一歩ずつ前へ
遅くなって申し訳ありません。最近筆が進まないもので……。
俺が通っている高校は、二年の十二月の中旬に修学旅行がある。仲のいい友達と班を組み、自由行動の日はここ行きたいあれ見たいなどと、友好を深めるイベントだ。
だが俺はそんな修学旅行の班を決めるのが大嫌いだった。
自由に班を決めてくれと大抵は言われるが、友達が少なかった俺にとっては地獄だ。小学校、中学校共に俺は最後まで班に入ることができず、人数が足りないところに入れてもらっていた。
「はぁ……」
「何だ? そんなため息なんかついて」
今は全部の授業が終わってHRが始まるのを待っていて、HRは修学旅行の班について説明をすると白崎先生から聞いている。
「ぼっちだった俺にとって、修学旅行の班決めとなると思い出すことがあるんだよ」
「何いってんだ。俺もリアラさんもいるじゃないか」
そう、幸い二人がいるおかげで余り物になることはない。どちらかといえば、心配なのはリアラの方だ。
「よーし、席につけー」
白崎先生が教室に入ってきたことにより、生徒たちの話し声が一切聞こえなくなる。怒ると怖いのは知っているため、誰も逆らわないのだ。
「修学旅行の自由行動の班についてなんだが、特に班を決めろということはしないことにした。だから他のクラスの人と行動してもいいわけだが、君たち生徒を信じてのことだから私達を裏切らないようにしてほしい」
それを聞いた途端に、教室は生徒達の喜びの声で溢れかえった。
「おい和樹! これなら茜とリアラさん連れて四人で決まりだな!」
「そうだな。いつもは怖い顔してるけど、ともちゃんもたまにはやってくれるじゃん」
ともちゃんというのは、白崎巴のともをとってともちゃん。一部の生徒からはこのあだ名で呼ばれている。本人はともちゃんはやめろと言っているが、やめるわけがない。
「茜はいいとして……」
俺は紙に『話聞いてただろ。リアラはそれでもいいか?』と書いて、後ろの席のリアラにそっと渡した。普通に話して相談すると、周りからの反感を買ってしまうからだ。
「……」
後ろから書いている音が聞こえたと思ったら、リアラから紙が返ってきた。
「よし、後で茜とも話そうか。ルート決めといたほうが時間無駄にしなくて済むだろうし」
友樹はかなり張り切っているようだ。勿論オレも楽しみではあるのだが。
「日曜オフだしその時でもいいか? 今週しんどいから夜に電話とか無理だ」
「了解した」
このあとは何も先生からの連絡もなしにHRは終わり、俺は練習という名の地獄へ向かった。
◆
ランメニューで走りまくって疲弊した体でダラダラと家に向かう。
「野球の嫌なところがこれだよ……練習で走る量半端じゃない」
これは殆どの野球選手が思っていることだろう。冬のランメニューだけは本当に嫌すぎて、学校を休んでやろうかと何度思ったことか。
「癒しがいてよかったわ。リアラが来てから多少は人生に希望がもてる」
たとえ笑顔でなかろうと、あの美少女が出迎えてくれるだけで破壊力は凄まじい。それを独り占めできている俺は、いじめを除けば全国民で一番得してるだろう。
色々考え事をしているうちにマンションについた。扉を開けると、メイド服のリアラがリビングから現れ、
「お帰りなさいませ」
「ああ、ただいま」
最近のリアラは俺のことを嫌そうにはしない。これはかなりの進歩である。
ただ、俺はリアラが心の底から笑ったところを見たことは未だにない。それを引き出せるのは、何ヶ月も先か、それとも割とすぐにやってくるのか……。
「夕食はできていますので」
「わかった」
料理本を渡してからまだ日は経っていないが、ゴミを捨てに行くときに確認したが、捨ててはいないっぽいので安心した。
捨てられていたら俺は口先では大丈夫と言っても、メンタルブレイクしていたかもしれない。
「いただきます」
今日の夕食は何故かオムライス。別に何かを指定しているわけでもないが、まさかオムライスだとは思わなかった。そして、前よりは形になっているオムライスを見て、俺はリアラの成長を感じながら食べている。
「……あの、和樹様」
「んぅ? んっ……どうした?」
突然リアラが話しかけてきた。食事中はほとんど話さないリアラが、自分から話しかけてきたのだ。
「……今日、本当は悩んだんです。修学旅行を和樹様の友人と一緒に行動することを」
「うん……それで?」
「正直一人でいいとも思っていました」
残念それは無理だ。修学旅行は東京で、リアラのような女の子を一人で行動させるわけには行かない。もしそうなっていたとしても、そこは主人としての権限で無理矢理一緒にいるつもりだ。
「……何故なのかは分かりませんが、最近は人と話すのがあまり怖いとは思わなくなりました。和樹様と一緒にいても、嫌な気持ちにはなりません」
ほう……突然の事で少し頭が混乱しそうだ。まさかリアラの口からこんなことが聞けるとは思っていなかった。ちょっとでも気を緩めたらにやけてしまいそうだ。
「勘違いしないでくださいね。次着替えを覗いたりしたら本当に殺しますから」
リアラの冷たい表情からのお告げに、俺はすぐに顔を凍らせた。
「ですが……もう少し、努力してみようと思います。自分でもこのままでは駄目だと感じていますから」
覚悟を決めたというようなリアラの顔が、俺は素直に嬉しかった。辛い記憶を乗り越えて、リアラは変わろうとしている。俺の願いが少しでも通じたのかもしれない。
「ああ……少しずつでいいからな」
「言われなくても分かっています」
この話の後は会話はなかったものの、俺はさらにリアラとの距離が近づいた気がした。