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序章 迷夢の現と桃源を繋げる円かの月

 桜が、咲く時分を待ちながらそよ風に揺れていた。

 吹いた夜風を受け、捲れ上がる前髪を少し押さえ、ポニーテールの少女はリュックサックを背負って家路へ向かっていた。

 少女の名前は天月かぐや、高校一年生である。

 春休みに入った彼女は、週五日で日本舞踊の稽古をしていた。

(はぁ・・・・・・しんどい)

 かぐやは、小学生の頃から日本舞踊を習っていた。

 元々は日本舞踊の師範である、彼女の母が開いている教室に遊びに行って、そこで生徒の動きを真似て踊った所、彼女の母に褒められ、それが嬉しくて日本舞踊を習い始めたのだった。

 長年稽古を続けた彼女は、実力があった。その為、大きな舞台で踊る事も多くなっていった。

 それを彼女は特に嫌ではなかった。彼女の母も喜んでくれていたからだ。

 ところが次第に彼女の母は、褒める事が無くなっていき、彼女の舞に対して厳しくダメ出しをするようになった。

 彼女は感じていた、自分が日本舞踊の師範になって、日本舞踊の世界で活躍したいと思っていると母が考えている事を。その為に稽古にも熱が入っているのだと。

 しかし彼女にはまだ、やりたい事が見つかっていなかった。

 日本舞踊は好きではあるが、プロとしてその道に進むかはまだ分からない。

 けれど母は多くの稽古をさせた。おかげで友達と遊ぶ時間も中々取れなかった。そんな彼女は疲れ果てていたのだった。

「ふぅ・・・・・・今日も星綺麗だなぁ」

 金曜日にだけ家と稽古場の間に在る珠竹(たまたけ)神社に寄る事が、かぐやのここ二週間の習慣となっていた。

 それは彼女にとってこの神社が、リラックスできる場所だからだ。

「綺麗な月・・・・・・」

 かぐやは、弥生の夜空に浮かぶ満月を見上げて呟いた。

 月光が彼女のウサギ顔を照らした。

(・・・・・・帰る前に少し見て回ろうかな)

 かぐやは、来た道を戻り静まった境内から鳥居を潜った。

(もしも漫画のような世界に行けたら、経験ができたら楽しいだろうなぁ。恋をしたり、見た事の無い場所を旅したり・・・・・・誰か私を連れ出してくれないかなぁ・・・・・・)

 夢見る少女は、いつも寝る前にスマホ片手に読む電子書籍の少女漫画の数々を脳裏に浮かべ、思い焦がれながら手水舎や杜を見て回り、やがて大きな池に一本の橋が架かった場所に来た。

 周りには何本もの枝垂れ柳が植えられていた。

 かぐやは中間まで行くと、リュックサックを足元に置き、身を乗り出して水面を眺めた。

 水面には円かの月と枝垂れ柳、そしてぼんやりと彼女が映っていた。

 水面には表情までは映らなかったが、その顔は憂えを帯びていたのだった。

「はぁ・・・・・・」

 かぐやは嘆息を吐いてぼっとしていた。すると突如彼女は、池に映る満月に向かって飛び込んだ。いや、足音を立てずに彼女に近付き後ろに立った何者かに、後ろから突き飛ばされたのだった。


「ぷはっ! ケホケホ・・・・・・水飲んだ。一体何なの~?」

 水面に映った月からかぐやが顔を出した。

「・・・・・・ここ何処?」

 彼女は思わず声を漏らした。

 それはそうである。底まで見える程の深さしかない池に落ちた筈なのに、水中から顔を出せば、身長161cmの自分が、胸まで水に浸かる程の深さの見知らぬ場所の湖の中に居たのだから。

 ずっと水中に居てもしょうがなく、体も冷えてきた彼女は、岸まで歩いて湖から出た。そして辺りをキョロキョロしながら、人の手が加えられたように綺麗に木々が茂った森を、出口を目指して勘を頼りに進んだ。

「あ~もう靴下までずぶ濡れだし、ほんと最悪!」


「出口に着いた、けど見た事無い風景なんですけどー! ん? 『ここより先、花月の湖也』?」

 花月の湖の在る森林を出た先には、繫栄した街の景色が広がっていた。狩衣を着た者や、着物の裾を太腿まで折り曲げて物を売っている人々、威勢の良い声、香の匂いを漂わせて歩く女。

 建物は古代中国の宮廷のような物が在ったり、武器もレイピアを腰に差している男が歩いていたりしていた。

 そこは色々な時代や国の文化が入り交じったような奇妙な都だった。

「これタイムスリップ? 違う・・・・・・異世界転移したんだ」

 かぐやは森の前から歩きながら都の中を見回している内に、自分が異世界転移したと悟った。そして、

(・・・・・・取り敢えず見て回るか)

 彼女は理解した上で、未知への不安と期待に胸を騒がせながら散策し続けた。

 周りの人々は、都の中を落ち着かない様子で徘徊する、全身ずぶ濡れの見た事無い格好をした少女を、訝しんだ目で見た。

「か~のじょ、何でそんな体中濡れてんの?」

「なんなら俺等が服、乾かしてやるから付き合ってよ」

 かぐやの目の前からだらしなく着崩した和服の青年と、漢服を着た青年が歩いてきた。そして立ち止まると、彼女の前に立ち塞がった。

「え?」

「え? じゃなくてさ、いいから来いよ」

「ちょっと、痛い! 離して!」

 漢服の青年がかぐやの手首を掴んで、何処かに連れて行こうとした。彼女は困惑し、更に掴んだ手を離そうと試みたが駄目だった。

 彼女は強く訴えた。

 そんな時、横から漢服の青年の手を誰かが掴んだ。

「お前等何してんの?」

 灰青色の髪をした猫顔の美青年が、二人の青年に話し掛けた。


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