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上と神4

 それは(あやかし)のようであった。


 一見すると引き締まった筋肉を惜しげもなく(さら)した一糸まとわぬ(をみな)のように見えるが裸というわけではなく全身が白濁した薄い(ろう)のようなもので包まれており動作でひび割れたりせずに常に体を覆っていた。


 長い髪もある程度の本数が束となって固められ無造作に垂らされており首の骨をならす度に触れあって乾いた音を立てる。


 異相の手合いは気の強そうな吊り上がった挑戦的な目で顎と口角を上げ威風堂々と二人を見据えていた。


「な、何奴ぞ!?」


「何だ(おのれ)ぁ、其奴(そいつ)と共にあるってぇ事は何か知り得てそうだな。まあいい、まづぁ逃げねえように足ぃ叩き折ったろうか」


 問いも虚しく無視され女の四肢の付け根から雫のように(ろう)があふれ出し両手両足を具足のように(よろ)った。


 訳も分からないまま自衛のために矛を構えるスオウであったが渡し場の人々の反応が気になった。


 明らかに怪異の成りをしている女には驚く様子もなく逆に女の言葉を信じて自分たちを恐れる顔をしているのである。


 戦うしかないのかと決まらない覚悟をなんとかして決めようと矛の柄を強く握りしめた時、人だかりとなりかけていた群衆の後ろから声が響いた。


「待てっ! 待ちなさい!」


 そこには大男がいた。


 見物人の後ろにいるのに頭一つ以上大きな体躯に面長の顔、秀でた顎が目立つ無骨な男だった。


 大声を聞いた女は首根っこをつままれた猫のように肩をすくめて目を白黒させたが興ざめだと言わんばかりに声の主を睨む。


 振り返った者どもは口々に騒いで道を開けた。


「おお、陰業衆様!」


「陰業衆だって? そうか……陰業衆か」


 その言葉に成程、とスオウも合点がいった。


 (そで)が省かれているとはいえ板甲(ばんこう)を着ている事からも一定の財力があり武の道に生きていることが分かるので洪水の状況を見に来た近くの都の兵士かと思ったがそれでは自分たちよりも怪しい(あやかし)の女に反応しないのはおかしいと思った。


 メイも初めて聞く言葉に興味を持ったのか、なんだいんごうしゅうとはと首を妙な角度に曲げてスオウに(たず)ねた。


 その仕草は周囲の者たちの怯えた目を益々見開かせた。


「陰業衆とは異能を持ちながら人であり続ける者どもだ。世を渡り怪異に苦しぶ者を(たす)くことを生業(なりわい)にしている」


「人であり続ける?」


「なあに(つつめ)いてやがる!」


(なれ)こそ(わめ)くんじゃありません! 走り出したと思うたら……余所人(よそびと)を捕まえて何をしているのです!」


(わずら)しい! (おのれ)(のろ)いからだ! 見ろや、里に()るまじぃ土の精隷が()り込んでるぜ。おそらくは隣りは妖使いだな。()く、殺しちまおう!」


卒爾(そつじ)です! 何時(いつ)はあれども(なれ)は! あの若人は如何に見んともただの人でしょうが!」


陰業衆(いんごうしゅう)様! 我に覚えあり! あの若人は幾度(いくたび)かここに訪ねたり!」


「あ、あの(おきな)……」


「なんだ」


「瓜を(ひさ)き賜りし覚えがある。有難し……横ざまの罪より()を救わんとなさるか!」


 血の気の多い女と体躯の割には冷静な男が喧嘩している間に小汚い老人が割って入った。


 スオウのことを見たことがあると言ってくれた老人を見てスオウも思い出したがよくこの渡し場に(むしろ)を敷いて商いをしている老人だった。


 話でしか聞いたことがないが陰業衆とは徳を以て(あやかし)を鎮める(ひじり)とは異なり我が子を想って現世に留まってしまった亡者をも凶鬼(まがつき)のように武を以て調伏する冷血無慈悲な集団だ。


 そのような者に敵視されてしまったら面倒でしかなく、勇気を持って無実を証明しようとしてくれているであろう老人にスオウは心から感謝した……のだが。

 

「恐らくはこの渡しに災いを成さんとして物見に来べけれ! 未だ(かつ)て有らぬかかる大雨も定めて彼奴(きやつ)の仕業なり!」


「……あの翁!」


 違った。


 スオウが物々交換に訪れたのは何か月も前の話であり当然まだ大雨による川の氾濫は起きておらず大雨がスオウのせいであるわけがない。


 メイも土の精隷なので川や雨雲の精隷ではないのだから洪水を起こせるわけもない。


 だが災いがあり怪しい者がいれば時系列や詳細などお構いなしに結び付けてしまう、それは浅学(せんがく)が故の哀しさなのかもしれなかった。


「否。土の精隷に()る事は(あた)いません。定めて――」


「よしなし! 俺ぁこんな所に(とど)めわたって心苛(こころいら)れてんだ! (あやかし)退治とあらぁ少しは心も……(なぎ)んだろ!」


 鋭く叫んで静止する大男。


 しかし凶悪な顔で笑った(をみな)は一瞬で間合いを詰めると切り株のような蝋の小手を渾身の力でメイの顔に叩き込んだ。


 目を見開いたメイは不可思議なことに普段スオウが全力で頭を叩いても避けないくせに避けた。


 そのまま後ずさりして両手を前にして構えて見せる姿は無意識のようだがスオウはメイがそのような行動を取るのを始めて見たのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 妖怪の仕業ですね
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