夏の日の告白
好きな人ができたの。
幼馴染の少女がそう言った時、兄の顔から表情が抜け落ちた。
自分が14歳、兄15歳。
幼馴染のアマリリスは13歳の夏だった。
アマリリスは家が目の前で家族同士が生まれた時から交流がある、まぁ、例にも漏れず親同士は兄が自分、どちらかと結ばせる予定だったのだろう。気が付けば一緒に行動していた。
ヤンチャだった自分と違って幼少の頃から大人びていた兄に彼女は惚れていたと思っていた。でも、彼女はいつも自分達に接する態度は一緒だった。変わらず一緒だった。
彼女の両親が7歳な時に亡くなった時もずっと兄が支え続けて来た。自分達家族で支えて来て、その後、彼女の母の親族に引き取られた後も交流は続いていた。
夏に亡くなった命日月には必ず訪れ、冬は暖かくなるからと彼女の住んでいる領地まで自分達を招いていたし、兄とは個人的な手紙のやり取りをしていた。
旅行と称して春か秋には目的地に合流して遊びに行ったりもしていた。
自分達の家は男爵家でアマリリスは商家から伯爵家の養女になった。身分差はあったものの、アマリリスの家族も良心的でこちらとの関係も良好だった。
13歳から通う学園に入ってからも、長期休暇の際は必ず会う約束をしていた。
毎年の夏の墓参り。
領地に戻って来た自分と兄の前でアマリリスは告白した。
「好きな人ができた、というか…ずっと好きだったの」
誰を?と問う前に、兄が動いた。
「僕たちの知らない人?」
距離を詰めて、物理的に。
アマリリスは否定の首を左右に振る。
「とても近くにいる人。…好きになっても叶わない人」
潤んだ瞳を隠すように手で覆い、さかさず兄が肩を掴み慰め始めた。
「私、あの人の家庭を壊したくないの…傷つきさせたくないの」
まさかの所帯持かよ、と、自分はボソリと呟くと肩を震わせて、ごめんなさいと声が聞こえた。
「邪な思いがあったの。見てるだけでよかったのに、あの人の幸せを願いたかったのに…そばにいたいって考えてたらどうすることもできなくて…」
そんな浮気女のセリフを幼馴染は言い放つ。
「あなた達のお母様が好きなの」
俺らのオカンかよ!
「あなた達を追い出したら養子に入って、子供としてずっといられるって幸せかなって考えたこともあった」
「将来おじさまもおばさまの老後の面倒を見るために資金運営も頑張ってそこそこ貯まったし」
「お願い、私におばさまと生涯一緒に過ごせる権利を頂戴!」
実の親の墓の前で言い切ったこの度胸。
確かにな、確かに俺らと同じくらいの年を過ごして来たよな、確かにな?
「リリス、僕は許さないよ」
優しい声で兄は言うと、精一杯の告白をしたアマリリスは視線を落とす。
「僕は長子だし、跡目を継ぐことになるだろうし、なにより…妻に求める条件は同居出来る人だから」
「別邸を建てるから私に任せられないかしら?おばさんとしてシグの子供をきちんと可愛がるから!ユルの子供も!」
結構必死になってるアマリリス、おい落ち着け瞳孔開いてるぞ?
「シグが同居してお嫁さんが来たら私…会えなくなるのが嫌なの…お嫁さんのこときっと好きになれないわ!」
母に対する執着すげーな、未来の兄嫁に向かうのかよ!
「ねぇ、リリス。こう思わない?僕と結婚したら君は合法的に母を「お母様」と呼べ一緒に暮らせるし、子供が出来ても喜ばれる。男なら後継だって喜ばれるし、女なら自分の子が母に似てる場合があるんだよ。娘は父親に似るって言うでしょ?僕は実際、母似だし」
兄は母似。俺はどちらかと言うと父似だが。
その言葉でアマリリスは陥落した。
「結婚しましょう、シグナルド」
「まずは婚約からだけど…結婚が楽しみだね、リリス。幸せにするからね」
そういえば兄はアマリリスの事ずっと好きだったもんな〜と青い空を見ながら思った。
アマリリスの初恋は、兄だったよな?
意識的に母を兄と被せてみたのか?母に対する想いは本物なのか?
誰も知るものはいなかった。