魂の再生6
参道の下から居丈高に登って来たのは全身が蝋で包まれた筋肉質な女性体と面長の偉丈夫だった。
スオウの一番よく知る陰業衆の二人組、マヌイとアビコである。
前に立つマヌイの高圧的な声はよく澄んで響き渡り大社の境内の者たちの耳にも届いた。
境内はわっと歓喜に奮い立ち、あるいは安堵の嗚咽に震えた。
マヌイなら何とかしてくれる。
彼女──否、彼は陰業衆の中では新参にも関わらず多くの人々から力量を高く評価されていた。
彼は今の世に生まれた人どもとは違い上代に名を馳せた正真正銘の上である。
その力は同じく上代人である巫主や耳、締綱日子を凌ぐのではないかと言われていた。
もちろん攻勢を伴わない異能者である巫主や耳とは比べるのは物差しが違うが、武を誇る者同士では一体どちらが強いのかと人々はよく話し合っていた。
ただし陰業衆はその傘下に加わるにあたって成員の争いを固く禁じていたので二人のどちらが格上なのかは誰も分からなかった。
分からないが面白くないのはシメツナだった。
彼は常々、何故自分がマヌイごときと比べられなければならないのかと不満に思っていたのだ。
大昔から衛士として巫主に仕え登山口を守って来た。
なのに何故、数百年ぶりにふらりと現れた荒振神と同列に扱われなければならないのか。
いやむしろ扱いの差で言えば自分は蔑ろにされているとシメツナは思っていた。
そして者どもから敬遠されていることも気付いていた。
融通が利かないのは公正な門番として当たり前の対応だったが人々は彼を通行の妨げだと言わんばかりに疎み恐れていた。
一方で戒律を守ろうとせず自由気ままに振舞うマヌイは罰せられることなく慕われていた。
実力で見返そうにも守備と調伏とでは武功を上げられる機会が異なり、かといってシメツナは各地を自在に巡ることが出来るような体型でもないので人気の差は開く一方だった。
力を示そうとして威圧的になればなるほど衆人は離れていき、御闇山一の功労者は自分だという自負が彼の尊厳をますます傷つけて行った。
それのきっかけをシメツナ自身は覚えていなかったがそれは名も知れぬ物替いによってもたらされた。
幸運のお守りなどという女子供が喜びそうな謳い文句など信じてはいなかったが自分に一つ献上したいという心意気が気に入って受け取った。
それは土面と呼ばれる呪具で、土面は術者が儀式で別の存在──例えば力を借りたい精隷や動物などに扮する際に顔に着けるものだ。
だが物替いが自分で作ったというその土面は酷く不格好な土塊で、そのあまりの不出来さが逆に可笑しくてシメツナはいったいこれは何を模したのだろうかと冗談で顔に着けてみたりしたのだった。
すると不思議な気持ちが湧き起こった。
素顔を覆うと心が安らぎ、自分が別の誰かになった気がした。
今まで培って来てしまった自分という檻から解き放たれ、何でも出来る気がする悦びが湧き起こった。
その感覚の虜となったシメツナは我慢することを止めた。
自分を恐れる者には恐れさせてやればいい。
蔑ろにする者には後悔させてやればいい。
自分がいなければ今の御闇山はないということを分からせるために巫主の築き上げた全てを壊してやる。
そして真贋も見極められない愚者どもにおだてられて調子に乗っている痴れ者に、本当の強者が誰なのかを知らしめてやる……。
シメツナはこの時を待っていたのだ。
マヌイを斃し、誰が最も優れているのか巫主たちに見せつける。
そして巫主たちには考え得る限りの絶望を伴って死んでもらう。
いまさら後悔してももう遅いのだ。
「ぬぅふはははァ。吾日子よ、己の異能など我に効かじ。我はこの腹のうちに……むゥン! 常に呼気を溜めておる故なぁ、息せずとも一日は仔細なぁし。然れど……ぬっはっは、良いのか? 己の異能はそこな荒振神の謀反に備え巫主が課した枷なれば、ほれ、どうした、火が熾せぬであろうがぁ」
シメツナはマヌイの後ろの男を見て不敵に笑ってみせた。
アビコは小さな双眸でしっかとシメツナを睨みつけていたが顔色は真っ青で既に倒れそうな様相を呈していた。
どうやら二人は麓の惨状を見て強行突破してきたらしい。
本来は高山に臨む時は何日もかけて徐々に体を環境に慣らしていかなければならないのだが火急の要件がアビコに無理を強いたのだった。
アビコが異能を使っているこの状況は芳しくないとスオウも思った。
アビコの異能は周囲から呼気の素を奪うというもので、使えば起火主吏の異名を持つマヌイの異能は封じられたも同然である。
シメツナも効かないと豪語しているのだから別の戦法に切り替えるべきではないのか。
しかし冷静な判断が出来る筈のマヌイはアビコに異能を止めさせず、大きく肩を回して骨を鳴らすと何の力も伴っていない拳を構えてみせたのだった。




