上と神5
精隷は人の形をしているが根本的に人とは異なり上による創造で実体を得ている存在である。
よって肉体のあり方も人とは一線を画しておりもしも彼らに危害を加えんとするならば上と同じく大いなる力を以てでしか傷つけることは出来ない。
メイがスオウや鄙人たちの攻撃にも牙狼の捕食にも我関せずといった反応だったのはそのためだった。
そのメイが回避行動を取ったという事が、女が異質な見た目だけでなく異能を持っているということの何よりの証拠であった。
メイの構えを受けて立つ姿勢と勘違いしたのか不敵に笑った女の筋肉が引き締まる。
空気が揺らぎスオウでさえ分かる強烈な殺気が放たれいよいよ本気の一撃が放たれようとしたとき大男が動いた。
首根っこと右手を掴んで地面に引き倒し、尚も暴れようとする女の関節をがっちりと固めると流石の女も観念したようで痛みを訴えて叫ぶ。
どうやらメイとは違い肉体構造は常識の範囲であるようだ。
「思い鎮まれ! あれなるは只の土の精隷と人なり! 精隷のこと、未だ皆人知らず、里にあることがどうして妖しいと言えようか! 勘問吾に任せ!」
大男の言う通り精隷の生態は未だ謎が多く、土の精隷が決められた場所から動かないというのも数少ない伝聞のうちの一つでしかない。
それにメイが本当に土の精隷ならば闇女上が創ったとされる精隷を妖の類だと訝しんで邪険にするのは不遜だった。
大男は女を立たせて腕を取るとスオウに目配せして歩いて行ってしまった。
スオウも大男の意図に気付いてメイの服の端を掴むと後についていき、人々は未だ納得のいっていない様子であったが陰業衆の成さんとしていることに口出しするのも憚られて四人の背中を見送ることしか出来なかった。
「……あれは援けられたと言うべきか。何処まで参るべし」
「誰も付いてきていませんね。では、このあたりで良いで……」
渡しの端まで歩いて行った時だった。
大人しくしていた女が大男の腕を支点にして逆宙返りをし、腕を取り返して男を思い切りうつ伏せに倒した。
「ぐわっ!? いいいい痛たたたたたたたっ!!」
「おおー」
無言で大男を痛めつけ続ける女。
いつもならメイの無遠慮な興味心を咎める立場のスオウであったがこの時ばかりはどうしてみようもなく一緒になって眺めるしか出来なかった。
「……うたてし様見せつれ。それにうちつけなる所作をば、許し給え」
改めて落ち着いた状況をつくる。
渡しの端の河畔林に移動した一行は思い思いの様子で顔を突き合わせた。
化け物退治の専門家である陰業衆は音に聞いていたが実際に会うのは初めてでありもっと冷酷無比な集団かと思いきや話に応じる者もいるらしい。
大男は女が急に襲い掛かったことの非礼を詫びたがスオウはどうしても鼻血が気になり手拭いを渡してやった。
「これを使い給え。気にするな。それと、どうやら汝は新言葉を話せるようなり。私も其のほうが堅くなくて良い」
「……おお、なんとも珍しい。汝も山後の出ですか。都人ですか」
「否、商物換いに暫く居て覚えた。も、と申されたな。すると汝こそ北の出であるか」
「ああ。ははは、まあまあ……。それにしても、汝は何故土の精隷と共にあるのです。驚きましたよ。この者が近くに異能者がいるなどと言って走り出したものですから」
「輩かと思いきや土の精隷だった、と? 驚いたのは私も同じだ。急に襲い掛かられたのだから」
「それは……真に許し給え」
「ふんっ」
「おい、あらたことばとはなんだ」
「己は暫し黙ってろ」
「おい、あらたことばとはなんだ」
「煩わしい奴だなあ……私らが今話している言葉の事だ。言葉は時代と共に変わる」
「されど未だ多くの鄙人は格式を重んじて上代言葉を使っております。都では旧臭いと嗤われますがね」
「おお」
「……ん? そういえばメイ、己は闇女上に創られたと言うたか」
「それがどうした」
「闇女上が隠り世に参られた時代は新言葉は話されておらなんだ筈。されども己は其を心得うのみならず話している。如何なることぞ?」
「おお」
「おお、ではない。如何なることぞ」
「知らん」
「そもそも土の精隷が話すなんて聞いたことがねぇぜ。奴ばらに意思はねえんだ」
「確かに。よもや其れが、汝が土の精隷と共にある故ですか」
「その事だが……これも定めであろうか。汝が陰業衆で良かった。此奴がここにある故を聞き給え」
スオウよりも多く旅をし、多くの妖や精隷と出会ってきたであろう者たちならば闇女上の使者たる冥之上を取り巻く運命に何かしらの標となる助言をくれるかもしれない。
そう思ったスオウはメイとの出会いの事を話した。
その際に風吹く鄙での凶事は省いた。
妹の死から日が浅く心がまだ癒えていないというのもあるが、乱心とも言える己の悪行を見ず知らずの二人に全てさらけ出してしまえばどのような反応が返ってくるかなど想像しなくても分かることだったからだ。




