大王(きわか)と小女子(をとめご)
巫主がメイのものと思われる気配を感じたのは少し経ってからのことだった。
メイの気配はよく探れば他の土の精隷と異なり内側に異質なものを有しているというのだが、しかし遠いと判別がしづらいらしい。
いなくなってから既に十日、時間が経ちすぎているのでもしかしたら一人で北上して潮見津原方面から西進して山を越え次の巫女のいる地へ向かったのではないかと心配だったが予想通り御闇山を経由する道程を選んだようでスオウは安心した。
妹の死は無駄ではなかったと確信するためには珠を巡るメイの旅には自身の同行は不可欠なのだ。
御闇山は二人の優秀な異能者の暴走による壊滅的被害から未だ日常を取り戻せずにいた。
各地に散っていた妖退治の陰業衆たちもいくらか帰ってきて復興に加わっていたため死者の弔いだけは粗方終わっていた。
ただし頂へ至る参道はもちろん麓の宿場の瓦礫は未だ手つかずだ。
破壊された家屋の撤去には最強の衛士であったシメツナを調伏したことで一躍求心力を得たマヌイが音頭を取り、少しずつではあるが作業が始まっていた。
マヌイといつも行動を共にしているアビコはいくらか教養があるので巫主を補佐していた異能者である耳の代わりに忙しそうに執務をこなしていたが、時折大社の一画を訪ねる時間だけは必ず設けていた。
部屋にはシメツナとの戦闘で負傷したスオウが療養していた。
けが人はまとめて他の場所で看病されているのだがスオウだけはメイとの関係もあり特別扱いだ。
巫主の活性の異能のおかげもありスオウは順調以上の回復をみせていた。
「おや。寝ていなくてよいのですか?」
今日も同じ時間にアビコがやってきた。
立ち上がり伸びをして、肋骨の折れていた箇所をさすったスオウはまだ多少の違和感はあるがそれを隠して手を広げてみせた。
「この通りだ。いつまでも寝ていられぬ。者どもの弔いを手伝おう」
「それを伝えに来ました。弔いは済みましたよ。……思うたよりも多くの者が燦々たる有様となり──ああ、その……」
「心まで手負うておらぬ、気遣いはいらぬ」
「では……。麓のことは今マヌイに任せています。荒振神などと厭われておりましたがようやく者どもも見直してくれたようです。……それと、巫主がメイ殿の異能を気取りました。山を登り来ているようですよ」
着替えたスオウは枯骸のような小さな老婆に会いに行った。
老婆は未だ暗く沈んではいたがもう楽になりたいと思う気持ちは思い直したようでその目には力強さを宿していた。
この世を我がものにしようと企む者がいる今、後継者にと目していた珠の巫女が死に、上の協力を得られず、御闇山も壊滅した以上は我儘を言っていられない。
巫主はメイが自分以外の全ての珠を回収するまでは自分に出来る精一杯のことをしようとスオウに約束した。
翌日、大社の裏手にメイが到着した。
報告を受けてスオウとアビコが駆け付けると相変わらずの呆け顔が立っていた。
「メイ! 遅いではないか。寝る事も休むことも要ぜぬ己が、何をしていた?」
「おー」
そして相変わらずの返事である。
心配などしてはいなかったが拍子抜けして思わず苦笑してしまったスオウだったが、メイはお構いなしにひょこひょこと歩き出した。
「勝手に次なる珠の巫女を目指したかと思うて憂うたのだぞ。それなのに己は……おい、何処へ行く」
「巫主の元へ行く」
「ええ。巫主もお待ちです。メイ殿のいない間ですがヤクナスは追撃をして来ませんでした。するとヤクナスの狙いは御闇山にあるのではなく……」
「待て。おい。己は……なんだ?」
アビコと並び行く背中にスオウは鋭く投げかけた。
よく知ったその顔で、その口で巫主という呼称を発した。
なのに違和感がある。
それは言葉では言い表せない、共に過ごしてきた者だけが感じる第六感のようなものであった。
困惑して笑みを浮かべるアビコを余所にスオウは歩き続けるメイの肩を荒く掴んで振り向かせた。
飄々とした顔も、涼やかな目の奥の虫のような底知れない無機質さも覚えがあるのに何かが違う。
「私が名を言うてみよ」
「スオウ」
「…………」
「スオウ殿? 如何したのです」
意固地にも気のせいではないという気持ちは拭えなかったがアビコに何と説明して良いのか分からない。
巫主もメイが来たと言っていたので疑いようがないのだがスオウは今まで以上にメイの挙動に警戒することにして手を離した。