人ならざるもの3
翌日早朝、三人は北谷原の森の鄙の竪穴式住居の一つで目を覚ます。
盛大にくしゃみをするアビコにのしかかってそれを茶化すマヌイ。
一人だけ血や膿にまみれたアビコは寝る前に小川で行水したのだが、あのような怪異の後で闇の中の水場を利用できるとは並々ならぬ胆力の持ち主である。
スオウはと言えばムクロメの異形は勿論、頭蓋だけになるまで虫に顔を齧られながらも永久の眠りにつけずにいた鄙人たちが襲い掛かってくる姿を暫くは夢に見そうでげんなりしていた。
あのあとスオウは再び無数の導祖が現れる様を見た。
死を迎えることが出来た鄙人たちの魂が次々に運ばれていく中、メイはムクロメの亡骸にそっと手を置いていた。
その後、何事もなかったかのように立ち上がったのでどうやら珠の力を回収できたようだがスオウは複雑な面持ちでいた。
相変わらず何を考えているか分からない面をしていたが、メイからにじみ出ている雰囲気が以前とは少し変わった気がしてそれが無償に腹立たしく思えたのだ。
住居を出ると朝日が枝々から漏れる美しい自然が目に飛び込んでくる。
清々しい深緑は昨日の出来事をまるで夢か幻かのように思わせ、その中に眠る必要がないメイが佇んでいた。
周囲には泥の仮面の割れたものが散らばっているが遺体そのものは見当たらなくなっている。
ただ一つを除いてはとうの昔に朽ちているはずなので彼らは摂理に従い昔に還ったのだろう。
「オトウル……ムクロメの子の骨だけが残ったか」
ただ一つというのは苔むした小さな頭蓋のことだ。
鄙の慣習が歪んだ形で人々の欲望をそそのかしてしまい、珠の力にあやかろうとした人々がムクロメに子を産ませた仔細はメイから聞いた。
その結果、肉体の限界を迎えたムクロメは死んでしまうがただ一人現世に残してしまった我が子を想い甦ってしまう。
しかし鄙人を恐れ木の袂に隠れてうずくまるしか出来なかった子もまたその頃にはすでに小さな骸と化しており、母は憎い鄙人たちを操りながら今の世まで子を探し続けていたというわけだ。
「やけに執着しているな。それは己の何なのだ」
「何がだ」
「……いや。何でもない」
僅かな付き合いでしかないがメイが同じものを見続けているのは初めてのことだ。
何にでも興味を持ち触る奴ではあるが、大抵はすぐに他のものに目移りしていたというのにあれに関しては恐らく夜通し眺めていたのだろう。
あの時メイはなんてことだと言った。
触れる事で残留思念のようなものを感じ取ったのだと仮定しても、あの言葉には事実以外のものが含まれていた気がする。
旅立ちの準備を整えた四人は森の鄙を後にする。
少しばかりは他の鄙とも交易があっただろうが理由もわからずに人がいなくなってしまった以上は人々は忌避し、いずれここは自然に飲まれていくだろう。
最後にメイは鄙と外との境界で上を仰ぎ見た。
必ず目的がある行動をすることに定評を得たのかその様子を見たマヌイが嫌な顔をした。
「なんだよ。また何かの気配がするってか?」
「いや、逆だ。なくなっている。どうやらあれも拾うていったらしい」
「拾う……導祖がか?」
「ああ。思うに、あれは子どもだったのだろう」
「子ども……そうか成程、メイ殿が見たというたくさんの人の形をした小さなものとは見ず子の事だったのですね。道理で吾らが感じられないわけです。見ず子は邪念どころか意志が培われておりませんからね。この地に現れるまで導祖ですら気づけなかったのですから尚更のこと。ムクロメ殿の念が露見を妨げていたのかもしれませんが」
「見ず子っていやあ魂の器はあるくせに殆ど無みてえなもんだから周りの瘴気に当てられて変な禍津鬼になっちまうこともあるよな。余計な手間が増えなくて良かったぜ。さ、とっとと帰ろうぜ」
「……思うに、か」
幾日かの露営を経て四人が再び湊に戻ると大水はひき、渡し場では新たな桟橋の工事が始められていた。
早々に渡りたい者のために仮の舟も出ていたが水の流れは未だ急で危険なため必要な替物は並の物ではいかなかった。
布一枚のメイやほぼ裸のマヌイには勿論期待などしていないがスオウも大した物をもっておらず、足元を見た舟の持ち主によってアビコは泣く泣く板甲を脱いだ。
こうして大河の東へと渡ることが出来た四人は闇女上信仰の中心である御闇山を目指し更に東へと歩いていくのだった。