人ならざるもの10
昊之上を蘇らせようとする者がいて、珠の巫女の一人がその者によって殺められた。
闇女上と巫主に意志を交わす術があったのなら闇女上はただちに巫主に命じてアビコのような者らを各地の巫女の護衛に遣わしていただろうが、それは叶わなかったので冥之上がその役を担う事となった。
何者かに奪われるくらいなら手元に戻しておかんと考える闇女上の道理も分かる。
だが上ともあろう者がそのような後手に回った稚拙な対処しか出来なかったとはなんと哀しく憎いことだろうか。
どのみちイルナシは供犠となり珠の力は導祖に還されるはずであった。
なのに飢えと死の恐怖に耐えた甲斐もなくメイに殺された。
何故、イルナシでなければならなかったのか。
不死であるメイが珠を一つ持っていれば昊之上の復活が阻止できるというのであれば、生に飽きた者がその一つになるべきではなかったのか。
「メイ、聞いていたか。己はもう働かずとも良いそうだぞ。ただ……新珠の泉はこの御闇山のいずこかにあるとの伝承、私の鄙のごとき辺境ではなく初めよりここに出でくれば良かったものをな」
「ん? 知らん。メイは気づいたらあの地にいた。もうよいか?」
話を聞いていなかったメイの手の先が矛のように尖った。
待てるようになったのは成長したが結局やることには変わりはないようだ。
アビコが気色ばんで巫主の傍に駆け寄るとミミも察したようで前に出る。
辺りは瞬く間に緊張した空気に包まれた。
「メイ殿! その手で何をなさるつもりですか!」
「メイは闇女上に全ての珠を集めよと言われた。巫主が何を言おうと知らん」
「確かにな。闇女上の意志がそうなれば、ここで辞めたら反するとこになろう」
「スオウ殿!?」
「スオウ、下郎め! 汝はその心無き獣を嗾けんとするのですか!?」
「おいおい諍いかあ? いつも俺にゃあ口うるさく諭してくるくせにてめえはお構いなしに吹っ掛けるたぁ良い御身分じゃねえの。耳屎様よう?」
「なんだとっ!?」
「おん? 聞こえなかったか? やっぱ耳屎詰まってんじゃねえの? てめえ、耳まで悪くしたらてめえに何が残るんだよ?」
「双方やめよ。栖鴬の言う通りだ。冥之上は闇女上の創りし精隷、彼の御方の御意思に背く行いはするまいて。だがな、先も言うた通り我は命など惜しんではおらぬ。おらぬが塩原の赤子が我の跡継ぎとなるまでは死ねぬのみよ。それまで待てぬとあらば冥之上よ、今一度闇女上に訊ねては貰えぬか。全て集めねばならぬ、その真意とは如何にと」
「…………」
「聞きなさいメイ。頑なに今、珠を奪わんとするならば我ら陰業衆が相手となろう。いくら汝が不死とはいえ精気が足らずば暫くは動けなくなるはず。その間に他の珠がヤクナスに奪われぬと良いがな」
「どうやれば訪ね能う」
「この御闇山の東面は後闇の地に陰族なる者どもがおる。新珠の泉は奴ばらの神域にあろう」
「巫主、良いのですか? 奴ばらは我らのことを意味なく嫌う蛮族。我らから奴ばらの縄張りを犯せば何を言われるか分かりませんよ」
「なれば吾らが共に参りましょう」
「吾らって。俺もかよ」
「ならぬ。怪異の陳情はまだあり。汝らは急ぎ向かえ」
「そんな! ……承知しました。スオウ殿……」
「世話になった。汝がおらねば私はここまで来られなかった」
「陰族の元へは耳よ、汝が案内せよ。我が遣いなれば汝が最も良かろうて」
「……承知いたしました。心無き獣と下郎の世話、しかと果たしてみせましょう」
「いちいち癇に障る奴だな」
「古から生きてる異能者なんか所詮上を名乗ってねえだけで本質は同じってこった」
「己が言うな起火主吏」
「良し。話は纏まったな。今日は別れもあろう。共に鋭気を養い、早朝に発つが良い。ところで吾日子や、その様相、模様替えかえ? 我が与えし板甲はいずれに?」
「あっ、いや、その」
「まあ後で聞こう。耳よ、先に栖鴬と冥之上を寝屋に案内してやりなさい。吾日子と舞内には次なる妖の報せを語り聞かせておく故」
巫主の発案でメイは今一度闇女上に会うために陰族の土地へと向かうこととなった。
勿論スオウはメイの動向を見届けるつもりなのでアビコとマヌイとはお別れだ。
僅かな時間ではあったがマヌイはともかくアビコは異能を持つ者であるにも関わらず只の人であるスオウに対しても平等であり気の置ける存在であった。
それに比べてこれから行動を共にするミミなる異能者からは言葉の端々に見下したような態度が感じられ、スオウはアビコの仁徳を身に染みて感じたのであった。
「吾日子よ」
「如何なることとなろうとも……闇女上の御意思に従うまでです」
ミミに案内されてスオウとメイが退出した後、アビコは小さな目を更に細めて既に二人の去った後を見つめていた。
巫主にかけられた言葉に返事するその声は呟くようだったが確かに既に覚悟を決めた者の強さがあった。
一方その頃、遠く御闇山の全貌が霞む沼の麓にて一人の男が笑む。
「──いやいや、気取られるやもと思うてひやひやしたが……御闇山の巫主さえ我が耳に気づけぬとは思わぬ収穫よの。それにしてもあの者……冥之上と言ったか。あれは実に使えるのう。諸々の巫女に纏わる邪魔はあれに始末させて、我は最後にあやつから給り受ければ良いわけだ。幸なる流れは我に在りか。ならば今しばし見守らせてもらおうぞ……」
沼に足をつけ泥をまさぐっていた男は風吹く鄙に居合わせていた旅人であった。
しかしそれは偶然ではなく必然の出会いだったのである。
何故なら彼こそスオウの妹から珠の力を奪わんとして虎視眈々とその機会を伺っていた者──ヤクナスその人だったのだから。




