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ルーナリア城へ

「わあ……」

初めてこんなに近くで見た。

観光名所であることは知りつつも訪れたことはなかったため、遠目でもわかっていた荘厳さがより真に迫り圧倒される。住んでるのに?と思われるかもしれないが、自分が住んでいる地域の観光名所って逆に行ったことなかったりしない?あれです。今日この時までの私のルーナリア城に対する知識は本からの受け売りです。浅い知識。

百聞は一見にしかずとはまさにこの事である。まるで御伽噺の中から飛び出してきたような麗しき城は、月光というドレスを纏っていっそ神秘的ですらあった。

「ようこそ、ルーナリア城へ。歓迎するよ」

先に馬から降りたアレクシス様がにこりと笑って手を差し伸べてくれる。すごい、どこからどう見ても理想の王子様だ。

壮麗な城に、美しい王子様。これぞまさしく。

「完璧ですね……」

「何が?」

うんうんと頷く私に、アレクシス様は不思議そうに首を傾げる。その拍子に絹糸のような髪がさらりと揺れて、そんな様子まで美しいものだから、ここまでくるともはや憎らしい。

「独り言です。すみません、お手数お掛けします」

「はは、全然」

有難く差し伸べられた手を拝借して馬から降りると、またも楽しそうに笑われた。アレクシス様の笑いのツボがわからなすぎる。そして浅すぎる。

「こんな事務的に手を取られたの、初めてだよ」

そう告げてまたくすくす笑っているアレクシス様。今回はツボの解説があったな。あったところでそんな面白いのか?と思うことに変わりはないけど。

「はあ、そうですか。良かったですね」

「うん。良かった」

「……ふふっ」

私のめちゃくちゃ適当な相槌にも、心底その通りだと言わんばかりに頷くものだから、今度は私が笑ってしまう。

と、じっとアレクシス様に見つめられているのに気づいて瞬時に笑いを引っ込める。

「すみません調子に乗りすぎました」

「え?ああ、君は何も悪くない。寧ろ不躾に見つめてしまって悪かったね。なんだか僕ら、今日はお互いに謝ってばかりだな」

いつもならもっと上手くやるんだけどなぁ、と呟いたアレクシス様は、でもね、とさらに続ける。

「君、僕らと出会ってからずっと硬い表情だったから。そんなふうに笑うんだなって思って」

「え……そんなに変な顔してましたか?」

そんなふうってなに。

恐る恐る聞くと、アレクシス様は「まさか」と笑った。

「とても可愛らしく笑うんだなって思っただけだよ」

「はひぇ」

急な豪速球に変な声が出た。人間って咄嗟にこんな変な声出せるんだ。初めて知った。

というかなんなんだこの王子様は、急に変なこと言うのはやめて欲しい。せめて心の準備とかさせて欲しい。

明らかに挙動不審になった私を見て尚、アレクシス様はにこにこと微笑むだけ。怖い。なんで急に今褒められたんだ。社交辞令だとは思うけど、過程の分からない褒めは怖い。

「あの、私ってこの後やっぱり不敬罪で断罪されたりするんですか?」

「この短時間で何がどうしてそうなったの?」

断罪されたりはされないみたい。一先ず良かったです。

なんでもないですと誤魔化して、先導してくれるアレクシス様についていく。

「ルーナリア城は一般的な城と比べてもかなり繊細な造りをしている、という特徴があるんだけど、そのうちの一つがあれだよ」

そう言ってアレクシス様が指差す先を見ると、そこには大きな天窓が鎮座していた。

あれが一番大きいようだが、大小問わず天窓はあちこちにあるようで、真夜中であるにも関わらず城の中は月光で満たされ、そこそこの明るさになっていた。ランタンがなくとも不自由なく歩けるくらいには。

「ルーナリア王家にとって、月の光は重要な意味を持つ。それ故にルーナリア城にはいたる所に天窓がはめ込まれているんだ」

目を凝らして見てみると、その天窓にすら細かな装飾が施されているのが認められた。その形に沿って床にも淑やかな模様が浮かび上がっている。

落ちる影まで美しいとは、本当に優美な城だ。

「まあ天窓といい鬱陶しいくらいの華奢な装飾といい、ここまで無茶苦茶なことができるのも、ルーナリアがあらゆる面から、かつ何百年も平和であるおかげなんだけどね」

「無茶苦茶ですか?」

「ああ。なんてったってルーナリア城は、軍事的に意味を持たない地形に建てられているんだ。一国の要である城がだよ。どうしてだと思う?セレネちゃん」

「一般庶民に聞くんですか」

「そこまで難しい理由じゃないよ。ここまで話せば、君ならきっとわかると思うな。別に外れても何かあるわけじゃないし、気楽に答えてよ。君がどう考えるのか聞きたいだけ」

さらっとプレッシャーをかけられて気楽に答えられるわけないでしょうが。

今この城で一番無茶苦茶なのは貴方ではないでしょうか、とひっそり思いつつ、とりあえず考えてみる。

先程アレクシス様は、ルーナリア王家にとって月の光が重要な意味を持つと仰っていた。実際この城には月の光を沢山取り入れられるよう天窓が多くはめ込まれているとも。

そして軍事的に意味を持たない土地、ということは、ルーナリア王家にとってはそれよりもっと重要な意味がある土地だったということだ。ルーナリア王家にとって何よりも重要なのは、恐らく月の光。となると──。

「……ここが、この国の中で最も月の光を集めやすい場所だから、ですか?」

私の解答に、アレクシス様はひどく嬉しそうに笑う。

「君は本当に賢いね、セレネちゃん」

内心ほっと息をつく。とりあえず今回の突発試験はパスしたようだ。

「まさにその通り。ここが、この国の中で最も月の光を集められる場所なのさ」

そこまで加味して城を建てているくらいなのだから、どうやら私が思っている以上に月の光というのはルーナリア王家にとって大事なものらしい。

「というか、そんな大事なことを私のような一般庶民に話してしまっていいんですか」

「…………」

無言で微笑まれた。笑顔の圧力が怖い。

「あれ?今僕ってなにか喋ってたかな」

「いえ全く何も聞いておりません」

「ありがとう」

この人笑顔で黙らせてくるタイプだ!怖い!思わずお付きの方々を振り返れば、見事に全員と目が合わなかった。見捨てないで。

「まあ、賢い君一人に聞かせるくらいなら大丈夫だよ」

だからいちいち圧が怖い。

まあアレクシス様の言うこともわかる。私は自分の身が可愛いので黙っているし、もし私がこのことを言いふらしたとしても、王都の外れに住む変人女の戯言を誰が真に受けるのか、という話だろう。

「ちなみに随所の装飾にも意味が」

「ううん。それはなんの意味もない。ただ祖先の趣味」

「趣味」

「うん。……というのは冗談で、もちろん意味はあるよ」

「なんで今一瞬嘘つかれたんですか私は」

「まあまあ」

何が『まあまあ』なのかはよくわからないが、アレクシス様が楽しそうなので触れないでおく。触らぬ王子になんとやらだ。

なんだろうな、この短時間でこの人の扱いに慣れ始めている自分がいる。何度も言うが、相手はこの国の王子様だ。そのはずなんだけどな。

「ほら、さっきも言っただろう?ここは一般的な城としては無茶苦茶だって。そして大変喜ばしいことに、ルーナリアは戦争とも天災とも無縁と言っていい。つまり?」

「またですか。……つまり、ルーナリアの平和はこれまでもこれからも揺らがない、という政治的かつ象徴的意味を持たせている?」

「素晴らしい。今宵の生徒は大変優秀だね。君、ここで働いてみないかい」

「ご冗談を」

「えー?本気なんだけどな」

「本気に聞こえないんですが……」

「いやいや本当に……っと、着いた着いた」

正直どこ向かってるんだろうなこれとか思っていたけれど、ようやく目的地に着いたらしい。

「はい、どうぞ」

「恐れ入ります……」

徹底したエスコートに恐縮しつつ、開かれたドアに身を滑り込ませると。

「…………」

「あ、えっと、初めまして……?」

アレクシス様より少し年上くらいの男性にまじまじと見られ、思わず挨拶してしまった。人嫌い故の社交性(またの名を防衛本能)が発動。

というかこの人もアレクシス様に負けず劣らず物凄い美形だ。タイプこそ違うけれど。お付きの方々もお二人程ではないにしろ整った顔立ちだったし、もしかしてルーナリア城って容姿選抜とかあるんですか?本当に怖すぎる。早く帰りたい。

「おやおや、可憐なレディから挨拶させるなんて。しかもじろじろ見ちゃって。紳士としてなってないんじゃないかい」

「アレクシス……。やはりお前か」

アレクシス様を呼び捨てにするとは。アレクシス様より身分が高かったりするのだろうか。怖い。更なる権力者の登場?

「今度はどんな厄介事なんだ」

「僕が厄介事ばかり持ち込んでるみたく言うなぁ」

「俺にとってはそうだが?」

「今回はどうだろうね。君にとってはかなり興味深い案件だと思うよ」

「というと……ああいや。すまない、お嬢さん。自己紹介がまだだったな。それと先程は失礼な態度をとってしまい重ね重ねすまない」

「いえ!お気になさらず」

場の空気に徹していたところで、急に関心を向けられ一瞬固まる。というかこの人も大変律儀だ。

「俺はオルヴァ・ド・ルーナリア。お察しの通り王族だが、人が言うところの所謂研究者でもある」

「というか、そっちがメインだよね。オルヴァは」

「否定はしない」

「じゃあ素直に肯定すればいいのに」

「うるさい」

お二人の様子を見るにかなり親しいみたいだ。仲良きことは美しきかな。ではなく。

「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。セレネ・リーネルと申します」

「セレネちゃん、オルヴァにはそんなサクッと教えちゃうの?僕にはあんなに渋ってたのに」

「状況が全く違うじゃないですか」

「そんな違うかなぁ」

「どこからどう見ても違うでしょう」

と、そこでオルヴァ様……と呼んでいいのかどうかわからないが、とにかくかなり驚いた表情をされていたのでハッとする。不敬罪を疑われている!?

「えーとですね、あの、これには事情がありまして、その」

「あはは!オルヴァのそんな顔久しぶりに見た」

焦りまくっている私を他所にツボに入っているアレクシス様。いや助けてくださいよ、貴方が蒔いた種ですよこれ。

「………………アレクシス」

「なあに?」

たっぷり数秒沈黙してご機嫌なアレクシス様と見つめあった彼は、『言いたいことを沢山我慢しました』とありありとわかる顔で一つ息を吐いた。

「いや、なんでもない。セレネ嬢、俺のことは気軽にオルヴァと呼んでくれ。アレクシスと同じような態度でいい」

「えっ……と、それはその、かなり……なんというか……私がかなり馴れ馴れしくなってしまいますが」

「セレネちゃん、僕にはもっと馴れ馴れしくしていいよ」

「しませんしできませんよ」

「ちぇー」

「話の腰を折らないでくださいよアレクシス様。……ではなくてですね、オルヴァ様、このような有様なのですが」

「フフ。それで構わない」

ええー……?構わないの……?

なんというか、他の王族を知らないからなんとも言えないけど、普通王族ってこんな親しみある感じなんだろうか。親しみがありすぎやしないだろうか。

「アレクシスがこれだけ懐くのは珍しいからな。そもそもここに連れてきた時点でよっぽどだ。既にキミは、俺にとって敬意を払うべき相手なのだ」

「はあ……」

いまいち実感が湧かないせいで気のない返事になってしまったし、アレクシス様は変わらず楽しそうだ。なんなんだ。

「それで?いい加減本題を聞かせてもらおうか」

そう言ってアレクシス様を見遣るオルヴァ様に、アレクシス様は何故か得意げに笑った。



「実はね。セレネちゃん、今ステライドを一切身につけていないんだ」

「…………なんだって?」



オルヴァ、恐らくアレクシスに振り回されまくってる。

振り回されてあげてるともいう。

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