魂の再生5
大きく膨らんだ胴回りに、それに比べたら小さいながらも無駄な脂肪のない手足は以前に見た通りであったが首の太さが尋常ではなかった。
頭より遥かに太い喉はまるで呼吸器官がそこにあるかのようだった。
その首回りせいで元より巨漢であったシメツナの背丈は楼門と塀に迫る高さとなっておりあれでは門はくぐれないだろう。
そもそもあの体型だと首より上が楼閣部分にひっかかって門に張り手を食らわせられないだろうにと思ったがよく見たら腕は長くなっておりしかも腰あたりからもう一対と、二対に増えていた。
見張り台の上にいた陰業衆の男は弓の使い手であったが巫主の力で培った力を持ってしても肉厚のシメツナを穿つことが出来なかったようでもはや迎撃は諦めてシメツナの張り手がくるのを門を固める皆に教える役目をしていた。
シメツナが早急に門を破ろうとしているのなら邪魔な存在だろうに排除しようとせずそのままにしているところからも奴がこの押し合いを楽しんでいることが伺えた。
弓使いは見知らぬスオウを警戒したが下女たちが言う事を聞いているのを見て敵ではないと認識したのか見張り台に上って来たスオウに場所を空けてやる。
スオウは異形と化していたシメツナを見て言葉を失ったものの仲が良かったわけでもなく豹変ぶりがミミに比べたら穏やかであったこともあってすぐさま問答を繰り出した。
「物部締綱日子よ! 衛士として巫主からの信厚き己が、何故斯様な曲事をいたすのか!」
「んんンンン? 応、応。己は土の精隷に具したる徒人なりや。将や、門の向こうは奴かぁ。ぬはははは、此れは面白し。どうれ、舞内どもが来るまで弄るかぁ!」
「張り手!」
腕を引き絞るシメツナとそれを見て叫ぶ弓使い。
落雷のような轟音と共に見張り台が地盤ごと震え、門塀を隔てていないことで爆風が直にスオウに襲い掛かった。
メイは全く堪えていない様子だがそれはシメツナも手加減をしているからだ。
奴はマヌイとアビコを待っているといったのでそれまで遊ぶつもりなのだろう。
「おい、マヌイらはいつ戻る」
「む……。……帆群に妖ありとて発ちたれば、いつになるかは分からぬ」
「帆群とは何処ぞ。近いのか」
「南に向かいて昼夜を三度、四度」
潮見津原とさほど変わらない距離だが妖の調伏に時間がかかれば戻ってくるまでの時間は読めない。
ならばやはりこの場はメイになんとかさせるしかない。
むしろ戦力が増えて困るはずのシメツナがマヌイたちの帰還を待っているのが不可解だ。
悪しき企てがあるのかもしれないので計画を挫く意味でも先手を取っていたほうがいいだろう。
「メイ! シメツナをやれ!」
「ん? おお」
門を支えていたメイはスオウの掛け声を聞くと門を開けてひょこひょこと外に出て行った。
シメツナは細い目を見開いてメイがどんな事をしてくるのか愉快そうに眺めていた。
山門をくぐったメイはシメツナの前に立つと腕を引き刺突を繰り出した。
矛のように伸びた腕はシメツナの腹を大きく歪ませ──跳ね返りメイを門に叩きつけた。
「メイ!?」
「ヌゥハハハァ……! 効かぬ、聞かァぬ! 土の精隷ごときの攻めなど我には効かァぬわぁ!」
そういえば最初に会った時もシメツナにはメイの攻撃は効かなかった。
シメツナの異能がどんなものかは未だよく解らないがどうやらメイは相性が悪いらしい。
分析している暇はなかった。
メイがぶつかった門は誰も支えていなかったので閂が弾け飛び開いてしまっていた。
「し、痴れ者がっ! 皆ども、支え! 支えー!」
せっかくの休息の必要ない守り手を攻勢に転じさせるというスオウの愚挙を叱責した弓使いが叫び、大慌てで門を閉じる衆人を見て大笑いするシメツナ。
置き去りになったメイはシメツナの下の手で掴まれ、上の手に持ち換えられると四本の腕は四方から圧力をかけ始めた。
メイの全身が砕ける音がする。
おそらく声をかければ何事もないかのような返事をするのだろうが手も足も出ないとは文字通りこのことだった。
「お握りぃ、お握りぃ、ぬぅふははぁ! そぉい!」
丸めたメイが投げられた。
メイ玉は竜巻を伴いながらスオウの隣りの弓使いの上半身を一瞬で吹き飛ばした。
爆風で塀と見張り台が崩れ建材の下敷きになるスオウ。
メイはそのまま何処かへと飛んで行ってしまった。
「んんんん~? 弄り物にもならァぬとは……我の力のなんと恐ろしきことよのお! んひぃひぃひひィ!」
「ぐ……くそ……。な、なにが本意なのだ、己は……」
只の人であるスオウは少しばかり高いところから落ちただけなのに重傷を負った。
メイならば二度も無様に敗れないし自分も大丈夫だという慢心があり油断していた事は否めない。
遊び感覚で人を殺せるシメツナを前にして身動きの取れないスオウの命運は尽きる寸前にあった。
命を惜しみ時間稼ぎをするスオウの問いにシメツナはよくぞ聞いたとばかりに大笑いすると答えた。
「見よやぁこの力をぁ! 我こそがぁ天下無双であろうぞぉ! 然れど解せぬは巫主よぉオ……。我は衛士ごときの器ではなぁいというにぃィィ!」
「そ、それが……、それが謀反の故なるか。一の門を守らせたるは、いちに頼りたる故と思わなんだか」
「黙ぁれ、我は然なる器には非じと言いき。然れど黙りて働きたれば、ぅぬぅううう、奴めぇぇええ、我こそ御闇山一の剛の者なりなどと打ち逸り我褒めば、皆どもも然かし然かしと言いつるぅう。んぬゥうう! 舞内ごときが御闇山一なれば、我は葦原一ぞぉおおお!」
シメツナは自身の語りで怒りが再燃したらしくこめかみに血管を浮かび上がらせながら自身の太ももと横腹を思い切り叩きだした。
要は現状の地位に満足していなかったということだ。
ならば巫主にそういえば良かっただろうにそれは自尊心が許さなかったか。
認められないならば後悔させてやろう、マヌイを褒めた者の前でマヌイをいたぶってやろう、そのような陰湿で小さすぎる動機で妖から人々を守る集団は壊滅に追い込まれてしまったらしい。
思わず鼻で笑ってしまうスオウ。
いくら力が強くても、如何なる攻撃を通さない体をしようとも、これでは巫主の傍に置かれなくて当然だ。
そもそも衛士として御闇山の最初の顔を担えていた事でさえ果報なことではないか。
あの首の腫れは溢れ出しそうな傲慢さが喉で痞えていることを表しているのかもしれなかった。
人ごときに馬鹿にされたことを機敏に感じ取ったシメツナは腕を大きく前後に開くと突風の張り手を繰り出した。
触れるのも汚らわしい人ごときが木の葉のように散り散りになるのを見て愉しもうという魂胆か。
しかし突風は起こらなかった。
シメツナの周囲が真空となったからである。
「肉団子てめえ……こりゃあどういうことだぁ? ああ!?」
怒りに震えた声が聞こえた。
目線を移したスオウは笑った。
今度は親しみからくる笑いだ。
そこには鼻の頭に皺を寄せて歯を剥きながら拳を鳴らすマヌイと涙を流してシメツナを睨みつけるアビコがいた。




