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上と神10

 月が出ていようとも深い森の中に光は届かない。


 照らすものは(かか)げられた松明のみで、その数はそれを手にした(ひな)の男たちの人数を示していた。


 アビコらが先に訪れた時も男たちは(あやかし)探しに協力してくれたので今回も手伝うつもりなのだろう。


 ただし闇に浮かび上がる彼らの泥の面の被り物はじっとりと包み込む怪しい気配と相まって酷く気味が悪く見えるのだった。


「気持ち(わり)い奴ばらだぜ。(あやかし)(こえ)えなら家の中に籠ってろってんだ。邪魔だぜ」


「聞こえるぞ。何を(いら)っているのだ?」


「ふんっ」


「前に訪れた時にも彼らは手伝(てつど)うてくれたのですがね。この鄙の男たちは皆あの被り物でしょう、ふと覗き込んだ先に彼らと顔合わせましてね、マヌイは酷く驚かされてしもうたのですよ。その叫び声たるや木々に鳴り渡るほどで」


「アビコおい(おのれ)、死ぬか?」


「あ、ああいやその。(あやかし)、妖の気配ですがね、スオウ殿。あの、やはり前と同じく何処ともつかぬ所在(しょざい)のなさです。怪しいと言えば全て怪しく、これでは明け方まで探したとて何も見つからないでしょう」


「つまりメイを用立てる時だな」


「呼んだか」


「メイ殿、鄙を覆っているこの(よこしま)なる気配の大元へ案内(あない)してはくれませぬか」


「知らん」


「……(わらべ)だ、童。小さい者。小さい者の気配はせんか。()の鄙でも童を見たゆえ解るであろう」


「おお、童。向こうだ」


「急に……どういうことです」


「言うたであろう、アビコ殿。奴に善悪を交えた問いをしても(あだ)となる。聞き方の妙よ」


「面倒くせえ奴だなあ」


 メイは一直線に歩いて行った。


 そこは拍子抜けするほど近く、ムクロメの家の裏手であった。


 立ち止まり古木の下の茂みを指さすメイ。


 だがそこには苔むした石のようなものがあるだけで、大いなる見えざるものの気配を感じ取ることが出来ない普通の人間であるスオウは勿論のこと異能者であるアビコや(かみ)であるマヌイにも人がいるようには思えなかった。


「ここ……ですか?」


「おお」


「何も感じねえぜ?」


「おいメイ、嘘をつくな」


「嘘じゃない。ここにいるだろう」


 メイには見えていた。


 朧気(おぼろげ)ではあるが膝を抱えて息を殺し、小さくなって指の背を噛み続ける(はかな)い存在が。


「何処だ」


「ここだ」


 三人が尚も(いぶか)しがって近寄ろうとしないのでそれに触れてみせるメイ。


 刹那、幼子の記憶が指の先からメイへと一気に流れ込んでいった。




 目の前に(をみな)がいた。


 女は夢で手燭(てしょく)を持った美しい女に腹に何かを宿されたと話した。


 これは珠の力に違いないわ、とはしゃぐ女。


 珠の力とは寝物語に聞く口伝(くでん)英雄譚(えいゆうたん)に出て来る女たちが闇女上(くらめのかみ)より授かった大いなる力のことだが、(かみ)なき今の世には必要のない力だけどねと苦笑しつつも女は誇らしそうだった。


 そして女は食べられることになった。


 鄙には死者の一部を食す風俗があり、頭が良い者が死ねば頭を、恐れを知らぬ者が死ねば心臓を、狩り上手が死ねば腕を食べていた。


 そうすることによって他者の力を得る事が出来ると考えられていたからである。


 折角の得難(えがた)き力を得たのなら皆で分配しようという話になったのだ。


 だがある者が言った。


 珠の力はどこに宿っているのかと。


 分からないのであれば不公平が生じてしまうかもしれないし、正しく力を得られないかもしれない。


 人々は考えた末に女に子を産ませる(まじな)いをかけることにした。


 子は親の特徴を引き継いで産まれてくるものだ。


 女を欠片にして分けるよりも子を産ませれば全ての部位を食べることが出来る。


 女を食べるのはその検証の後でも遅くない。


 人々は女に群がった。


 昼夜問わず女は生命と繁栄の象徴である宿り木の実を食べさせられた。


 それを食べる事で元気な子が生まれてくると言い伝えられていたからだ。


 言霊を込められた木の実によって膨れ上がった腹は臨月の母胎のように大きくなっていく。


 人体の許容を超えた苦しさに女は苦悶の涙を浮かべて泣き叫ぶが抗えば童を殺すと脅されていたので嘔吐すらもままならなかった。


 そして鄙人たちの願望は破水と共にあふれ出る。


 十月十日も経たないうちに女はまるで畜生(ちくしょう)のように無数の命を産み落とした。


 女が我が子らを抱く隙もなく歓喜に吠えた鄙人たちは赤子を(むさぼ)った。


 産声は断末魔に変わり、出産を終えたばかりで憔悴(しょうすい)しきっていた女は半狂乱になってそれらを止めようとした。


 だがまだ赤子は全員に行き渡っていない。


 女は再び抑え込まれ次の宿り木の実が口に押し込まれる。


 暫くして赤子は鄙の者どもに行き届いた。


 だがその時には既に女は息絶えており、結局女も食べられてしまったのだった。


 しかし女は戻って来た。


 文字通り骨の(ずい)まで吸い尽くされ、何も得られなかった者たちの怒りに触れて打ち捨てられた残渣(ざんさ)の山から。


 蛆虫や蠅のごとき浅ましき人々から唯一残してしまった我が子を守るため。


 それは珠の力であろうか──女は鬼となっていた。




「……()()()()()()。この鄙の者どもは(かみ)の御力にあやからんとして珠の巫女を食ったのか」


「なんだって!?」


「メイ殿、それはどういう意味です」


「そのままの意味だ」


「それが真なら……あのムクロメ殿は何者だというのです?」


「いろはをたすけたも」


「あ?」


「この者が言っている。(いろは)を助けたも」


「この者……とは?」


「おとうる」




 オトウル?




 途端に空気にひびが入るような気配がした。


 ざわざわ、ざわざわと木々に張り巡った宿り木の蔦が震える。


 ただならぬ様子にスオウが振り返るとそこには住居の陰から覗くムクロメがいた。


 場の様相とは打って変わり何事もない日常の笑みを浮かべたその顔がスオウには何故か酷く恐ろしいものに見えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ホラーみたいな話ですね…
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