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虚空史記2 -冥之上編-  作者: 九綱 玖須人
人ならざるもの
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人ならざるもの5

 冥之上めいのかみ、風吹く鄙の珠の巫女より勾玉の力を(たば)


 栖鴬(すおう)()して深津平原(ひらはら)の渡しに来着(きつ)陰業衆(いんごうしゅう)()で逢いければ、吾日子(あびこ)いわく北谷原(ちゃたんばる)怪異(けい)ありしも落居(らくきょ)ならざり返るみち也とて、(ともな)いて(また)()き向いたり


 森の鄙に珠の巫女ありて、はや禍憑(まがつ)きたる骸女(むくろめ)にてぞ有りければ、木俣(きのまた)に麻綯屢(かく)り居て、母を(うれ)い子を憂いたるを()み、起火主吏舞内(おこびぬしりまぬい)(ほむら)()てこれを調(ちょう)


 ()る程に水の難(おさ)まりて御闇山(おぐらやま)に至り巫主(ふす)(あい)まみゆ





 その山が鎮座する様は圧巻だった。


 遠望でもからでも敬服に値する雄大さは、(ふもと)においては到着したという達成感も相まって殊更(ことさら)であった。


 なにせ眼前一杯に広がる山肌にはいくつもの(やしろ)が立ち、社と社を繋ぐ階段の道には石塔や朱色に塗られた鮮やかな門柱が所狭しと並んでいるのである。


 この世の光景とは思えないそこはまさに聖域と呼ぶにふさわしく、見惚れるスオウを見てアビコは満足そうに微笑んだ。


 御闇山(おぐらやま)は葦原国の中心とされ古くは闇女上(くらめのかみ)(まつりごと)を行っていたとされる地である。


 今は闇女上を信仰する人々が(つど)い日々この国の鎮護(ちんご)に務めている。


 陰業衆(いんごうしゅう)はその体系の一端(いったん)を担う集団であり、異能(いのう)を用いて各所に沸く怪異を調伏(ちょうぶく)するのが務めだ。


 そしてそういった各々の集団を統括するのが巫主(ふす)と呼ばれる頭目であった。


 まずは休みたいところだが巫主に報告しなければならない事が沢山ある。


 多くの人でにぎわう通りを歩くとアビコに気付いた人々は深々と頭を垂れて帰還を労った。


 どうやら人々はアビコの事をマヌイという強力な神を従えている陰業衆屈指の異能者として認知しているようで、不服ではあるようだがマヌイ自身もその図式を崩さないように大人しくしていた。


 実際に彼が文字通りマヌイの尻に敷かれている姿を見ているスオウにとっては幾分(いくぶん)か違和感があったが自由奔放な荒振神(あらぶるかみ)が己に課せられた立場に徹する程に、この御闇山という組織の形態は盤石強固なのだろう。


 山へと続く階段の最初の関が見えた時だった。


 そこにはアビコさえも幼子に見える程に巨大な男が立ち塞がっていた。


 まるで月のように膨れた胴体に断崖の岩肌の如き筋骨隆々の四肢が付いている風貌は明らかに人間離れしている。


 (かみ)か、とスオウは独り()ったが上を名乗らずに人と共にあろうとした異能者が陰業衆と呼ばれているのでその認識は誤りといえよう。


 しかしスオウがそう思ってしまう程に男の第一印象は尊大だった。


 見下ろされているのは事実だがその瞳には見下しの色が見て取れるのである。


 アビコとマヌイは気にも留めていないようだが聖域の番人としてはどうなのだろうか。


 眉根を寄せている青年に気付いたかアビコはいつもよりも声を朗らかにして肉塊の巨人を紹介した。


「あれは物部(もののべの)締綱日子(しめつなびこ)殿です。衛士(えじ)としての比類なき働きで巫主からの信頼も厚い御方ですよ」


「ぁぁぁ吾日子ぉ……! 何をしにぃぃぃ参ったぁぁぁ……!?」


 地を揺るがす声はまるで山が喋っているかのようだ。


 名の通り、本来なら門柱の間に架ける魔除けの()り縄を腰に巻いた姿はまさに生ける障壁である。


 スオウは声の圧だけで後ずさりしてしまい、マヌイは鼻に皺を寄せて舌を出し大仰に耳を塞ぐ振りをする。


 アビコが言葉を繋ごうとした時、その横を無邪気なメイが通り過ぎていった。


「あっメイ殿……!」



何処(どっこ)い!」



 空間そのものが押し出される感覚。


 目にも留まらない(はや)さで繰り出された右の張り手はあろうことかメイの上半身を微塵にして竜巻に乗せ彼方へと吹き飛ばしてしまった。


 山裾(やますそ)の高低差のおかげで門前通りへの実害はなかったがあれが平行に放たれていたら全てが破壊されていただろう。


 アビコが咄嗟に真空を作ってくれなければ近くにいた三人もただでは済まなかっただろうが、それでも相殺しきれなかった衝撃波で思いがけずひっくり返ってしまったスオウは蒼白になってメイの名を叫んだ。


「なんだ」


 が、下半身だけになった当人は片足を槍のように変形させて反撃しつつ瞬く間に上半身を再生させ何事もなかったかのように呼び声に答えた。


 肝の冷やし損だったが一方の締綱日子を見てスオウはぎょっとした。


 今までメイの一撃を食らって生きていた者はおらず、凶津鬼(まがつき)と化したムクロメですらそれは例外ではなかった。


 なのに正面から受け止めた巨漢は全くの無傷であったのである。


「むっははぁ……! 効かぬ、効かぬわ。こそばゆいだけよ」


「シメツナ殿、仔細(しさい)()殿から聞いているはずです。御戯(おたわむ)れはご容赦を」


()れ事をぉ。山に登りたくば()宿坊(しゅくぼう)にて身を清めるが(おきて)ぞぉ?」


「火急の事態やもしれぬのです」


()を通したくば(われ)(たお)して()けぇ!」


 神域に入るには(けが)れを落とす事が必定である。


 四人がやってくる事はだいぶ前から分かっていただろうに特例を許さないのは締綱日子の嫌がらせではなく巫主の意志であろう。


 ここで押し通ろうとしても無益なので四人は素直に従い門前通りに戻った。


 メイの攻撃が効かない以上太刀打ちできそうなのはマヌイくらいなもので、スオウはといえば格の違いを見せつけられて一瞬で心を折られた事を皆に気取られないようにするだけで精一杯だった。


 あのような化け物を従えマヌイにすら組織の尊厳を守らせる巫主とは一体どのような人物なのであろうか。


 以前マヌイが猿婆と蔑称で表現していたが余計に容姿の想像がつかなくなった。 


 力負けした事を意に介さないどころか未だスオウに名前を叫ばれた事に呼応してみせるメイがうるさいので頭を叩いて黙らせる。


 壁のようにそびえる山の(いただき)が一層遠くなった気がした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 巫女は全部知ってそうな気がしないでもないですね。
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