ろう)
かぐやは、店の扉の取手に手を掛けて引っ張った。けれど鍵が掛かっていたようで開かなかった。
(鍵掛かってんじゃん・・・・・・これじゃ中に入れないよ)
「すいません! 入れてください‼」
かぐやは扉を強くノックし、訴えた。そこへ、
「アンタ、何してんの? そこ、まだこの時間やってないよ」
通りすがりの男が不審に思い、声を掛けてきた。
「あのぅ、私この店に用事があって・・・・・・」
「労の面接か何か? だったら裏口に回るといいよ、店の真後ろに関係者用の入口と札を読み取る絡繰り、念通信機があるから」
「念通信機?」
「そう、それに手を翳して事情を話してやり取りすれば、裏口から中に入れると思う」
「分かりました、ありがとうございます!」
かぐやは礼を言うと早速、店の裏口に回った。
すると確かに、カードリーダ―の様な物と、電話機の側面に手の絵が描かれた板が付けられた装置があった。
板には『用のある方は、こちらに手を翳して下さい』と、書かれてある。
かぐやは教えられた通りに手を翳した。すると間もなく、
「・・・・・・はい」
と、声がした。
「あの、私かぐやというんですけど、マロからこのお店を紹介されて伺いました。今から日雇いでバ、労として雇って頂けませんか?」
「ああ君がかぐやさんね、マロ君から話は聞いてるよ。直ぐに扉開けるね――」
男性の声が聞こえなくなってから暫くして、ドアが開いた。
「かぐやさん、初めまして。さぁ中に入って、控室に弁当を用意してあるから」
「控室?」
「そう、案内するから俺に付いて来て。いやぁ~今日出演する予定の踊り手が来られなくなってどうしようかと思っていたけど、マロ君に君を紹介して貰って助かったよ」
(なるほど。マロはパフォーマーとして、この店を私に紹介したのか。だから通信した時に『かぐやチャンてさぁ~何か芸できる? 例えば舞とか』って聞いてきたんだ)
「あの~因みに私の出番って直ぐですか?」
「夜だよ、今はまだ営業時間じゃないからね。出番としては、午後九時以降だね」
「分かりました」
「さぁここだよ」
二人で話しながら、足音の響く店の中を歩いている内にかぐやは、目的地に着いた。
「もし時間まで外出したいなら、自由に出ても大丈夫だから」
「あ、ありがとうございます」
かぐやは、早速控室の中に入った。
そして鏡の前の机に並べられた弁当から一つ選び椅子に座ると、一人で居るには少し広い部屋の中で弁当の蓋を開け、鶏の唐揚げの様なモノを口に入れた。
(・・・・・・あ、美味しい)
かぐやはそのまま食べ進め、あっという間に食べ終えた。
彼女は弁当の空容器に箸を置き、頬杖を突いて考えた。
これからどうするか、出番まで時間は有り余っていた。
数分考えを巡らした末、彼女は都の中を見て回る事と、花月の湖に行ってみる事にした。
月の燕の前に、かぐやが戻ってきた。
顔を夕日に照らされて、少し眩しそうにしている彼女は、裏口に向かった。そこに彼女が見知った青年が後ろから声を掛けた。
「あれ~かぐやチャン、今から店行く感じなん?」
「ううん、お店にはあなたから紹介されて直ぐ行ったよ。ただ私の出番まで時間があったから、今の時間まで気になる所を見て回ってたんだ。マロは何しに店に来たの? 仕事?」
「あ、俺? そう、俺チャンは仕事で来たの」
マロは笑顔で答えた。そんな彼の様子を見るに、どうやら二日酔いは治ったようだった。
「さて、それじゃ行こうか」
マロはカードリーダーの様な物に、札を通して言った。
「うん」
二人は中に入って奥に進んだ。
「それじゃ俺はこっちで準備があるから、また後でね」
「うん、お仕事頑張ってね」
かぐやは、微笑みながら手を振り離れていくマロを見送ると、控室に向かった。
そして色々な音や声が聞こえる控室の前、緊張しつつ彼女は扉を開けて、「こ、こんばんは~」と小声で挨拶しながら中に入った。
「皆さん、準備お願いします!」
控室のパフォーマーの面々は、早速準備を整えて控室を出て行った。
かぐやも夕食にした余った控室の弁当を片付けて、他のパフォーマーの後に付いて控室を出た。
それから長い廊下を、重低音が漏れ聞こえるフロアに向かって進んだ。
「気持ちブチアガッてるお客さん方、こんばんは! マロでーす‼」
マイクを右手に持ったマロが、DJブースを背後に背負ってフロアでしゃべり始めた。
「今夜は事前に告知してた通り、ゲストを呼んじゃってまーす。みんなー、会いたいかなぁ?」
「Yeah!]
マロのコールにレスポンスする客、会場は盛り上がっていた。
「りょ! そんじゃ呼びましょう。オマエラ! Hey Come on‼」
マロは発すると左端に移動し、彼が居た位置に緊張したかぐやを含めたパフォーマー達が、集まった。
「それじゃ時間も勿体ないし、順におっぱじめて貰いまShow!」
客から見て一番端に居るパフォーマーが、高めのBPMの音楽に合わせて踊り始めた。
「さて次は大トリ、今日がこのハコ初出演のかぐやチャン。それではか~ま~せ~!」
ノリのいい音楽が流れる、しかしかぐやは微動だにしなかった。
「あ、あれ? かぐやチャ~ン」
かぐやはマロに何か言ったが、音楽に搔き消されて彼に聞こえなかった。それからかぐやはマロに手招きをした。
「え? あ、みんなちょっとゴメンね」
マロはそう言って、かぐやに近付いた。
「・・・・・・どうしたの? かぐやチャン」
「マロ、私この音楽じゃ踊れない」
「踊れない? ちょっ、かぐやチャ――」
「ゆっくりした曲なら大丈夫なんだけど・・・・・・」
「う~ん・・・・・・ならかぐやチャンのイメージを聞かせてよ」
「イメージ?」
「かぐやチャンが踊れる曲を、俺が演奏すんべ。セッションてやつ?」
マロはそう言うと、懐から篠笛を取り出した。
「えっと、テンポはゆっくりで――音色は柔らかい感じかな」
「りょ! ちょっと音楽止めて~」
マロは要望を聞くと、DJに曲を止めるように指示した。それから徐に演奏の準備を整え、篠笛を奏でた。
その音色は、会場を包み込むような奥行きと温かさを感じさせるものだった。
「こんな感じ?」
「う、うん。それじゃお願いできるかな」
「OK! それじゃ皆、かぐやwith俺チャンのステージ堪能してくださいYeah!」
マロはマイクをターンテーブルの横に置くと、演奏を始めた。
かぐやは、少し遅れてマロの旋律に合わせるように扇を操ったり、体を回したり、振りを付けたりして、舞った。
静まり返ったフロアを、篠笛の柔らかな音色と優美な舞だけが支配していた。
そして十分の時が流れた後、二人のパフォーマンスは終了した。
「ウォー‼」
「Foo~‼」
フロアは、拍手喝采の嵐だった。
「・・・・・・かぐやwith俺チャンでした~」
(よかった・・・・・・こんな場所で日舞なんて場違いかと思ったけど、ウケたみたい)
「それでは~引き続き楽しんでってネ!」
マロは、マイクをターンテーブルの横に置くと、フロアの群衆に紛れていった。他のパフォーマーも、それぞれ散っていった。
かぐやは、日舞を披露した後の事を何も言われておらず、どうしたらいいのか分からず固まっていた。
(取り敢えず、フロアの中には居た方がいいよね)
かぐやは、辺りをキョロキョロ見回した。するとダンスフロアの先に椅子が並んでいるのが見えた。
(あそこで一先ず落ち着こう)
彼女は、椅子が並んでいるゾーンを目指しておどおどしながらダンスフロアを抜けると、椅子に腰を下ろしてふっと息を吐いた。
(閉店まで居なきゃいけないのかな――もうギャラを貰って帰りたいよ)
かぐやは、自分に手を振る客や話し掛けてくる客に愛想笑いを浮かべつつ、忙しなく様子を窺っていた。
「おっつ~かぐやチャン楽しんでる~?」
「マロ・・・・・・」
「ん?」
マロは顔が赤くなっていた。どうやらまた酒を飲んだようだった。
「ハハ・・・・・・楽しんではいない感じか」
「マロ、私もう帰っていいのかな?」
「うん大丈夫だよ。かぐやチャン、今日はあんがと」
「うん、私こそありがと、楽しかった」
かぐやは、感謝を述べつつ椅子から立ち上がり、
「じゃあまたね」
と、微笑んだ。
「かぐやチャン、喉渇いたっしょ? 帰る前にあそこでドリンク貰っておいで、一杯目は無料だから」
「うん、分かっ――」
「あ~アンタ、最後に舞ってた子だよね? ヤッホー!」
急に赤ら顔の青年が、大声で近付いてきた。
「あぁ、どうも」
「ドチャクソよかったよ~なんつーか――ヤバかった」
「ありがとうございます・・・・・・」
「お客さん~楽しんで貰えてよかったッス、俺も呼んだ甲斐あったつーか。あ、彼女かぐやっていうんで、ヨロシクです」
「かぐやね、りょ! つーか、可愛くね?」
「あ、ありがとうございます」
「ちょっとさ~俺、アンタと一緒に飲みたいんだけどどう?」
「あの、私もう帰る所なんで・・・・・・すいません」
「え? いいじゃん~少し、一杯だけでいいからさ~」
「すいません」
「ハハ、さーせん。かぐやチャン帰りたいみたいなんで。なんなら俺が代わりに付き合うんでどうッスか?」
「は? オメーはすっこんでろよ! 俺は、あの子と飲みてぇの」
「ごめんなさい、嫌です」
「ほらかぐやチャン嫌がってるし、あんましつこいのも――」
「うっせぇ、いいから!」
「ちょっ」
青年はかぐやの手を掴もうとした、その時だった。
「いってぇな、何すんだテメェ!」
「触んなよ、俺の大切な友達に」
マロはその手を払った。
「何だテメェ、喧嘩すんのか⁉」
「かぐやチャンが嫌がる事すんなら――やりますよ? 外出ましょうか?」
マロは相手を見据え、凄みを効かせた声色で発した。
「チッ! 死ね」
青年は捨て台詞を吐いて去って行った。
「マロ・・・・・・」
「ふぅー、ゴメン嫌な思いさせちゃったよね?」
「ちょっとびっくりしちゃったけど――マロが守ってくれたから、平気」
「かぐやチャン、家まで送るよ」
「え? 私なら大丈夫だよ」
「う~ん、でも俺が紹介した場所で、不快な思いさせちゃったから、せめてお詫びとして送らせて欲しい、ダメかな?」
マロは真剣な目をかぐやに向け、頼んだ。その瞳に負け、かぐやは
「分かった、じゃあお願いしていいかな」
と、返した。
「りょ! それじゃ行こうぜ、かぐやチャン」
二人は並んで関係者用通路から外に出た。
なお途中でオレンジジュースに似たドリンクを、バーカウンターで貰い、スタッフルームでギャラを貰った。
繁華街を二人は色んな話をしながら並んで歩いた。
内容はお洒落な家具が売っている場所についてや、かぐやの舞について、他には二日酔いが治って間もないだろうに、何故また酒を飲むのかという疑問等である。
二人は様々な表情をして会話を楽しんだ。
やがて都を外れて、もう少しでかぐやの家に着く地点まで来た所で後ろから男の声がした。
「おい! ちょっと待てコラ!」
二人が振り返ると、そこには月の燕でマロが撃退した青年が立っていた。
「あの人――」
「かぐやチャン下がって、どうしたんスか? まだ何か用でも?」
「おいアンタ! 月の燕じゃ嫌がってた癖に、今は俺の前でほぼ全裸みたいな格好して誘ってんのか⁉」
「はぁ‼」
「まぁまぁ、お兄さん水飲んだ方がいいッスよ。あ、俺買ってきましょうか?」
「あ? 誰だテメェは? 妖が喋ってんじゃねぇよ」
「・・・・・・これはちょっと酔いを醒まさせた方がいいッスね」
「どけや妖!」
青年は、両手を広げ二人に襲い掛かって来た。
しかしその両手が二人に触れる前に、マロの一回転しながらの右回し蹴りが腹部に入った。
「ぐふ・・・・・・野郎やりやがったな」
「もう帰ってくんないっスか」
「舐めやがって、しかも女! 更に脱ぎやがってもう全部見えてんぞ。クソォ妖! テメェ変身しやがってもう俺が退治して女頂いてやる」
青年はなおも二人に向かっていった。
「しゃーなし、もうオトすさんといかん感じか・・・・・・」
マロはふぅっと息を吐くと、青年より速く動いて再度腹部に今度は右の前蹴りを食らわし、次に側転すると、途中で右手一本だけで体を支えて、勢いの付いた左足をハンマーの様に、相手の頭部へと振り下ろした。
この連続攻撃で、青年は気を失って倒れた。
「これで目が覚めたら、正気に戻ってくれてたらいいんだけど・・・・・・」
「うん、そうだね・・・・・・」
「大丈夫、都の近くまで背負って行くから。俺もやり過ぎちゃった感あるし。それじゃ俺は戻るから、かぐやチャンまた――」
「へぇ~お兄さんやるじゃん」
マロがかぐやの方を向いて言い終わる前に、又しても彼の後ろから誰かの声がした。
「誰?」
マロが振り返ると、大木の後ろから水兵服を着た、小学生位の少年が現れた。
「僕はコヤス、よろしくね~」
コヤスは年相応の笑顔を見せて挨拶した。
しかしかぐやは恐怖心を抱き、マロは警戒した。
何故ならコヤスの笑顔から、悪気無く蝶の羽を毟る子供の様な無邪気さと、残酷さの様なモノを感じたからである。
「ねぇ、皆聞こえてるかな? ただいま俺とかぐやチャン、コヤスとエンカしたよ」
「何だって⁉ 場所は何処だい? 直ぐそっちに向かうよ」
「クラモちん、相手は一人だしボクにはかぐやチャンも付いてるからね、俺等だけで倒してやんよ」
「了解した、無事を祈ってる」
「マロお兄ちゃん、かぐやお姉ちゃん頑張って」
「二人共、負けんなよ!」
「・・・・・・まぁ頑張ってね」
「OK! 任せろし」
ミカドからの反応は無かったが、マロは皆の応援に返答し、通信を切った。
「クラモか、お前等も使われて大変だね」
「何とでも言いな、俺チャン達はオメー等をぶっ倒す。まぁ今降伏するなら、痛い思いせずに牢屋にぶち込んでやれっけど」
「そうだね~、それならコイツ次第で考えようかな~」
コヤスは、短パンのポケットから呪符を出すと地面に叩きつけた。
すると呪符から、上下に二つの口がある魔獣が現れた。
「仲間から貰ったんだ~、さぁ行け!」
コヤスが敵の方を指差して指示すると、魔獣は唸り声をあげてマロ達に向かって行った。
「マロ、補助ならいつでもいけるから、相手は任せたよ」
「魔獣なんてゆーて生き物でしょ?」
マロはすっと笛を取り出し、指を動かした。
すると、重たい足音で彼の眼前まで迫っていた魔獣は、虚ろな目をして突如動きを止めた。そして踵を返すとぼっとしていた。
「さてキミの式神は、俺チャンのペットになった訳だけど大丈夫そ?」
マロは魔獣の体を撫でながら、挑発した。
それに対してコヤスは、平然とした顔をしていた。
「余裕そうじゃん? ならコイツは返すよ、行け!」
マロは、魔獣を主に嗾けた。
魔獣は先程彼等に向かって行った時と同じ勢いで、突進して行った。
「フフッ」
魔獣との距離が目と鼻の先になったコヤスは、口角を吊り上げると右の掌を自身の式神の前に突き出した。
「酔眼、開眼」
コヤスが静かに発すると、彼の掌から不気味な眼がゆっくり開き、光を放った。
すると魔獣の様子がおかしくなった。忙しなく首を動かしては吠える行為を繰り返し始めたのだ。
「何か変じゃない?」
「かぐやチャン、もっと俺の後ろに下がってて」
マロは、かぐやに自分の後ろに下がるように促した。その際もコヤスから一瞬も目を離さずに。
コヤスは狂った自身の式神を見て冷笑すると、次に声を発した。
それは言葉ではなく、音だった。高くて響く音波だった。
「何・・・・・・コレ」
「頭回んねぇ・・・・・・」
それを聞いた朔月の二人は、不快感と共に頭が真っ白になった。
例えるなら脳というパソコンを、強制シャットダウンされた様な感覚だった。
魔獣は手をバタつかせ、先程よりも更に激しく暴れた。
だがやがて魔獣は静かになって動かなくなった。
「アッハッハッハー」
コヤスはそんな式神の姿を見て、高笑いした。
「アーッ、壊れたオモチャみたいで最高だったな」
「コヤス、ソイツどうなったん?」
「え? 死んだけど~。正確には溺死だね」
「溺死⁉ ハァ? ガチで」
「うん、僕が幻術で海中だと思わせて、殺したんだ。これが僕の陰陽術だからね」
「その魔獣、アンタの式神だったんじゃないの? どうして平気で殺せるのよ」
「いや~別に貰ったモノに愛着とか無いし、あーなったらもう要らないし」
「召喚、疾風鼬!」
コヤスの返答を聞くや否や、マロは呪符で風に包まれた鼬の様な式神を二匹呼び出し、笛で足首に巻き付かせると、凄まじい速さでコヤスに向かって走って行った。
そして回し蹴りを打ち込もうとした。
「喰らえ!」
しかし彼は打ち込むよりも先に、首を押さえた。
敵の眼が開眼していたのである。それも右の掌だけでなく、左の掌の両方である。
「酔眼、開眼。僕の声も聞こえてたから、直ぐに入っていけたよね」
「ん・・・・・うぐ・・・・・かはぁ・・・・・・」
「このまま死んじゃえ」
マロはもだえ苦しみ目を白黒させていた。
「円かの舞第三番、月に叢雲」
かぐやは祝詞を唱えながら回り、扇を胸に引き寄せた。
すると、マロは正気を取り戻した。
「んぐ・・・・・・あれ? 俺は今確か、海中に居た筈」
「へぇ~やるじゃん」
「コヤス!」
「おっと危ない危ない」
コヤスは、マロからの顔へのハイキックを躱した。
「チッ、最悪!」
「怖いなぁ、でも僕に構ってていいの? そこのお姉ちゃん苦しそうだよ」
「はぁはぁ」
「かぐやチャン! どうしたの?」
「いやちょっと――疲れただけ」
かぐやの使った巫女の技『月に叢雲』は、自身に敵の陰陽術の呪の力を取り込み浄化する技で、浄化するにはかなりの精神力を使うのである。
「ハハハ、これじゃ戦えないね。でも安心してよ、今日は争いに来たんじゃなくて、お前達にそこの酔っ払いのお兄ちゃんをぶつけて、遊ぼうとしただけだからさ。そしたらまさかの朔月だったんだもんね、意外な展開で面白かった」
コヤスは愉快そうに言った。
「オメー・・・・・・」
「じゃあ僕は帰るから、今度は本気で遊ぼうね。それじゃ、またね~酔眼、開眼」
コヤスは大きな鳥になって飛び去って行った、ように見えるようマロ達に幻術を掛けて、林の中に消えて行った。
「マロ・・・・・・」
「大丈夫だよかぐやチャン、俺チャンなら平気だから。それと体張ったおかげで、アイツの陰陽術の仕組みは確認できたから次は勝ってみせるよ」
マロはニコっとして、かぐやの憂いを少しでも取り除こうとした。
それからマロはかぐやを家まで送り、倒れている男を担いで都まで戻って行った。




