大王(きわか)と小女子(をとめご)2
巫主の座する間に入るや否やメイは一直線に歩き出した。
その後ろ姿に既視感のあったスオウは全身が粟立つのを感じた。
思うより早く体が動き、不思議そうな顔の巫主の前で右手を刃にしたメイを斜めに突き飛ばす。
間一髪、体制を崩したメイの腕の軌道は大きく逸れて背もたれの上を乱雑に切り取った。
「アビコ!」
状況が飲み込めずに立ち尽くしていたアビコはスオウの叫びで跳ねるように動き出し、巫主を抱えると尚も追い縋る凶刃から懸命に逃げた。
押さえつけられ殴られてもメイはお構いなしに腕を伸ばして巫主を追い続けた。
やっとの思いでアビコが部屋を脱するとようやく
諦めたのか腕を止め、縮める。
立ち上がろうとするメイに馬乗りになったスオウは心が掻き乱されるような痛みを感じていた。
「やはりな! まるで初めて会うた時のようだ。私が妹の事を忘れたのか!?」
「除け」
「除かぬっ。私は誓うたのだ。己が人を、人と思わぬ殺め方をせんとすならば、私は必ずや己を止めると! 除いて欲しくば! みだりに珠を賜ろうとすな! 良いか、巫主に何もせぬと誓え! 然ならば除いてやる!」
「ん?」
「除いて欲しいのだろう?」
「おお」
「ならば珠は?」
「賜る」
「除いて欲しいのだろう!?」
「ん?」
「ど、どっ、どういうことですか、これは!?」
シメツナたちの件もあったのでまさかメイもおかしくなったのではないかとアビコは疑った。
だがスオウに言わせればこれはメイの本来の姿であった。
とりあえず目先の約束を交わすことで一手先の動きを封じる。
直感と衝動で動いているメイを相手にしていて学んだメイの行動抑制のやり方であった。
一端は落ち着いたようにみえたので仕切り直すことにしたが安心出来ないので麓にいるマヌイも呼んで話し合いの場を設けることにした。
翌日の暮れ、マヌイとアビコが巫主の両脇に立ち、遠く離れたところにメイを座らせて話し合いが再開された。
巫主はメイを見ながら未だ信じられないといった顔で小さく頭を振っていた。
外見はもちろん感じる異能の質も変わらないせいで行動を見抜けなかったことに恥じている様子だったので、メイの後ろに立っていたスオウは思い切りメイの頭を叩いた。
何故叩かれたか分からないメイが不思議そうにスオウを見上げた。
「いかなる故か知らねども、此奴、恰も初めて会うた時のごとし」
一晩、メイを入れた檻の監視を自ら買って出たスオウは徹夜の寝不足よりも悔しさに心を乱されていた。
メイと共に旅をする中で明らかにメイに心情の変化が見られていたことを隣にいて実感していたからだ。
本能に従う虫のようであった土の精隷は、北谷原で幼子の骸に触れた時に確かに言った。
曰く、なんてことだ、と。
その言葉は幼子の境遇に対して驚きを隠せなかった者のみが発する類のものであろう。
虫のような心のままであったならばそのような声は漏らすまい。
その他にもメイは時折心ある者と同等の躊躇いを見せる時があった。
感情が芽生えて来たのではないかと思う事が多々あったのだ。
なのにまた元通りである。
マヌイも何か思うところがあるようで、昨夜メイに対して湯での語らいを忘れたのか、と憤っていた。
そう、どうやらメイは忘れてしまったらしい。
それなのに経験そのものは覚えているようで、まるで赤の他人にメイの見聞きしたものを覚えさせたかのような違和感があったのだった。
「締綱日子により投げられ落ちて行きたる先は闇の聖域。……よもや闇女上が何やらなされたのではなかろうか」
「何やら、とは」
「闇女上は冥之上の生みの親。冥之上の我が珠を前にして差し置く様を知り、甲斐なしと思われ新らに創り直したのやも知れぬ」
「……まさか、それは今の世を知らな過ぎる。今、巫主を失わ誰が御闇山を、陰業衆を束ねるというのか。それこそヤクナスめの思う壺であろうが。珠の巫女が古の務めを忘れし今、異能ある人どもが羽を並べねば上には敵わぬであろうに」
「あの野郎、腕っぷしこそねえが小賢しいことを考えるにゃ葦原随一って言われてたもんなあ」
「ともあれ、冥之上よ。我が珠はまだやれぬ。やらねばならぬことがある故のう……」
他の巫女にもやることはある。
命の限り生きて寿命を迎えるという尊い使命がある。
同じく巫女の定めを背負った者の中に優先順位などあっていいわけがない。
だが巫主の揚げ足を取っても意味がないのでスオウは口を噤む。
「珠は全て集めねば意味を成さぬ。されどあのバラストでさえ不意を突かれ巌姫を失うた。我の考えが浅はかであった。一人さえ息災ならば、それで良いと思うていた……。されど、あの不死者めが諦めぬ限り、永劫に人の世に安寧は訪れぬと思い知った。初めに奪われたる珠の如く、一つ、また一つと奪われようものなら取り返すのも容易ではなくなるだろう。……ならば我らが先に珠を全て集め、闇女上を今生に戻さん。それが尤もなる道よ」
「今メイが持ってる珠は二つだったよな? 猿婆のを足すと三つか。ヤクナスは今……」
「未だ一つよ。残る珠は四つ。急ぎ他の珠を集めよ。今在りし巫女の中には既に奪われし珠の巫女が如く、強者の庇護なくヤクナスめに抗えぬ者もおろうや」
「ならばすぐにでも発とう。私の傷ももう癒えている」
「然ならば吾日子、舞内。其方らも──」
「いや付き合ってやりてえがよぉ。俺たちがいねえ間に婆が襲われるかもしれねえだろ。麓の片付けもあるし。離れるわけにゃいかねえよ。なあ、アビコ?」
「えっ? いや、吾は……その……」
「舞内よ、吾日子の心地を尊びよ」
「そのつもりだから残ったほうがいいっつってんだろうがよ」
「…………」
「……私もそのほうが良いと思う。御闇山は人どもを導く標なれば、早う立て直して貰わねば困る」
「其方らがそれで良いというのなら……何も言わず見守るとしようぞ」
「おう、スオウ。あいつの屎みてえな感じがおめえと初めて出会った時みたいかは俺は知らねえけどさ、そうなっちまったもんは仕方ねえから切り替えていけよ。馴れ合いてえわけじゃねえんだろ? なら、大丈夫だよな。あいつは不死身だから心配してねえけど、おめえは弱っちいんだから気を付けろよ」
「世話になった。アビコも」
「え、ええ……すみません」
「メイ! てめえは次に会った時にゃ、ちゃんと色々思い出しておけよ! じゃねえと三日三晩燃やしてやるからな」
「ん?」
「己に言うているのだ」
「聞いてなかった」
「屎がっ」
陰業衆の者どもも数多が死傷した今、復興の手は一つでも多いほうがいい。
翌朝、メイとスオウは御闇山の者どもに見送られて下山した。
次の珠の気配を目指し、風吹く鄙から来た道を半分ほど戻り平原の渡しの手前で北に伸びる獣道を行く。
切り立った左右の断崖を見上げる谷底の道を越え、二人は葦原国の中央、中津平原に至った。




