上と神6
顛末を聞いた陰業衆の男は険しい顔で腕組みをし深く息を吐いた。
死を司る蛇が身の上の事は衆に属した時に禁忌として聞いている。
上代から遥か時代が下った今の世に昊之上の名を知っているということは若者の話は本当と思って良いのだろう。
だが疑問が残った。
「御闇山の巫主は星読みにて先の世を知る異能者です……が、この事は何も話しておりませんでした。吾が御山を下りて久しい故やも知れませぬが。それに……異能を持つ者なれば肌で感ずる大いなる力の絶え間なき揺らぎにも怪しき気配を覚えません。真に昊之上が蘇ろうとしているのですか」
「真か偽りかはすでに私にはよしなし事にて。ただ妹に報いるのみ」
「妹人……」
「…………。ま、こんな奴を遣いにするんだ。火急の事ではないんだろうぜ」
「しかし既に蛇上に与する者が珠の力を奪ったと」
「それが心に懸かりますね。やや、巫主が前で同じ事を話せますか?」
「論無う」
「良し。では参りましょう。御闇山に」
御闇山は闇女上を信仰する者の真の聖域である。
スオウは頷いたがすぐに隣のメイを見た。
相変わらず話を聞いているのかいないのか分からない顔をしているが、珠の力に反応して勝手に行動するこの土の精隷が素直に別の目的地を受け入れるとは思えない。
そしてふと気になったことを大男に訊ねた。
「陰業衆殿は世を広く見て参られたであろうが、かくも奔放な土の精隷は他にありつるか?」
「否。見初めました」
「というかよ、俺が思うに恐らく其奴ぁ土の精隷じゃねえぞ」
「なっ、なに? 如何なる事ぞ?」
「恐らくだぜ? 其奴の魂は新珠の泉で洗われて適当な土の精隷の体に入れられた誰かの物だ。だから心がねえんだよ、洗われちまったから。赤子みてえなのさ」
「そうなのか?」
「メイが尋ねるな。然れど……闇女上は何故然る事を」
「隠り世におわして身動きが取れぬ闇女上の元にあった唯一の望みなのやも知れませんね」
「考えても詮無えこった。とはいえ、水が引くまでは向こう岸にゃ行けねえからいくらでも考える暇はあらぁがな。……さて。手前、名は?」
「え?」
「え? じゃねえよ。こっから御闇山まで携わろうってんだ。皆が皆、おいとか手前とかで呼ぶのは煩わしいだろが」
「あ、ああ。私はスオウ。此れはただのメイなり」
「ただのメイだ」
「よしよし。俺はマヌイ。此奴はアビコだ」
「よしなに」
「…………よしなに」
「なんだよ? 何か言いたげにじろじろ見やがって」
「ああいやその……。問う、マヌイ殿の蝋の如き未だ見ぬ見目。其れが汝の異能か?」
「おう。俺は起火主吏ゆえな」
「マ、マヌイ!」
「うくぴんすり?」
「はあーあ、まあそうよな、知らんよな。 聞け! 起火主吏は火を司りし上々の役名、即ち俺は上だ!」」
「火を司る……上!?」
「……スオウ殿、これは忍び事にて。其方が冥之上殿にメイを名乗らせているように、此方は神を名乗らせております」
「……さてもさても。心得た。人には言わぬゆえ案じなさるな」
「かたじけなし」
「おい、カムってなんだ」
「さても、今の世にまだ上がいたとは」
「おい、カムってなんだ」
「メイ、黙れ」
「なんだ? 俺に心置いてるのか? スオウが答えねえなら俺が答えてやるよ。神ってえのは上を蔑んだ呼び方さ。呪いの台に置かれた申の頭骨って意味だ。その昔な、人に敗けた上々は狩られて呪いの道具にされんだぜ」
「おお。では汝も道具にされているのか」
「痴れ事吐きやがって。そう見えたか、俺が。アビコに使われていると? 従うているふりをしているだけだ、人どもが煩わしいゆえにな。いいか屎精隷、表向きにゃ此奴を立てているが俺のほうが偉いんだぞ!」
「下知されていたが。待てと」
「その無礼は後で思い知らしているがな。こんな風にな!」
「おっぐ!?」
急に引き倒されて顔の上にどかりと座られるアビコ。
慌てて転がり起きようとしたがみぞおちに踵を落とされて咳き込む。
咳き込むが尻の圧で鼻と口を塞がれ思うように息が出来ない。
あまりの酷い扱いに呆けていたスオウだったがアビコが動かなくなりマヌイが満足げに立ち上がるとようやく思考が追い付いてきたので女に詰め寄った。
「を、男になんという屈辱を!」
「煩わしい! これは人どもの前で俺を叱うた報いだ!」
「なんと悪しき所業ぞ……此は……アビコ殿?」
蝋の鎧が解かれた素足で気絶した顔面をなじられる陰業衆の男。
見るに堪えない扱いを咎めて肩を突き飛ばしたがマヌイはにやにやと挑発的な笑みを浮かべ文句があるならかかって来いと言わんばかりに指で手招きしてみせた。
アビコを介抱しようと膝をつき、マヌイが襲って来ないか睨みつけ……たスオウであったが思わずアビコの顔を二度見してしまった。
その顔があまりにも恍惚としていて見てはいけないものを見てしまった気がしたスオウはなんとか目を逸し、興味深そうに寄って来て覗き込むメイの頭を思い切り引っ叩いた。
「あなや! メイといいムヌイ殿といい……!」
人ならざる者はどうしてこうも常識がないのか。
声に出して愚痴りかけ思い留まったが火の上には聞こえてしまったようだ。
ふうんと顎を上げ指を鳴らしながら近づいて来る。
だが女は非常識さを咎められたことに怒っているわけではなかった。
「俺の名はマヌイ、な? 二度と誤つなよ屎が」
「名を誤ちたる事は悪しきが。そも、汝は女ながら口悪し過ぎではないか?」
「……己、俺は男だ」
「心得ぬことを……どう見ても女ではないか」
「はっはっはっはっは! ……ころす」
「うわっ!?」
笑いながら近づかれたことでマヌイの変則的な動きに対応出来なかったスオウ。
目の前でしゃがみこんだので咄嗟に防衛姿勢は取ったのものの跳躍する形で肩に手を乗せ頭の上を回転され、背後を取られ頭を脇に抱えて前に飛ばれうつ伏せに倒され首を締められる。
かなりの力で息が出来ずスオウの顔は見る見る血が溜まり赤くなっていったが男と言い張るマヌイの胸にたわむ脂肪の塊はスオウの知り得る限りの女の中で群を抜いて豊かであり柔らかかった。
そしてなんだかとても良い匂いがして……窒息に甘んじてしまうスオウであった。