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虚空史記2 -冥之上編-  作者: 九綱 玖須人
大王(きわか)と小女子(をとめご)
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大王(きわか)と小女子(をとめご)8

 悪手にまわった。


 陰業衆(いんごうしゅう)だと名乗った覚えはなく、むしろ最初に否定したスオウであったが大王(きわか)は冬蔦を討伐するまでは赤穂から出さないと言った。


 メイの目的は果たされたのだから無視して出ていくという手もあったが中原の王を敵に回すのは今後のためにもよろしくない。


 よって警邏(けいら)を買って出たスオウだったが初日でさっそく後悔する羽目になった。


 日が出ている間の巡回は赤穂(あこう)の人どもに任せ、夜の任務をただ独り請け負ったスオウはメイの身勝手を封じるために自身とメイの胴を縄で結びつつ小さな明かりを持って真の暗闇に包まれた雨の屋外に出た。


 不快な湿気で粘つく汗と共に一寸先の暗がりからまとわりついてくる視線はなかなかにして恐ろしく並の人ならば一刻とて正気を保てないだろうと思われた。


 スオウも恐怖を覚えていたものの野営に慣れ、且つ北谷原(ちゃたんばる)で似たような状況を経験しているのでまだ動けた。


 常識という分野では頼りないとはいえメイが共にいることも心が折れなかった理由だと言えるのかもしれなかった。


 ところがそのメイがいつの間にか縄抜けしてしまった。


 後ろからだらだらと着いてきていた感覚に慣れていたせいで暫く縄だけを引き摺っていた事に気づかなかった。


 呼び掛けに答えないので(いぶ)しんで手繰り寄せた先に何もいなかった事が一連の中で何よりもスオウを狼狽(ろうばい)させた。


 考えてみれば分かることだが奴は土の精隷なのだからその気になれば縛られた箇所を変幻自在に土塊に変えられるため自由を奪う事など無意味だったのだ。


 メイが冬蔦にやられたとは思えない。


 恐らくは状況に飽きてさっさと次の巫女の元へ行ってしまったのだろう。


 周囲を探し回ったがもう何処にもいない。


 すぐにでも追いかけたかったが大王(きわか)に対して不義理を成すわけにもいかず穏やかならぬ心地で朝まで仕事を果たしたスオウは夜が明けるとすぐさま報告にいったが大王が下したのはスオウを縛り小さな檻に入れるという判断だった。


「悪く思うなよスオウ。土の精隷が犯した不義、汝が(そそ)がねばなるまいよ」


 檻は冬蔦が死したはずの場所に置かれた。


 まるで冬蔦を(おび)き出すための供犠(くぎ)であり、図らずも妹の最期と同じ境遇となったスオウは寝ても覚めてもあの時の事を思い出してしまい苦しんだ。


 檻は風吹く(ひな)で使われていた供犠を入れる小木蔵(ヲクグル)のように高床にはなっておらず地面に直置きなのですぐに水が染みて脚や尻をふやかし蛙や蟲などが(たか)ってきてさながら拷問のようであった。


 だが、それにかまけている間は悲しみを忘れることが出来たのも事実であった。




 それから幾日か経った。


 雨は止まずにしとしとと降り続け、昼夜問わず何者かの視線に包まれ人々は限界に近づいていた。


 そこへ二人の旅人が現れる。


 静止の声も聞かず檻に一直線に歩いて来たその者は豪快に天盤(てんばん)を蹴り飛ばし、虚ろになっていたスオウの瞳に再び光を灯した。


「やっぱスオウじゃねえか! ぁあ゛!?」


「これはどういうことですか!? 彼は確かに陰業衆ではありませんが、確かに()らが(ともがら)です!」


「おいスオウ、どうしたらこうなるんだよ。メイはどうした」


「……マヌイ、アビコ……」


 短甲(たんこう)姿のアビコと人ならざる風采(ふうさい)のマヌイの組み合わせはスオウとメイを想起させたようで赤穂の者どもは冷ややかな顔をしていたが大王は喜んで二人を出迎えた。


 武に明るい者同士、立ち振る舞いで闘諍(とうじょう)の玄人かどうかが分かったのだろう。


 再び邸宅に場所を移し、大王とスオウは二人に事のあらましを話した。


 二人はというと暫くは御闇山(おぐらやま)の復興に務めると言っていたはずなのだが大王には御闇山の惨状を話すのは憚られるのか真実を話すことなく巫主に命じられてこの地へ来たと言うだけに留めていた。


 妖退治の専門を交えた話し合いが始まる。


 マヌイ曰く冬蔦はかなり手強い手合いらしい。


 というのは、人は感情が心の枷を破ると鬼へと化身することがあるというのだが冬蔦の場合は生来の狂った道義心が既に心の枷の一部を壊してしまっており生前は人の姿をしていただけでその性質は鬼と変わらなかったのだろうと言うのだ。


 鬼の力の源は情念と言っても過言ではなく、溜め込んだ情念の質が濃いほどに強いのである。


 そういえば、とスオウは思い出す。


 スオウは鬼へと変貌した者としてムクロメ、ミミ、シメツナを知っているがミミを斃したのはスオウだ。


 あの時はミミが一つの想いに(すが)っているのが分かったのでそれを打ち砕けば倒せるのではないかと思った。


 その想いとは愛、スオウへの情愛であった。


 想いを否定することでとある禍津鬼(ミミ)は死したので此度もそうやれば倒せるのではないかと語るスオウ。


 似た境遇にある大王は安易な解決策に喜んだがミミを斃したのはメイだとばかり思っていたマヌイとアビコは驚いてそれはとても危険な事をしたと頭を振った。


 鬼の情念を否定するということは一歩間違えれば鬼を激昂させてしまいかねない。


 聞く耳を持たなくなった鬼は一切の対処法がなくなり力を遣い果たすまで暴れ続ける厄災となるのだ。


 例えばそれは昊之上(こうのかみ)だ。


 荒振上(あらぶるかみ)とは禍津鬼と化した(かみ)のことであり、昊之上は自身の力のみならず(くう)に存在するとされる大いなる力をも使って黒い炎雷で全てを焼き尽くすと言われている。


 規模の大きな話ではあるがそれを冬蔦に当てはめて考えると冬蔦の想いを大王が否定するようなことがあれば大王は確実に殺されこの地は永劫に呪われるだろう。


 ならば早いうちから拒絶しておけば良かったのかと言えばそれもまた最悪の結果が早く訪れることになるだけであり、そういう者に目を付けられた時点で普通の人間が出来る事はなにもないのだ。


 やはり妖の調伏は力でねじ伏せるしかねえんだよ、と不敵に笑ったマヌイが拳を打ち合わせると一瞬だけ炎が揺らめいた。


 人の道を外れた者には圧倒的な力で死を感じさせるのが最も有効な(すべ)だ。


 運が良かっただけで自身が殺されていてもおかしくなかった事に今更ながら鳥肌が立つスオウ。


 だが、あの時のミミを思い出しているうちにスオウはある事に気付いた。


土面(はにも)


「ん?」


「ミミも冬蔦も土面をつけていた……」


 土面とは呪術を行う際に用いる霊的な面のことである。


 用途は様々で、自然に供物を捧げる際には()()と交信するために供犠に選ばれた獣を模した面を被って()()と対話し、人を捧げる時には()()が間違えて他の者を連れてていかないように供犠以外の者は人の顔を模した面をつけて素顔を隠したりする。


 どこの(ひな)でも使われているものであり決して珍しいものではないが、呪術師でもない二人が、しかも呪術を行うような時でもないのに着けていたのには違和感があった。


 確かに何かに力を(すが)るためにそのものを模した面を被って成りきり力を得るという使い方もあるものの、あの時二人は何に対してどんな力を貰おうとしていたというのだろうか。


──これをつけている間は、少しばかり全ての事が他人事(ひとごと)に思えるのです。すると(いさ)み心が湧いてきて、常よりも少しだけ多くのことが(あた)うと思えるようになるのですよ。


 冬蔦の言葉が脳裏によみがえった。


 得ようとしていた力は少しばかりの勇み心?


 それが妖へと化身するきっかけを与えたというのか。


 遠く離れた全く違う境遇に生きる者同士が同じような呪具を、通常は用いない方法で用いたということに何か思うところがあったのかマヌイとアビコは顔を見合わせた。


「ミミも?」


「ああ。禍津鬼となる前の刹那、あやつの顔はまさに土面であった」


「スオウ、その話は後で聞くぜ。まずはとっととこの(くそ)みてえな気配をどうにかしねえとな。さっきからよう、腹が立って仕方がねえぜ」


「私も共に行かせてくれ。あれの狙いは私なれば、囮くらいにはなろう」


「そんなもんいらねえし邪魔だけど、まあいいぜ。てめえが狙いなのは間違いねえから俺らの傍らにいたほうが安全だからな」


 装備を整えた四人はさっそく屋敷の外へ出た。


 外からやってきた者たちが何か企んでいることに冬蔦も気付いたのか、曇天はますます濃くなりまるで宵闇のように暗く重たくなっていた。


 生暖かい風がどこからともなく吹き、ぼうぼうと恨み節のような音を立てる。


「ここだ。いるな」


「ええ。向こうもこちらが危害を加えにきたことを察したようです。用心してください。スオウ、大王をよろしく頼みます」


 畑の(なわて)に歩を進めると、それは泥でぬかるみまるで湖面のようになった地面を押し上げて現れたのだった。 

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― 新着の感想 ―
[一言] 冬蔦は否定されたら大変なことになりそうですね…
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