うつせみのうちに宿りしは5
導祖とは死者の魂を新珠の泉へと運び、その者の生き様を洗い落として無垢の状態に戻し、再び母胎に授ける事を使命とした精隷である。
創造主は闇女上であり、容姿は創り手を模しているとされる。
彼女たちにはもう一つの存在意義があり、それは選ばれし女に珠の力を授けるという使命である。
女は完全に無作為に選ばれるというわけではなく、より大いなる力の理解に近い者が選ばれることになっている。
鴉繰人であるプキが珠の巫女となったことは彼女たちの歴史の中で初めての事であった。
ある意味でプキは初めて闇女上を崇める者たちの教えを理解した鴉繰人と言えるかもしれない。
ただ、理解してすぐに導祖が枕元に立ったかと言えばそうではなく数年の時間差があった。
おそらくそれは老衰か事故かで亡くなるまで前任の巫女が全員存命であったからだろうが、その時間差が余計に何故巫女に選ばれたのかを苦悩させた。
ヤクナスにとってそれは本来ならば閑却しても問題のない話であった。
それでも、部族内での余計な諍いを仲裁するためにわざわざ数百年の隠遁を破って現れたのはただただプキを憐れに思ったからというだけではなかった。
輝大君の名を徒に用いて政をする都の者どもとは違い、鴉繰人は未だ上代のままに生きている。
要は鴉繰人はヤクナスがいずれ台頭する時に味方につけても良いと考えた数少ない同朋であり、そんな些末なことで滅びを早まらせる事態になって欲しくなかったのだ。
ヤクナスの説明で今生に起きている事態を知った鴉繰人はヤクナスと縁を結んだ。
プキもいずれ時が来るまでは生かされることになった。
その時からだろうか、プキは穢れの仕事を自ら進んで申し出るようになった。
その様は他の教えに靡いた不義を挽回せんとしているというよりは、死の宣告に近い運命を負ったことを、死を間近に置くことで受け入れようとしているかのようであった。
昊之上は確かに目覚めんとしている、とヤクナスは言った。
輝大君と相打ちになった蛇上は、しかし死の概念がなく長い眠りについただけであった。
空を流れる大いなる力を少しずつ取り込んで傷を癒し、本来ならば既に目覚めてもおかしくない程にまで回復している。
それが未だ微睡んだままであるのは闇女上が珠の力を現世に置くことで昊之上の治癒を阻害しているからなのだ。
然れども、とヤクナスは繋ぐ。
昊之上を蘇らせようとしているのは闇女上のほうなのだ。
上代の頃、その身勝手な振る舞いで人々に疎まれ歴史の裏へと追いやられた彼の女は、再び望まれて人々の上に立つことを画策している。
そのためには自分が昊之上を斃すまでの僅かな刻に多くの命が失われることになっても構わないと考えているのだ、と。
「……我ら同胞は大君と共に遥かなる大地より日の出る彼方を目指して塩満原を進み、この地へと辿り着いた。その道すがら、多くの者たちと戦うた。然れども、それは獣の如き理に生きる者どもに知恵を授くるが為なり。打ち負かし、奴婢とする為に非じ。この地に訪れし時もまた然なり……。然れども闇女上は違えり。あれは自らを比売として人どもを奴婢としたり。よいか冥之上よ。あれを蘇らせてはならぬ。人どもが為を思うなら、決して。蘇らせてはならぬのだ」
「冥之上が聞いていた話と違う」
「子たる己に正しき事など話すまいて」
「……子……」
「然なり。かつて闇女上は国生みにて数多の精隷を創れり。曰く、精隷は私らが子なりと」
「……闇女上は冥之上と婦夫になると言うていたぞ」
「なんと。……然か。然なりか。彼奴め、土の精隷のみ大君に似せたるは其れが本意か。定めて大君を崇める者どもに往時の大君の姿たる己を重ねさせ、従えんとす。然も有りぬべきことよ」
「…………」
「如何にした」
「子なる詞で思い出づりたることがある。冥之上は……一度洗われている。闇女上は子としての冥之上を望まず、夫としての冥之上を望めり。故に一度冥之上を消した。然れど、妻が夫を生めようか? 冥之上は現世で親と子の因果を学んだのだ。冥之上は闇女上の夫にはなれん。子にもなれん。ならば冥之上は何だ。どうすればいい。己の言うことが真ならば冥之上はこのまま珠を賜り続けて良いのか。どうなのだ」
「……ふむ」
いつの間にか葬儀が終わったようで、一礼をするプキにヤクナスは手を挙げて応えた。
プキが歩いてくる様子を眺めつつ、ヤクナスは自身の胸から何かを取り出す素振りを見せる。
光り輝き具現化して掌に収まったそれを見て冥之上は目を細めた。
それは翡翠色をした勾玉であり、闇女上が珠の力の異常を知ることになった最初の原因である殺された巫女に与えられていたものであった。




