人ならざるもの
「我が子の真名が聞こえました。見つけてくだされたのですね」
「ムクロメ殿……」
見れば四人の中で女の様子に異質さを覚えているのはスオウだけだった。
鄙全体を覆っているという気配がそれを隠し、異能を持つ者たちを惑わしているのかもしれない。
傍までやってきたムクロメは待望の眼差しで周囲を見回すが徐々にその笑顔は固まっていく。
そして面白くない冗談に付き合わされたとでもいうようにメイを見つめる。
「いるだろう、そこに」
「お戯れを」
「そこだ」
「木の根の窪みがあるのみにて」
「おいメイ……」
淡々と受け応えするメイだったが嘘は言わない奴だ。
その前提で考えるとスオウは嫌な予感がしてメイを呼びそれ以上言うなと目で訴える。
アビコも何かに気付いたのか眉根を寄せて木の下の苔むした石のようなものを見つめる。
何故かマヌイは口角を上げてあらぬ方を見ており、スオウの機微は精隷に伝わるわけもなくメイは石に手を置いて言い放った。
「ここだ」
苔を払う。
出てきたのは風化してほぼ頭蓋だけとなった小さな亡骸であった。
ムクロメが訴えていた童の泣き声とは最近の悩みではなかったのである。
この鄙は遥か昔から時が止まったままだったのだ。
「あ……あ……あ……」
骨となっても我が子と分かったのかムクロメは震える手で顔を覆いその場に崩れ落ちた。
存在に疑問が生じたとはいえ依頼者であるムクロメを心配し肩に手を触れたアビコであったが凄い力で弾かれる。
アビコの手を払った自身の勢いで仰向けに転ぶムクロメ。
奇妙なことに先ほどまでは普通だった大きさの腹が見る見るうちに大きくなっていく。
「なんということだ。ムクロメ殿は……死人であったか!」
仰向けのまま、四肢の関節が逆に曲がり獣のように起き上がるムクロメ。
よく張った乳房が無花果のように割れ中から透明な羽が飛び出ると、腹は皮膚が裂けるまで膨らんでいきその姿はまるで蜂か卵胞を抱えた蜘蛛のように見えた。
股から粘膜と共に無数に産み落とされるのは人の拳ほどもある蛆虫だ。
だがその蛆虫はすぐに成長し、蛹から出て来たのは巨大な蜂だった。
「我ガ子ヲ……殺メタカ……真名ヲ奪イ……呪ウタノカ……!」
「否とよ! ムクロメ殿、鎮まり給え! その童の死と吾らに関わりはあらじ!」
「ははは、無駄だぜ! 鬼になっちまった奴が俺らと同じ理を持つかよ!」
「ア ア ア ア ア…………!」
叫びと共に吐き出された吐瀉物は無数の子蜘蛛だ。
鄙人たちに無理やり孕まされた怨嗟と、抱くこともままならず我が子を失った無念とが相まって生じた悪意の具現である。
その概念は棄て場で自身の死肉を食らった虫たちに影響されたものか。
空から、地から無数の憎悪が四人に向かって襲い掛かった。
その時大きな炎が巻き起こった。
赤子のような悲鳴を上げて消失していく虫たちと絶叫し四つん這いのまま何処かへ逃げ去るムクロメ。
熱風で咄嗟に目を薄めてしまったスオウが見たものは燃え盛る両手で不敵な笑みを浮かべるマヌイだった。
起火主吏という二つ名と蝋のような物質で全身が覆われていることの意味をスオウはようやく完全に理解するに至った。
「はっはぁ! あの猿婆が、俺に任せたのはこの為だったわけだ!」
「マヌイ! 異能を使うのはおよしなさい! 汝の力は森を焼いてしまう!」
「いいんじゃねえの? こんな森、全て焼き払っちまったほうがよう。なあ?」
炎の灯りに照らされて気づくと宿り木の蔦だと思っていたものは全て荒縄ほどもある蜘蛛の糸となっていた。
縦横無尽に張り巡らされた糸の中、我が子を燃やされたムクロメの呻き声が響き渡る。
そして現れたのは鄙の男たちであった。
手にした武器は四人のほうを向いている。
「あ あが が がが……!」
「ひィー ひィー!」
「うああ……うるすとぅむえ……ムクロメ……うるすとぅめえ……!」
しかしその武器を取り落とし泥の仮面に爪を立てて苦しむ鄙人。
仮面は泥を用いて巣を作り中に餌の獲物を入れて卵を産み付ける類の蜂の特性だった。
彼らが今苦しんでいるのは中にいる何かに顔を齧られているからなのだろう。
その痛みから逃れるにはムクロメの傀儡となって言う事を聞き続ける他ないのだ。
案の定鄙人たちは再び武器を手に取ると奇声を上げながら襲い掛かって来た。
アビコの制止も虚しくマヌイが殴りかかると仮面が割れ中に充満した血と膿が弾け飛んだ。
斃れ伏す鄙人の顔は無惨に食い荒らされており彼らも死人であることが一目瞭然だった。
落ちた途端に終齢の蛹へと変わる幼虫を踏みつぶしてマヌイが吠える。
「よう、鬼さんよう。清め祓いを道とするこの無能と違って俺は優しくないぜえ? おら……ぶち清めてやっからさっさとかかってこいやあ!」
「お、鬼……凶津鬼。珠の巫女が……珠の巫女だぞ……?」
考えている暇はなかった。
弾かれた蜘蛛の巣が不気味な羽音のような音を立てると四方の暗闇から鄙人たちが苦悶に震えつつ姿を現した。
清めは無理と判断したか顔を曇らせながら剣を抜くアビコ。
スオウもまた矛を構えると風吹く鄙での事を思い出したかメイも両腕を異形に変えて迎え撃つ姿勢を真似るのだった。




