魂の再生2
メイとの腐れ縁はもう何か月になるだろうか。
共に行動した時間の殆どが移動と野営であり暇は沢山あったが話しかけることは殆どなく、勿論メイから話しかけてくることもなかった。
何も知らず、使命の事しか話さないくせにその使命ですら自分でよく解っていない、そんなメイから聞ける情報など殆どなかったので早いうちに会話は放棄していた。
世に散らばった封印の鍵を持ち主へ返すという単純な仕組みもメイへ尋ねる意欲を削いだ大きな要因と言えるのかもしれなかった。
しかしどうやら現実はそんなに簡単ではないらしい。
死を司る蛇上の脅威を軽んじるバラスト。
珠の力は全て奪われさえしなければ封印は解けないらしいのに頑なに全てを集めさせようとする闇女上。
これらの事から闇女上は昊之上を封印することではなく彼女が幽世から現世に甦ることに重きを置いているのではないか、スオウはそのように考えていた。
もちろん闇女上の復活は多くの人々にとっては喜ばしいことだ。
女上ほどの異能者が再び君臨すればヤクナスのごとき古の亡霊や各地で発生する妖の類は居場所をなくすだろう。
だがスオウが着目しているところはそこではない。
イワヒメの魂が珠と共にあるのなら、今メイがしている首飾りの装飾の一つとなっている妹ももしかしたら今なおそこにいて女上の精隷を創造する力によって甦ることが出来るのではないかという希望がある気がしていたのだ。
そう考える理由はまだあった。
メイという存在だ。
初めて会った時は牙狼に噛みつかれてもぼんやりしていたのに今は避けたり防いだりするようになっている。
それは不滅である精隷が絶対に取らない行動であり、他にも最近では他者に対して何か思うところがある表情を見せたりしていた。
精隷は媒体がないと生み出すことは出来ない。
だが幽世は何もない無の世界だという話だ。
ではどうやってメイは創造されたのか。
不可能が可能となっている理由が明らかではないのだからまだ諦めるべきではないのだ。
「ん? 如何にした」
お互い無言で山を登り始め、いくつかの宿坊跡地を超え中腹ほどに辿り着いた時だった。
メイが珍しく足を止めた。
尋ねるスオウにメイは前を見据えながら首をかしげる。
こういう奴のようなものが来る、と目を覆ってみせるメイの向く先でようやくスオウも誰かが下山してくるのが見えた。
「あれは……ミミ?」
目を縫い付けているとは思えない歩幅で急ぎやって来ているのは数日前まで行動を共にしていた女だった。
耳、と文字通りの名を持った彼女は大いなる力によって聴力が秀でており遥か遠くの水滴が落ちる音まで任意で聞き取ることが出来るという異能者だ。
そのため目が見えなくても音によって周囲の地形を知ることが出来、歩けるのである。
迎えに来たのは山を登るスオウたちの足音を聞いたからだろう。
しかし何かがおかしい。
どうやらミミは焦っていた。
スオウも登る足を速める。
何か嫌な予感がする。
「スオウ!」
「ミミ、如何にした?」
「一大事……一大事だ! 奴が……シメツナが乱心しおった!」
御闇山の表の登山道の最初の関にいる肉塊のような大男は名を締綱日子といい優秀な衛士である。
張り手のたった一発でメイを粉々に吹き飛ばしたのは記憶に新しく、巫主からの信用も厚いあの豪の者が乱心とは如何なる曲事だろうか。
ずっと急いできたのか息も絶え絶えな耳が語るには、既に門前町も宿坊も全て破壊され大社にまで迫っているという。
今は僅かに残っていた陰業衆の者どもが巫主の鼓舞の異能によって力を得て最後の門を守っているらしいがそこが陥落するのも時間の問題らしい。
喋り終えて崩れ落ちるミミを支えてやるスオウ。
シメツナの意図は分からないが狙いは確実に巫主であり、万が一にも殺されるようなことがあれば珠の力は再び何処かの誰かに移ってしまう。
それが力のない者で、あろうことかヤクナスのほうが近くにいた場合には厄介なことになる。
後は任せて此処に居よ、とミミを離しかけたスオウだったがミミは腰に回した手を離さなかった。
「ミミ? 離せ。汝の憂う心地も分かるが、一刻も早く行かねばならぬ」
「…………」
火急の要件を伝えに来たミミは安心したのか吐息を漏らした。
緊張から解放されたがまだ体がこわばり腕の力が抜けないのか。
座らせてやろうにも決して動こうとしないミミの後ろでは興味を無くしたのかメイが何の断りもなく先に進んでいってしまっている。
荒療治だがスオウはミミの嫌がることをして離れさせようと思い尻の肉を思い切り掴んで広げてやった。
「嗚呼!」
響き渡る嬌声。
そこでスオウは僅かに違和感を覚えた。
頬を紅潮させるミミの顔は、以前なら羞恥の色の方が濃く滲んでいたのにこの顔は歓喜のそれである。
大勢の仲間が殺され意味も分からず助けを求めに来たというのに何を考えているのだこの女はとスオウはミミを訝しんだ。
「……放せ、阿呆」
「嫌、嫌……もそっとこのままで……」
「何をぬかす? メイ、待て!」
「スオウ……嗚呼、スオウ!」
「如何にしたのだ、己は」
「汝の足音が聞こえた時、我は嬉しく思うた! 我を援けに来たのであろう!? 我の声が、聞こえたのであろう!?」
「いつ、何を言うたのかは知らぬが私が今山を登りたるは偶なることよ。己の声を聞いたからではない。類えるな、己に。私には然なる異能はない。ほら、放せ」
「違う……違う……此は定めなれば……されど嗚呼……我に言わせるなスオウ……汝の口から言い給れ」
「あやなし! メイ、待てというに! ミミ、大概にせよ。私は、行くぞ!」
「あ、あ、待ちやれ! 言う、言うから!」
「何を」
「か、かような心地は初めてなのだ……、然らばこそ、汝に伝えようと思うても、恐ろしくて……」
「早く言え!」
「待て、待て……ああそうだ……かような時にこそ……」
ごそごそと何かを取り出したミミはそれを顔に押し付ける。
そして大きく息を吐いた後、意を決して話し出す。
「我を痛めつけんとする汝の無功なる心地、その心地の真の訳を我は知り得たり。故にその想いに我は……応えてやらぬことも、ない」
見上げたその顔にスオウの背筋がぞくりとした。
顔というか、それはまるで不細工にこねまわされた土塊だった。
かろうじて目鼻や口が分かるそれは無機質で、艶やかさのこもったミミの言葉と合っていない。
得体の知れない気色悪さを感じたスオウは条件反射でミミを力いっぱい突き飛ばした。
「い、痛い……!」
無様に転がったミミは元の端正な顔に戻っていたが、その表情は言葉とは裏腹に嬉しそうだ。
いよいよスオウの中の違和感が大きくなる。
「ああああ!?」
「次から次へと……なんなのだ……!?」
「ひ、開いたァ」
喜びで口元を戦慄かせるミミの頬を幾筋もの血が伝う。
見れば目隠しが濡れて滴っていた。
突き飛ばした拍子に何かで切ってしまったのか。
一瞬心配したスオウだったが、どうにも駆け寄って介抱してやることは出来ずにいた。




