大王(きわか)と小女子(をとめご)3
葦原国の全貌が把握されるのは今少し後の時代となるが、その形は稲妻に似て、中央には天を衝かんばかりにそびえる山々が南北を二分している。
その山脈の東端に位置する最高峰が御闇山であり、北の平野部には潮見津原と呼ばれる湾口都市がある。
潮見津原の西、つまり中央を東西に連なる天嶮の北側には四方を丘陵に囲まれた盆地がある。
盆地は中津平原と呼ばれ、よく富んだ土壌により野生の稲科の植物が生い茂り、朝夕の陽射しによって一面が真っ赤に染まることから赤穂とも呼ばれていた。
メイとスオウは天嶮を二分する谷底を川沿いに進んだ。
この川は下流域で平原の渡しへと続く本流だが、少し前の異常な川の増水によって発生した土石流で地形が変わってしまっていた。
途中、旅宿にと立ち寄った切り立つ崖の鄙はスオウもよく商物替いに訪れているところだった。
鄙人曰く、つい最近ここを訪れたという陰業衆の者がいて、その特徴を聞いてアビコとマヌイだと確信した時スオウは世間の狭さに苦笑した。
そういえば二人は平原の渡しで初めて会った時に上流の怪異を調べに行っていたと言っていた。
その後に北谷原へ赴き、御闇山へ戻ろうとして渡しの舟が壊れている事を知り足止めを食らっていてスオウたちと出会ったのだ。
陰業衆も人数が多くないとはいえかなりの使われようである。
それだけ二人が優秀だったのだろう。
ただ、そんな優秀な二人でもこの崖の鄙の怪異の原因は分からなかったそうだ。
異様な気配が立ち込めているところまでは掴んだのだが氾濫の原因は掴めず、一人の少女が死ぬとその気配はたちまちなくなったらしい。
釈然としない結末ではあったが他の任務が閊かえていた二人はいずれ増水も収まるだろうと言い残して足早にこの地を去った。
少女が禍憑きにあっていたのか禍津鬼そのものと化していたのかは今となっては誰も分からないが、実はその少女こそがヤクナスに狙われた最初の珠の巫女であった。
そのような経緯があったとは露ほどもしらない二人は一宿の後に山を抜ける。
曇天の下、霧雨で遠くが見えないとはいえ広い盆地が眼前に開けた。
ここから先はスオウもとある理由で来たことがない地だ。
景色を見るわけでもなく、それでも遠くを見つめてぼんやりとしているメイにスオウは自身の知識を整理する意味合いも込めて一帯を指さして説いた。
「見よ、ここが中津平原だ。澄みたる日には四方が小高き山に囲まれた地であることが分かる。東の山を越えればあの潮見津原に至る。北の向こうは皇のおわす真秀ろば宮よ」
「すめらぎ?」
「輝大君を崇む者どもの長だ。易く説くと、今越えたる山の南北で崇む上が異なるのだ。争うてはおらぬが好んで交わろうとはしない。良いか、率爾な振る舞いはするなよ」
「おー」
「して、珠は何処に?」
「あっち」
「遠いのか?」
「近い」
「然れば巫女は赤穂にいるのか」
「あこう?」
「この分鞍場の傍らの鄙の名だ。見よ、この平原に満ちたるは髢草という。夕さりにはあれが日を浴びて全て赤く染まる。故に昔人はこの地を赤穂と定めた」
「ふーん」
「ここは北に真秀ろば、東に塩見津、南に御闇、西に縄背と主なる都鄙の半ばにあり住み良き所だ。長は皇に大王の名乗りを許されし者にて、巫主、皇に次ぐ豪士と聞いている」
「ふーん」
「……ふーん」
「ふーん」
「…………」
赤穂辺大王はその名の通り赤穂を統べる豪士であった。
数多の力自慢を下して盆地の南側に覇を唱え、北の真秀ろば宮の朝廷によく貢物をし、大王の名乗りを許された傑物である。
英雄は色を好み、多くの妻を娶って子を成し、子を都の豪族に嫁がせて盤石の政を執り行っていた。
しかし最近はいずれの妻も傍に呼ぶことはなくなり、働き盛りの大王に限っては男としての機能が衰えたわけでは決してなかったが、どうやらそれはある少女が原因であるようだった。




