第1話 弟が行方不明だ。
「勇者候補生の皆さま、入学してくださり誠にありがとうございます」
初老の男性のかしこまった挨拶から入学式が始まり王都の重鎮、王族たち。それぞれが祝いの言葉を述べ学生である彼らに深く頭を下げた。魔王を倒せる勇者の誕生を期待して、その時だけは爵位に囚われず。
式は順調に進み、最後が近くなる。これまで祝われる立場だったものが、感謝の言葉を返す。権力争いは都の特権。たかが、挨拶とはいえ貴族にとってそれが他と差別化する重要な問題だった。本来なら王族の子、公爵の子がやるべきそれを任されたのは別の者だった。
数百人を超える中から選ばれた名誉ある役職をいただいたのは
「新入生代表。エリオ・クレース前へ」
飛び級で入った村生まれ、村育ちの平民。だが、学園内の誰も反応せず否定しない。また、彼らの親たち身分の高い者、低い者といるが誰もが皆、その存在に畏敬の念を送る。その場にいた全員が無言を貫き、まだ13歳のエリオ・クレースに視線を注いだ。
ーーーーーー
その日、ミラ・クレースが朝一番に見たのは大混乱に陥った村だった。眠りから目覚めると聞こえてくるのは、騒々しい声。普段なら気にもせず、無視する彼女でも今回ばかりは無視することができない問題で、自ら首を突っ込んだ。
彼女の部屋と丁度向かい合うようにある、弟の部屋。様々な声が聞こえる原因の場所には家族以外の人が押し寄せている。その群れを1人ずつ投げ捨て、掻き分け、漸く弟:エリオ・クレースの部屋に到着する。部屋には声をあげ泣き崩れる母、それを抱きとめる父の姿。
「なんだ......よ。これ?」
だが、彼女の目を一番射止めたのは泣き崩れる両親ではなかった。
”彼”がそこで”何”と逢い、どういう結末を迎えたかをその部屋は物語っていた。部屋には元々何もなかったのでは?と思わせるほど物が無く、あるのは、辺りに散らばった、それの残骸が散らばる。恐らくベット、棚、机。すべてが木の残骸と化しどれがどれかも分からない。棚に置かれてた本も一枚、一枚の紙切れになり、破り取られた跡がある。こうして見た部屋の壁には、火事ではない所々焼け焦げた跡。彼の服だろう、その服を中心に時間が経って黒ずんだ血痕が部屋には残っていた。
エリオは天才だ。村で生まれ育った平民だが彼にはかつてこの世界を救った伝説の勇者、テンセイシャの先祖返りと呼ばれるほどの多彩な力を持つ。そう何度も彼女は心の中で訴えかけ、自分の心を落ち着かせていたのだろう。焦る気持ちを押し殺し、動揺する素振りも感じさせない。エリオがいなくとも彼女は姉として対処した。泣く家族、混乱する村人に声をかけ。
「......私のあげた、人形が何処にもない?」
燃やされたのだろう!彼が防火の魔法を何重にもかけて燃えない様にしていた。
”何”かによって破壊されたのだろう!破壊されたら布に綿が残る、それにそんな隙があるならば、エリオが負けることはない。
持っていっただろう!意味がない。だが、エリオが持って行ったのなら意味がある。
「エリオは生きている。弟は連れ去られる間際に人形を持っていき私たちに死んでいない事を伝えたかったんだ」
その言葉にようやく両親は顔を上げた。安堵した様な、だが不安で仕方ない複雑な表情。一方で村人たちは安心したようで、少しづつ混乱も落ち着いてきた。「1度、場所を変えて話した方がいい」との事で、この場から出ることになった。
村長の家。一階に集まったのは村の有権者たち。私は何を話してるか聞こうと思ったが、ダメだった。どけ!私はお姉ちゃん......これ以上は。
仕方が無いので私はエリオの部屋に戻った。気持ちは落ちるが、私の仮説が正しいかもう一度、何か無いモノはないか。逆に変わった点はないか。村人がいないからか、何もない部屋が余計に寂しく感じる。
散乱した木片1つ、1つを見てるだけで涙が出そうになる。木片には私が書いた文字や絵が描いてあった。これはベットのだろう、これは彼の作った棚だろう。絶望の淵、涙が零れ落ちるその時
『エリオは生きている......。私の元でな......』
「誰!?いや、それよりも本当なの!?エリオは!弟は無事なのね!」
声だけの存在。誰かも分からない彼女だったが、今はその言葉を信じることにした。なによりもその声から彼女は敵意を感じず、それどころか親が子どもを慰めるようなそんな優しさを感じた。寝る前に飲むホットミルクのように心が落ち着く。不思議と先ほどまでの喪失感は無くなり、冷静に見ることができた。
部屋を出る前に一言「ありがとう」とだけ告げ。彼女はそろそろ終わるだえろうと村長宅前の広場に向かった。
賑わう広間。楽し気と言うよりも驚きの声が大きいが、その時1人の男が彼女を見つけ声を掛ける。村人たちが道を開け、村長たちがいる場所まで一直線だ。戸惑いながらも進むしかない。来た道は徐々に戻る村人によって塞がれ、人の壁で横に逃げ場はない。彼女は違和感を覚えつつも、前に進むしかなかった。
「どこに行っていた、ミラ。広間で待機するようにと言っただろう?」
いつもよりも真剣な顔で話す父。それは大衆の目があるからか、はたまた有権者の中で地盤づくりをするためか。だが、今回の話を聞く限りどうやら、どちらもはずれのようだ。
「ミラ・クレース!お前を、”エリオ・クレース”として王都にある勇者候補生の為の学園へ入学させることにした!」
意味が分からん。いや、分かってたまるか。圧力をかける様に拍手し声をかける村人たち。弟は心配だが、何故こんなことになった。そんな目を両親に向けるも罰が悪そうに顔を背け、苦笑いを浮かべる。
「出発は本来ならば明日の予定だったが、エリオと違いミラの足ならば時間がかかると言うことで今日出発にした」
「もちろん、学園には何も言っていないのでバレない様に気を付ける様に!」
「それではミラ。いやエリオ・クレース。準備が出来次第行くのだ!」
「ふざけんな!クソじじぃ!!」
綺麗に決まった右ストレート。後ろにいた人も巻き込み倒れていく、その様子に批難する村人はいなかった。狂ってる、この村。
ーーーーーー
学園の入学式も終わり、それぞれが割り振られた部屋に移動する。エリオ(ミラ)が割り振られたクラスはAクラス。慣れない王都の高い建物、人のニオイ。本当ならば自分と同じような村出身、平民育ちの人といたいが、スキル持ち故にそうもいかず話しかけ行動を共にしてくるのは貴族階級の者たちばかり。そのせいか逆に平民育ちの人からは避けられるようになってしまった。
分からない話に適度な相槌を打ち、笑顔で相手の話を拡げる。その対応に最初、はきはきしていた貴族の令嬢たちは次第に声が詰まり、話を切ってしまう。貴族でも、本来は勇者候補でない彼女にとって話す内容がないため話を切られると何もできなくなる。どこかやらかしたか?と不安になるも、何もできず「大丈夫?」とハンカチを差し出すなどしかできなかった。
クラスが近づく頃には彼女を先頭にした列は30人を超えていたが、そんな事、焦る彼女が知る由もなかった。
Aクラスに入れたのは生徒の中でも僅か11人。10大貴族の子ら10人にミラ・クレースのみと、かなり偏っていた。だがそれもそのはず。彼女ら11人はそれぞれがスキル持ち。勇者候補に最も近い者たちとしてこのクラスに割り振られたのである。貴族たちは皆、顔見知りらしく話をしているのがちらほら。
とにかく、バレない事を目的にしている彼女は距離をおくことにした。
「エリオ・クレースだよな?200人の前で緊張すらしてない堂々とした祝辞さすがだな!やっぱ、胆力つぅーのかな?うん!」
「えーっつと、君は?」
新入生代表を務めた以上距離を置くのは不可能だったようで、話していた一人が矢継ぎ早に話しかけてきた。その雰囲気は貴族には見えず、距離感の近い下町の兄ちゃんというのがしっくりきた。
「おぉ!わるいな。俺はグリム・レギン。レギン公爵家の長男だが、特別にグリムでいいぜ?」
貴族ばかりの学園で公爵というのに大分軽い態度の彼に驚きつつも、既に疲れたミラは返事を返した。
「よろしくグリム。エリオ・クレースだ」
「流石に疲れてるようなら、他の奴らはまた今度挨拶するだろうよ」そう言いわれ、他の人を見渡す。目だけこちらに向ける者もいれば、お辞儀をする者、腕を組み眉間に皺を入れる者。様々だった。今度、話す機会があるだろう。そう思うと一気に疲れた気がした。
読んでいただきありがとうございます。