表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

第4話 ジュリエラ・ローマン



 学園には無数の教室があり、空きが多数ある。5年前の魔王復活によって急遽集めることになった勇者たちへの学び舎としてつくったはいいが、人数も分からず、作りすぎてしまった弊害である。一方で、自習室や魔法実技などで使えるからと生徒からは高評価が多い。


 そんな空き教室のひとつに、彼女ジュリエラ・ローマンは趣味の紅茶を楽しみながら予約相手が来るのを待っていた。給仕のメイドが焼いてきた出来立ての茶菓子、持参した今日の厳選茶葉。公爵家の令嬢であるというのに、足をせわしなく動かす彼女は生まれてから今日が1番興奮していた。


 部屋に近づく音が2つした。その音に気付くと姿勢を正し、世間で言われる美しく凛とした少女”白姫”に変化する。


 部屋を叩くノック音。一度間を置き、どうぞと響かせる。


「お邪魔します」


「いらっしゃい。エリオ・クレース」

 

 生徒たちの空き部屋の活用方法、誰にも聞かせてたくない話をするのにこれ程最適な場所はないだろう。



「ハーブティーを飲んだことはありまして?」


 ミラが向かいの席に座ると開口一番に言う。村ではあまり飲んだ覚えがないが、王都では下町まで浸透しているようで、ここに来てから毎日1回以上は飲んでいる。そのため、ジュリエラの問いに素直に頷いた。


「......そう。今日の、私おススメの一杯なの。よろしければどう?」


 そう言ってジュリエラ自ら、ティーカップに紅茶を注いでいく。控えていたメイドが焦ってやって来るが彼女の一瞥でとどまった。


「マロウブルー」


「あら?知っていたのね。うふふ、綺麗よねウスベニアオイ」


 鮮やかな水色を持つそのお茶は、ほのかな花の香りがする。ジュリエラは注が注ぎ終わると、どうぞと言ったように手で示し。ミラは口をつけた。僅かに感じる甘味。これは作ったジュリエラの腕がいいのだろう。ハーブティーの独特の癖があるものの飲みやすい。適度に蒸らされたお茶は、気づけば飲み切っていた。


「あの。ありがとうございます」


「あら?いいのよ。それに......」


 一呼吸、間を置いてからこちらに目を向け優し気な笑みを消す。


「このジュリエラ・ローマン直々に、お茶を淹れてあげたのよ。最後の時を迎えるのに、これ以上の物は無いんじゃありません?」


「ひぇ......」


 彼女の言葉にミラの心臓は跳ね上がり、ドキドキさせられる。気持ちの整理をつけてきた、つもりだったが一瞬で不安定にさせる。けれど、彼女にだってここで逃げることができない、理由がある。


「全部、話します、ジュリエラさま」


 その言葉を聞き、ジュリエラは魔法をメイドたちにかけた後、彼女らを外へだした。部屋にはミラとジュリエラだけ。注ぎ直された紅茶は、さっきよりも多く入っている。ジュリエラが席に戻り、話を聞く姿勢をとった所でミラは経緯を喋りだした。ただ、静かに彼女のする話を聞いていた。



「と、言うのが事の顛末です。自分の罪の重さは理解してます。でも、エリオを助けるまでは黙っていてください」

 

「……」

 

 ミラの話を聞いても、まだジュリエラは表情一つ崩さない。そして、ゆっくり紅茶を口にしようとカップを持ち上げた。


”ガシャン”


 その音に驚き、ミラはそちらに目を向けた。飲もうと持ち上げたティーカップは中身を飲むことなく、床に落ち割れていた。


「ジュリエラさま?」


 彼女の腕が震えているの事が見て分かる。明らかな動揺だった。訳が分からず、声を掛けることもできない。だが、何かあるのならっこれを無視すると後悔する。意を決し、ジュリエラにもう一度声を掛ける。


「ジュリエラさま!?」


「聞こえてるわよ......」


「なら、どうして?」


 割れたカップをそのままに、今度はジュリエラが呼吸をして語りだす。


「エリオ・クレースが攫われた。この意味が分からないの?......最強と言われるスキルを持つの彼ですら負けたということよ!?私達の誰かが勇者になったところで勝てるわけないじゃない!」


 そう言う事だったのか。納得し、ミラはジュリエラの言葉に頷く。確かに、エリオが負けたのなら他の誰も勝てるわけがない。だが、

「でも、それなら皆が、皆で戦えば」

 

「無理よ……。魔王を倒す力を与える”勇者の儀”は2人までしか受けることができない」

 

「え!?」


 ただ勇者という称号を得て、軍を指揮するのが勇者の役割と思っていたミラだったので。儀式の存在を知らなかった。続けるように、儀式のことも国家機密であり知っているのは王族と10大貴族のみと言われミラの目論見は元から不可能だったのだと知る。


「訳は理解したわ、ミラ・クレース。今回はこの話に免じて許してましょう。だから、早くこの学園から出ていくことね」


 動揺を無理やり抑え、声を出す彼女はやはり強かった。このまま逃げれば、彼女が裏で手を回し何とかするだろう。残った学園の誰かが勇者に選ばれ、魔王と戦うだろう。そうして負ける。Aクラスの誰かが死ぬことを意味する。誰かが......。......ミラは日常に戻るだろうか。エリオはもう戻ってこない、絶対に。そんな日常も知り合いが死ぬのを黙ってみてるのも。


「嫌です。私は最後まで諦めたくない!もしかしたら方法があるはずです!そのためなら、私は何だってできる!!」

 

「それはただの我儘よ。貴方はこの学園にいる資格は無い!勇者にするわけにはいかないわ」

 

「我儘でも!」

 

「駄目と言ったら駄目よ!!貴方は事の重大さを理解していない!これは貴方が関われる事じゃないのよ!」

 

 ジュリエラは立ち上がりミラを睨む。バン!と名家の令嬢がするものではない、興奮した様子で。その時、その拍子だった。彼女の目の色が濃い茶色から、深紅の赤へと変貌する。


「へ?ジュリエラさま」


「え?......しまった」


 彼女が慌てて手を当てるも、時すでに遅し。赤い目は元の色には戻らなかった。

 

「しまったわ。興奮しすぎた……!!」

 

「ジュリエラさま?目が」

 

「……黙りなさい!......いえ、貴方は悪くないわ。ごめんなさい」


 そう言うと、席に戻り。彼女は手をそっと離す、その目はさっき同様、恐ろしいほど怪しい紅い目だった。

「あの……」


「いいわ。どうせ見たのだもの。これが私の本来の目、呪いよ」

 どう?と言いながら寂しそうな笑顔でこちらを見る。白い髪に、白い肌。それが紅い目を引き立たせる。どうしても目に視線がいくのだ。彼女は呪いと言った。





「綺麗ですね」


「この目が?......同情はよして」


 ミラを睨む。先ほどの圧は無いが、その空気に緊張感がはしる。一つのミスがすべてをダメにしてしまいそうな雰囲気。


「同情なんてしません。それはその人しか分からない事だから。でも、誰かに自分の秘密を話して聞く耳を持たれたのなら、それは相手を想っている証拠だと私は思いますよ」


「......」


 無音の部屋に2人が向かい合う。お互い避け合っていた視線がようやく重なった。赤の目を持つジュリエラは睨むことなく、ミラの青い目を見た。


「......普段は私の作った魔法で目を覆うことで、色を変えてるの。幼い時にこの目が原因で、両親からも呪われていると言われ使用人にも陰口を言われたわ。紅い目に、白い肌。ついたあだ名は"白蛇"。でもね、そんな私にも転機があった。スキルの発現よ」


 呪いと呼んだ者たちですらスキルの有無はないがしろにできない。不意に落としたマグカップを無造作に拾う。手には幾つもの蒼白い炎が燃え上がる。


「生まれて初めて縁談が組まれ、生まれて初めて”このハーブティー”を飲んだの。楽しかったわ。......でも、勇者候補に選ばれ事態はまた変わった」


 グリムから聞かされた通り。ジュリエラも同様に魔王の復活で勇者候補生に選ばれた事が原因で縁談を白紙にされた。せっかく幸せを手に入れようとしたところで、また振出しに戻った。


「私は彼にそのことを伝えようとした時に聞いてしまった」


ーーーーー

【助かったよ、スキルだけの公爵さまと結婚させられる所だったんだぜ?前世は白蛇の白蛇姫。俺の子どもが呪われちまうよwww】

ーーーーー


 彼女が語ったことは、ミラの想像を超えていた。両親から、使用人から、縁談相手から。何故彼女がここまで強くいられるのか?そう考えてしまうほど彼女の精神はボロボロのはずだ。それなのに彼女は今、話を聞くまで弱さを見せなかった。強い女性だとミラに印象を付けていた。


「エリオ・クレースの存在を知った時、とても嬉しかったのよ?勇者になるべく生まれた彼がいるなら、私が勇者になることはない。また、あの時のようにって」


「ごめんなさい、ジュリエラさま。知らないとは言え。......何も持たない私で」


 ミラの心は彼女のことを知ったことで、罪悪感が強くなった。何も知らないでいた時は、感じなかった。彼女の思いはミラの弟を想う気持ちに勝るとも劣らないんじゃないだろうか。


「貴方って不思議ね。話すつもりなんてなかったのに、つい話してしまったわ。うふふ」


 初めて屈託ない笑顔を見せた。呪いなんて所詮、他人と違うから付けた言いがかり。彼女が優れた功績を出せば、出すほどその声は増えるだろう。その時、彼女はどうするのだろう。そう思った時には既に行動は終わっていた。


「マロウブルー......。昔、エリオに教えて貰ったんです。ジュリエラさまは温度を下げない様にされてる様ですが」


 ミラがカップを包み込む。その瞬間、何かがはじける音が聞こえた。それに反応したのはジュリエラだけ。当のミラはいつもの事と言わんばかりに続ける。


「少し冷め薄紫色になった時が、柑橘類に反応し、1番鮮やかな薄紅色になる」


「今日の私達みたいですよね。初めは熱がこもってお互いの意見をぶつけ合う。でも時間が空き、冷めて別の話題が入ることで。ようやくお互いの1番譲れないモノが出てくる」


 ミラが立ち上がり、自分のお茶をジュリエラへと手渡しに彼女の元に向かう。


「マロウブルー、ウスベニアオイ。ふふ、本当に私とジュリエラさま見たいですね」


「え?」


「私の葵目とジュリエラ様の紅目。もしかしたらそっくりかも?です」


 ミラから手渡されたティーカップ。綺麗な薄紅色のお茶は丁度温度も下がっている。ほのかに香る花の匂いに柑橘系の爽やかな匂いが混ざる。寝る前のアロマの様に落ち着く。淡い甘みの淡白なマロウブルーに柑橘類の味が良く合う。


「どうですか?私はこの飲み方好きなんです」


「......お、良くってよ」


 貴族社会なんて知らない村娘の裏のない笑顔は、長年貴族社会で生きてきた彼女には眩しいいようでティーカップに真っ赤に染まった顔を隠した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ