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虚空史記2 -冥之上編-  作者: 九綱 玖須人
人ならざるもの
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人ならざるもの4

 人々は自分たちの住まう大地の本当の広さを知らなかった。


 (ほとん)どの者は己の生まれた(ひな)から出ることなく生涯を終え、あとはいくらか近くにある他の鄙が世界の全てであった。


 かつては(かみ)と呼ばれる者が一統(いっとう)を果たしたというが既に(かみ)はなく、後に代わった無知蒙昧(むちもうまい)な人はといえばそこが島国と認知するのさえ更に時代を下る必要があった。


 何故なら島国とはいえそこは決して狭くなく、舗装(ほそう)された道があるわけでもないので塩原(しおばら)に沿って歩いて一周するだけで一年は費やす事になるからだ。


 (かみ)はこの地を葦原(あしはら)と呼び人どもも呼称を引き継いでいた。


 水浸(みづ)く平原が多いこの地では至る所に(あし)が生い茂っていたことに由来する呼び名である。


 葦原は北東から南西に傾いた稲妻形の国土を有しており中央には天を()くほどの山脈が南北を分けていた。


 その山脈の東には世界でも有数の霊峰(れいほう)があり人々はそれを御闇山(おぐらやま)と呼んだ。


 御闇山(おぐらやま)は葦原の民が漠然と信仰する闇女上(くらめのかみ)のいた場所と言われ、正確な場所さえ知らない者も拝む時には必ず東を仰ぎ見た。


 中には闇女上(くらめのかみ)の膝元に至らんとして鄙を離れ東を目指す者も多くいた。


 しかしそういった者の殆どは道半ばにして(ぼっ)している。


 牙狼(がろう)などの大型の肉食動物の捕食対象にされる他、世には凶津鬼(まがつき)と呼ばれる怪異がはびこっていたからだ。


 凶津鬼とは人に害を成す(あやかし)である。


 妖は自然の摂理に沿わない超常を指すが、その中でも明らかに人を襲うものは鬼と呼ばれた。


 恨みなどの人の負の感情が気脈と呼ばれる大いなる力の流れに滞留(たいりゅう)を生じさせ、それが生物や物に影響を及ぼし異形の者を生み出すため別称を禍憑(まがつ)きとも言う。


 凶津鬼は生者の気に反応して襲ってくるうえに死ぬことがないので結界で守られた鄙の中ならまだしも身一つの外で出くわせば言わずもがなの結果が待ち受けていることになった。


 だがその凶津鬼を滅することが出来る者たちがいた。


 それは陰業衆(いんごうしゅう)と呼ばれる人ならざる超常をその身に宿した集団だった。


 集団はかつて闇女上(くらめのかみ)と共に人を虐げる(かみ)に戦いを挑んだ者たちを起源に持ち、(かみ)無き今は各地を巡って怪異を鎮める手助けをしたり突発的に生まれる異能者を集団に招き入れ育てることを使命としていた。


 その本拠は御闇山(おぐらやま)に置かれ巫主(ふす)と呼ばれる者が統治していた。


「御覧ください、あれが御闇山です」


 水浸(みづ)く平原を越えて天嶮(てんけん)を眼前に(のぞ)んだ四人がいた。


 山に指を差した男は陰業衆の一人であり名をアビコと言った。


 アビコという呼称は真名(まな)はもちろん仮名(けみょう)ですらなく彼が本当は何と呼ばれていたかは現代には伝わっていない。


 後世の史家は史記において男の一人称が吾とされていた事に着目し、文献で最初に吾が使われた事に因んで男を吾日子(あびこ)と仮称していた。


 アビコは小さな目に秀でた頬骨と長い顎をしていたことが伝わっているがこれは彼が巨躯を有していたことの特徴であろう。


 大変に珍しいという程でもないが大抵の大人の身の丈が彼の胸に足らないほどで、得物の剣をその腕の長さで振るえば大層な脅威であったはずだ。


 しかし彼の脅威は身体的な特徴よりも自身の周囲から酸素を消すというその異能にあった。


 一行にはもう一人異能者がいて名をマヌイと言った。


 筋肉質で豊満な女性体を薄い(ろう)のような膜で覆っており長い髪もいくつかの束になって垂れている不可思議な外見をしているこの者は手から炎を出す異能を持っていた。


 猫のような目からは気の強さが伺えるがその通りかなり強情な性格であり、どういうわけか自身を男だと言い張る癖があった。


 元々は長い眠りから目覚めた荒振神(あらぶるかみ)であったが陰業衆となって今は()の異能を唯一相殺することの出来るアビコの監視下にあった。


「折角の短甲(たんこう)替物(かいもの)にしちまってよう、おっ(たけ)えもんをよ。猿婆にゃどう取り繕うつもりだあ?」


渡河(とか)のためには(いた)し方ない事でした。巫主も解ってくださるでしょう。あと、常々()いておりますが巫主をそのように呼ばぬように」


「何でえ今更。この隔たりなら()が聞いてるかもしれねえからか? 貴人(あてびと)ぶってんじゃねえよ(くそ)が!」


「おがっ!」


「短甲がねえと此処も踏み放題だなあ、うん? こんなもんぶら下げてるうちは己は俺に勝てねえよ。いいか、俺に小賢しい口を聞くなよ!」


「ぐっはああっ……」


 唐突に尻を蹴られてひっくり返ったところ、あられもない場所を踏みにじられて悶絶(もんぜつ)するアビコ。


 しかし閉じれば良いものを脚は開かれたままだった。


 監視と呼べるかと言えば全く呼べない奇妙な関係だがマヌイは逃げたりそれ以上の危害を加えようとせずアビコも暴力自体を咎めようとはしなかった。


 それでも同行の青年が引き気味に見ていたことで大男は慌てて体裁を取り(つくろ)った。


 青年スオウは西の風吹く(ひな)の若者である。


 襟髪(えりがみ)のみを長く伸ばして結んだ黒髪に端正な顔立ちをした丈夫であり、彼は鄙では苦労を買って出ることが多く時には替物(かいもの)のためにいくつかの鄙を巡ったことがある旅人であった。


 ただし川を渡りここまで遠くに来たのは初めてであり、妹が生贄となった経緯から信仰心こそあまり強くなかったもののそんな彼でさえ山を見た時には心が震え鳥肌が立った。


 何故異能者でもない一介の鄙人である彼が陰業衆の二人と共に山を目指していたかと言えば、隣でしゃがみ(あり)の巣を眺めている者のせいでもある。


「何をやってるんだ(おのれ)は」


「あっ、いやこれはその……」


 自分にかけられた言葉かと思い焦ったアビコであったが見ればメイに投げかけられたものだと知って安心し解説する。


 湿地帯が山の麓まで続いているかと思いきや目に見えない傾斜があり以後は乾いた地面で歩けるという。


 それならば道中は楽になり目的地までは予想よりも早く着くだろう。


 穴を指で突いて蟻たちに無垢なる無慈悲を食らわせたメイの頭を思い切り叩きつつスオウは思いを新たにした。


 メイは(たま)の巫女から勾玉の力を回収するよう闇女上(くらめのかみ)から命じられた使者だ。


 その外見は土の精隷そのものであり長い()()を後ろで結んだ優男風の容貌だが一般的な土の精隷とは異なり土地に縛られることなく歩き回ることが出来る。


 そんなメイは最初の珠の巫女であるスオウの妹を見つけるや否や今の蟻の巣穴のように何の感情もない顔で殺した。


 それが本当に正しい回収の方法なのか、珠の力を回収するという闇女上(くらめのかみ)の命は妹の死に見合うだけの内容に基づいているのか、それを見極めるためにスオウは行動を共にしたのだった。


 だからこそ旅立ってすぐに陰業衆に出会えたのは幸先が良かった。


 彼らの長ならばスオウの疑問に答えられるだけの知識がありそうだからだ。


 そしてどうやら長もまた珠の巫女であるらしい。


 (たお)さねばならない不死者と化していた巫女(ムクロメ)から珠を回収する様子しか見ていないアビコたちには話しておいたほうが良かった事が多々あっただろうがスオウは語らず、道中は順調で二日後には一行は山の麓に辿り着いたのだった。

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