潮見津原の巌比売3
スオウとミミが担ぎ込まれた所は目指していた陰族の集落であった。
竪穴式の住居はスオウの鄙のそれよりも型が古く大昔から変わらぬ生活を続けてきたことが伺えた。
罠にかかり身動きの取れないスオウたちを散々痛めつけた半裸の男たちは色とりどりの羽根で出来た肩輪と腰蓑を付け北谷原の民とはまた異なる刺青と塗料を全身に施した自身の肉体を叩きながら二人を囲んでひたすら雄たけびを上げている。
口々に叫んでいる言葉はスオウでさえ解らず、それは上代に廃れたはずの純粋な古語であった。
群衆の後ろでは手を引かれて付いてきていたメイが冷めた目でぼんやりとこちらを見ていた。
丁寧とは言い難いが彼等のメイへの扱いは比較的穏便であった。
精隸は危害を加えると反撃してくるということを知っているのは当然だろうが土地に縛られずに動き回る土の精隸を見て彼らは不思議に思わないのだろうか。
痛みと現状把握で上手く回らない頭で考えていると明らかに彼らの長と分かる男が現れた。
カムントゥネリ。
ミミが呟き男に何か話し始めた。
立派な呪具を身にまとった壮年の男は眉根を寄せてミミを見下ろしていたがゆっくりと右手を斜めに上げる。
すると周りの男たちは静かになり二人は拘束を解かれた。
「御闇山とは……さても懐かしき響き哉。遥か昔、我らは互いの縄張りを犯さんと約定せなんだか」
「如何なる事ぞ、ミミっ」
「ぐむぅ……」
「まあ良い。久しき客よ、我家に参られよ。汝どもの訪ねし所以と……そこな奇異なる精隷の事、言い表せ。我は上舎人。陰族の長である」
警戒はされたままだ。
だが話し合う気はあるらしい。
三人はカムントゥネリと名乗る男の家に連れていかれた。
男の家は他の家とは異なり呪いの場を兼ねているようで、集落の突き当りにある断層の割れ目に出来た洞窟を改装したものとなっていた。
外部との接触を断っていると聞いていたが代表だけはスオウにも分かる言葉で話すことが出来るようで安心した。
言葉が通じるならばしこたま殴られたことを抗議したい気持ちもあったがせっかく対話の姿勢を見せているのにへそを曲げられたら大変なのでスオウは黙っていることにした。
対してミミは噛みつこうとしているように見えたので蹴り上げておいた。
尾骶骨を膝でいかれ、いんっ、と甲高い声を上げ崩れ落ちたミミが痛みで魚のように口をぱくぱくするだけになったのと確認しメイに担ぐように指示を出すとカムントゥネリはその光景を非常に興味深そうに見ていた。
「スオウ、と申したか。そこなるは御闇山の耳、あの巫主の近侍と覚ゆ。そしてそこなるは土の精隷……であろう? 何故それらは汝の詞に従うのだ」
「躾けた」
「ふむ……?」
カムントゥネリの家の中、無造作に降ろされた状態のまま無様に倒れているミミの尻をぽんと叩くスオウ。
男は青年がどのような立場の人物であるか測りかね困惑しているようだった。
土の精隷が人の言う事を聞いているなど聞いたことがなかった。
精隷とは人の形をした自然そのものであり創造主に従いはしても人ごときの命令に応じることなどある筈がないからだ。
「そこな土の精隷よ」
「メイだ」
「何?」
「メイだ」
「それは……名か? 精隷が自ら名を名乗るのか? まさか真名ではあるまいが、これは如何なる事ぞ」
「メイは闇女上に会いに来た。新珠の泉はどこだ」
信じられないといった顔でスオウを見る陰族の長。
これは良い流れを掴めたものだ、とスオウは内心で満足していた。
スオウはただの辺境の青年であり本来ならば取るに足らない存在である。
しかしカムントゥネリは御闇山の二番手である女を軽くあしらい精隷に言う事を聞かせるスオウを一角の人物であると認め、この理解不能な状況の説明を求めて来たのであった。
スオウは自分の出自を秘してメイの使命を語った。
昊之上の伝承は当然ながら陰族の者どもにもしかと伝わっているようで多くを語る必要はなかった。
珠の力を既に二つ手にしているメイはまだこれ以上集める必要があるのか。
途中であるにせよ闇女上に二つを返しておけばヤクナスという上も手出しは出来ないだろうと見解を述べるとカムントゥネリは納得したように大きく頷いた。
「御闇山の遣い、スオウよ。非礼を許し給え。我ら古の遺恨あれど大蛇の災いあらんとなれば合力いたさねばならぬ。我らが聖域、新珠の泉へと案内せん」
いつの間にかミミよりも位が高くなっていたスオウ。
聖域へと通じる道まで連れて来られた三人は木々に渡された結界の荒縄の前で行われるカムントゥネリの儀式を見守った。
「スオウ、己っ」
「余り事を申すでないぞ。今は事行けり」
「心得ず!」
「尻を叩かれたくなくば、従え」
儀式の最中、ミミが小声で抗議してきたので面倒になったスオウはミミの尻の肉をぐっと持ち上げた。
真っ赤になって硬直したミミはそれ以降は何も言わなくなり、四人は険しい道を越えて新珠の泉へと至った。




