人ならざるもの8
スオウは語った。
ある日自身の妹の元に導祖が現れ珠の巫女となった事、その祝いの肉を取りに行き神域でメイに出会った事、メイが闇女上の遣いを名乗り昊之上の復活を阻止せんがため珠の巫女から勾玉を集める使命にあると語った事、鄙に連れ帰ったメイによって妹が殺された事。
話は長くなったがその間巫主は瞬きもせずにじっとスオウを見つめていた。
まるで言葉の向こうにある記憶を見られているような感覚がして居心地が悪かったが目線を逸らすと嘘を言っていると思われそうでスオウも巫主の目を見て話し続けた。
話している今でさえ一切の躊躇なく貫かれた妹の表情が目の前に浮かぶ。
だが蟻のように、蜂のように己の役割をこなすだけのメイを責めたところで全くの無意味であり、よって今後も同じ悲劇がそこかしこで繰り返されることは必定だった。
それを知ってしまって見過ごせるほどスオウは器用ではなかった。
だからこそ共に旅をし今に至るのだ。
「御闇山の巫主に問う。あのようなやり方でなくば珠の力は集められぬものなのか。冥之上の珠の力を給る様は恰も咎人を罪すが如く、おおよそ諸人を援く者の死に似つかわしからじ」
昊之上は死を司る黒い炎雷を纏った邪悪な上であり、その怒りに触れた者は現世に留まる限り永劫の苦痛を伴い燃やされ続けるという。
その恐怖が世の人全てに降りかかるというのならそれは確かに脅威であるが、理不尽に殺されるという点では珠の巫女とその縁者にとっての冥之上も同じ存在ではないか。
他に方法はないのか。
暫く黙っていた巫主は一度目を閉じると大きく嘆息し、そのしわがれた唇から少女のような澄んだ高い声を発した。
「風吹く鄙の日子、栖鴬よ。汝の気持ちはよく分かる。人の身でありながらよく上の定めと共にあらんとした。されど我は汝を諫めよう。これ以上深く関わらんとせば汝も死ぬることになるぞ」
「答えになっておらぬ。人は既に死んでいる」
「人は死ぬ。早かれ遅かれ意味などなく、呆気なく。それが道理。意味を持って死ぬるは幸あることぞ」
「……それが人の世を鎮護せし者の言い草か?」
「ふふふ。我が行いしは鎮護の真似事。いかに安んじようとも世は乱れる一方にて、乾いた砂を両手で掬いたるように、いかにしてもこぼれ落ちるものはある。叶わぬのだ。我は上にあらじ。上にはなれぬ、異能の人ぞ」
「答えになっておらぬ! 闇女上の傍に仕えていた者なれば! 闇女上に言上せよ! 冥之上のやり様では人心は離るるぞ!」
「スオウ殿、言葉が過ぎます……!」
「よい、吾日子。栖鴬の言う通りだ。しかれども栖鴬よ、素直に申そう。我が闇女上に仕えたるは遥か昔の事。冥之上は声に導かれたとのことだが、我は声すら聞かなくなりて久しいのだ」
「なに?」
「闇女上が珠の巫女の力を一所に集めんとしているなどという事も今知った。そして然様な狩り方をしているということも」
歯切れの悪い言葉を繰り返す巫主についに業を煮やしたスオウだったが巫主の言葉に呆気に取られてしまう。
巫主は何も知らなかったというのだ。
にわかには信じ難いが闇女上がメイを送り出す時に協力者として巫主のことを教えておかなかったという不可解な事実がそれを裏付ける。
珠の巫女の一人であるらしい巫主はそれらの事実を誰よりも早く組み立てると寂しげに目を細めた。
「長くお仕えし、御隠れになった今もあの御方の築き上げたものを守ってきたつもりであったが。我のこともその者に斃させるおつもりであったのだろう……」
「巫主様……おのれ下郎、巫主様は御心を痛めておいでだ」
「よい、よいのだ、耳よ。これも我の至らなさが招いたことよ。歳の所為にはしたくはないが……」
「スオウと申したな。幾百年も、この葦原のために祈りを捧げて来たこの御方になんと無下なる言い様よ。巫主様、闇女上は決して、老いたる貴方様を用済みに思われたわけではありませぬ。貴方様なら説かずともお解りになられるであろうとのお考えになられたのでしょう。……よいかスオウ! この御方にすらそうなのだ! 珠の力の集め方に他なる手立てなどないのでしょう! だが! だがな! 冥之上よ、闇女上に伝えるが良い。珠の力を集めずとも昊之上が甦ることなど、ありはせぬと忘れたのかとな!」
「ん? 呼んだか?」
「それは……如何なる意味ぞ?」
「我から説こう。珠の力は謂わば七つの楔、七重の鍵。全てが破られでもしない限りは最後の一つとなろうとも打ち破れぬ強大な呪いだ。巫女が死に、次の巫女に渡されるまで導祖が持っていても昊之上の封印は解けなかったであろう。それが何よりの証ぞ。却って一所に集めれば一網打尽にされる恐れがある。だからこそ闇女上は一人に力を渡さずに七人の巫女に渡したのだ」
「否、それだと話が……」
「巫主様、よもや」
「うむ……」
「どうした?」
「栖鴬よ、其方は冥之上がすでに珠の力を二つ手に入れていると申したな。我は初め、すでに三つ手にしていると思うていた。珠の力は強大ゆえ、確かにその者が持っていることは分かるがいくつ持っているのかは眩しくて見えぬでな。しかし何故我が三つだと思うたのか。それは暫く前に大きな力が消えたことにある。あの消えた力がまさに珠の力であった。我はいずれかの者が老いて死したのかと寂しく思うていたが……違うのだな?」
「珠の力を奪ったという何者かのことか? ……その者のせいで珠の力を一つにまとめおくことの懸念よりも分けおく懸念のほうが勝ったと?」
巫主の長い人生の中で自分以外の珠の巫女が次々に代替わりしていったのは寂しいことではあるがよくあることだったのだろう。
だから巫主は最初いつも通り誰かの寿命が尽きたのだとばかり思っていたようだ。
だがそれはメイよりも前に珠の巫女を殺し力を奪った何者かによるものだったと知る。
そして巫主はどうやらその者に心当たりがあるらしかった。




