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一先ずの夜明け

「いや部屋広すぎ」

アレクシス様と別れた後、与えられた部屋に入って開口一番声に出てしまった。でかい独り言だな。

明らかに一人で使うにはスペースが多すぎないだろうか。尊い身分の方々にはこれが普通なのか。その辺りの感覚は全くわからないが、庶民の感覚からすると広すぎて持て余すことは確実だ。

ざっと見渡しただけでもここ以外にもいくつか部屋があるようだが、とりあえず今は横になりたい。

あちこち覗いて寝室であろう部屋に辿り着いたものの、これがまた広い。寝るだけなのにこんなスペースいるか?なんで?

とは思ったものの、そもそもの造りが月光を集められるようにできている城なので、そういった意味合いもあるのかもしれない、と思い直す。実際この部屋にもそこそこの大きさの天窓がはめ込まれ、月光が柔らかく差し込んでいる。

といっても、ゆうに成人が三人は寝られるだろう大きさの天蓋付きベッドがどどんと鎮座して尚、広いと感じさせる空間。実は時空とかねじ曲がってるのか?ここは。

そろりとベッドに上がってみれば、ありえないくらいふかふかの感触。こんなベッドで寝てしまった暁にはもう自宅のベッドではペラペラ過ぎて寝られないのではないか。まあこれから寝る(努力をする)のだが。今から自宅に帰った時の己が不安だ。

意を決して潜り込むと、まさに至福としか言いようがない感覚に全身を包まれる。このまま寝付けたら最高だろうなぁ。寝付けたらなぁ。

いけない、思考が暗くなってきた。余計なことを考える前に寝る努力をしよう。

ルーナリアの王族が集うこの城は、つまりルナの力が充満しているはずだ。

──嗚呼、願わくば。

「今夜こそ、眠れますように……」

真摯に祈りながら、月へ別れを告げるように目を閉じた。




いや眠れん。

ここまでお膳立てされているにも関わらず、もはや笑っちゃうくらい眠れない。

「……?」

控えめなノックが聞こえた気がして、とりあえず「はい」と返事をしてみると「セレネちゃん、まだ起きてる?」と扉越しに声が聞こえる。アレクシス様だ。まだ何か用事でもあったのかな。

これ幸いとばかりにベッドから抜け出してドアを開けると、思った通りの超絶美形が立っていた。眩しい。

「ああは言ったんだけど、今日も寝れてないんじゃないかなと思って。君にとって迷惑でなければ、少し話さない?僕たち、今後少なからず付き合いがあるだろうから」

「お気遣いありがとうございます。正直に言うと、全く眠れなくて手持ち無沙汰になっていたところなので嬉しいです」

「ありがとう。そう言って貰えてこっちも嬉しいよ」

どうぞ、とアレクシス様を招き入れて、居間のような部屋に案内する。ここで合ってるのかわからないけど、これまた高そうなテーブルも椅子も二人分あるしまあいいや。本当に高そう。壊したら絶対に弁償出来ないのでなるべく丁寧に座る。というか。

「こんな夜更けによろしいのですか?」

「というと?」

「なんと言いますか、その、外聞的に……」

私のことは別にどうでもいいが、未婚の王子様がこんな夜分に未婚女性を訪ねて良いのだろうか。そういうのうるさいんじゃないのか、お貴族様や王族様は。知らないけど。

「気遣ってくれてありがとう。父にも許可を取ってあるから僕のことは大丈夫だよ」

「良かったです」

わざわざ国王様にも許可を取ってまで来てくださったのか。なんで今日知り合ったばかりの一庶民にここまでしてくれるのかは大いに謎だが、まああまり深入りしないでおこう。人様の事情には触れないに限る。というか、そこまでしてここに来たということは何か重要な用件だったりするのか。

「それで……お話というのは?」

「あはは、そんなに身構えなくていいよ。本当に、ただ君と他愛ない話がしたかったってだけ」

「は」

何故?そんなことのために?一国の王子様が?

虚をつかれた私に、アレクシス様は微笑を浮かべて頬杖をついた。何気ない仕草なのに、それだけで絵になる美しさだ。

「君のことがもっと知りたい。って理由だけじゃ駄目かな」

「だっ……めでは、ないですけど」

何のために……?いや、これから研究する対象のことは知っておく必要があるか。そりゃそうだ。ついでによく考えたら今の私って、向こうからしたら名前以外身元不明の女だ。知りたくて当然だろう。

「そうですよね、わかりました。アレクシス様が知りたいことは全てお答えします」

「なんだか急に切り替えたね」

「理由を理解しましたので」

「その様子だと理解してないと思うけどなぁ」

口ではそう言いつつご機嫌そうなアレクシス様に内心首を傾げていると、「そうだ」と彼がなにか思いついたように言った。

「レディに聞いておいて僕が何も言わないというのはフェアじゃないよね。君の質問にももちろん……全てという訳にはいかないけれど、答えるよ」

こればっかりはごめんね、と謝るアレクシス様に慌てて首を振る。そりゃそうだ。国家機密もあるだろうし、知りたくもない。そんなもの背負わされてもこちらも困る。

「そうだな……。君に聞きたいことはいっぱいあるけど、まずは」

「はい」

「恋人はいる?」

「いきなり突っ込みますね。まあいませんけど」

「そうなの?良かった」

「良かったってなんですか」

「それなら安心だなって」

「はあ……?」

安心って何が?私に恋人がいなくてアレクシス様が何を安心するのだろう。相変わらず読めない御仁だ。

「改めて、僕たちのルナは基本的に近付けば近づくほど強くなるんだけど」

「はい。存じております」

「そこまではみんな知ってるよね。実はこれには続きがあってさ……いや、試した方が早いか」

「試す?」

「うん。習うより慣れろってやつ」

「…………お言葉ですが、ご遠慮願いたく」

「えー?詳細を聞く前から?」

「正直に言いますと、嫌な予感しかしません」

「それはやってみなきゃわかんないよ?」

その言い方が既に怪しいですよ。とは思ったものの、無事黙りを決め込むことに成功した。

こういう時の第六感を舐めてはいけない。なんというか、非常に嫌な予感がする。私にとって。

「そもそもアレクシス様にここまでしていただくのは」

「でも現に今も、僕と向かい合って話して眠気が来てないんだろう?」

「それは……はい」

「なら、試してみる価値はあるなと思って」

「それは……確かにそうかもしれませんが」

アレクシス様はいいのだろうか、それ?に関して。

言い淀む私に、アレクシス様は優雅に微笑む。

「それじゃ、言い方を変えよう。セレネちゃん」

「は、はい」

アレクシス様にじっと見つめられ、反射的に返事をする。超絶美形に見つめられると普通に変な汗をかくのでやめて欲しい。

「眠りたいかい?」

「はい。すっごく」

「決まりだね」

「はっ……」

先程の迷いは何処へやら、身も蓋もなく即答してしまった。でも本当に眠りたいのは事実だし。相変わらず嫌な予感はしているけれど、やはり眠気という甘美な誘惑に抗えない。嗚呼女神様、こんな私をお許しください。

「セレネちゃん?」

自分やら女神様やらに謎の言い訳を連ねている間に、気づいたら目の前にアレクシス様が立っていた。また自分の世界に入っていた。なんたる失態。

「すみません、ぼうっとしてました」

「寝れてないんだし仕方ないよ。立てる?」

寝れてないことは全く関係なかったが、勘違いしてくれているなら好都合である。そんなことより、よく考えたら王子様を立たせっぱなしだ。まずい。

「はい今すぐ立ちますお待たせしてすみません」

焦って立ち上がった瞬間、急に頭がくらりとしてしまって、やばいこれ倒れる……!

ぎゅっと目を瞑ったものの、ふわりと抱き留められる感触がして──。

「大丈夫かい?無理はしないで」

「す、みませ、ん」

不本意ではありながら、後ろから抱き着くに留まらず今度は正面からアレクシス様に抱き着く形になってしまうとは……不覚……。

「立てるようになるまでこのままでいいから」

「いえ……そんな、立ちます……から……」

早く立たなきゃと思うのに、こんな時に限ってぐにゃりと視界が歪んだ、気がした。

次いで、ぐわんと頭が揺れる。

「……セレネちゃん?」

「すみま……せ……」

「本当に大丈夫かい?誰か呼んできた方が──」

「……………………」

「セレネちゃん!…………あれ」

「すう…………」

「……ふふ、可愛い寝顔。予期せぬ形とはいえ、ようやっと僕もお役に立てたかな」



アレクシス様がそんな呟きを落としていたともつゆ知らず、私の意識は底に沈んでいったのだった。



翌日のセレネ、推して知るべし。

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