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上と神2

 朝が来るとスオウたちは妹や男たちの亡骸を(とむら)った。


 堀の外の共同墓地に大きな穴を(こしら)えて血の染みついた土ごと埋葬するやり方は(ひな)の慣習であり疫病(えきびょう)を鄙の中で拡大させない大昔からの知恵だった。


 死者の人数が人数であるため本来ならば一日がかりの重労働になる筈であったがスオウはそれらの全てを冥之上(めいのかみ)にやらせた。


 全てが土の下に(かえ)ると少しばかり(まじな)いの心得のある女が取り仕切り、真似事ではあったが皆を送り出す儀式を果たすことが出来た。


 送り出すと言っても導祖(どうそ)によって魂が運ばれていく様は昨日見ているのでそれはあくまでも生者のけじめだった。


 女たちはこれからもこの鄙で生きていく。


 忌まわしい出来事があったとはいえせっかく土壌が整えられた畑を放棄して余所へ移るのは自殺行為だからだ。


 男手が欲しいところだがそれは子供たちが大きくなる数年の辛抱であるし、()は時折訪れる旅人を捕まえて得れば良いと女たちは(たくま)しく笑っていた。


 昨晩、スオウは贖罪(しょくざい)も兼ねて女たちに身を(ゆだ)ねたが柔肌と重なり合う最中(さなか)に何度も妹の死に様が目に浮かび中断せざるを得ずまともに行為に及ぶことはなかった。


 一方で冥之上も異能ある子種を授かれるのではないかと期待を集めていたようだが行為の意味を理解しておらず全く役に立たなかったらしい。


 更に偶然居合わせていた旅人はといえば老体に命の危険を感じたのかいつの間にかいなくなっており朝になっても戻ってくることはなかった。


 夜の野外は牙狼や(あやかし)、導祖に連れ行かれる前に何らかの事情で不浄なる者と化してしまった亡者が徘徊している危険地帯であることは旅人も充分知っていたであろうにそちらのほうがましだと思われたのかと思うと朝になって冷静さを取り戻した女たちは苦笑いするしかなかった。


 儀式が終わりスオウが女たちと会話をしていると冥之上が姿を消していた。


 慌てて探すと既に鄙を出てふらふら歩いている背中が小さくなっていた。


 どうやらあの精隷は構ってやれば反応するが放っておくと本来の目的のための行動を開始するらしい。


 スオウは暫く思案していたがふと旅人の言葉を思い出した。

 

 ――関わらば(かしづ)かるべし。それが(なれ)の定めならん。


 スオウの口が自然と開いた。

 

「……皆聞け。()はあれと共に行く」


「スオウ様?」


「行かねばならぬ。あれは闇女上(くらめのかみ)(つか)わされたと言いき。(いわ)く、(たま)御力(みちから)(よこしま)なる(かみ)の目覚めを(ふせ)くに(えう)ず。()れど見よ。あの物儚(ものはかな)()に足を。口惜(くちを)しう、あの(さま)では邪なる上に(くみ)す奴ばらにたちまち奪われん。要无(いるなし)徒死(いたづらじ)にとなるはあるまじきことぞ。故に私はあれを(たす)く。()()の定めならん」


「スオウ様……」


「別れ惜しむも能わず。いつ戻るかも知れぬ。許し給え」


「よしや、定めならば。願わくは(たいら)けくま(さき)くませ」


「皆人もや」


 冥之上が目的を果たさなければ妹の死は無駄になる。


 只ならない想いこそあれ、スオウは冥之上の道中を補佐することにしたのだ。


 ふらついた足取りとはいえ悩めば悩むほど、別れを惜しめば惜しむほどあの精隷はお構いなしに遠くへ行ってしまう。


 スオウの心内を理解したのか女たちは多くの言葉を飲むと自らの左手を右手で包み手の甲を眉間につけて目を閉じた。


「ま幸くませ」


「ま幸くませ……」


 鄙に伝わる旅の無事を祈る(まじな)いの仕草である。


 涙は旅路に不吉をもたらすので泣いているわけではないと泣き顔を隠す強がりから転じた所作だ。


 スオウも黙って自らの装飾を一つ外すと足元に置いて駆け出した。


 向かい風が強ければ目尻を伝うものもきっとすぐに乾くだろう。


「おい待て! 待たんか!」


「なんだ」


「なんだじゃない、()も共に行くと言っているんだ」


「言っていないではないか」


 追いつき乱れた息を整えるスオウであったが冥之上は足を止めたりはしなかった。


 相変わらず虫に話しかけているかのような温かみを感じない返事に腹が立ち力いっぱい頭を叩いてやる。


 自分は猛烈に骨折を固定した小指が痛いがやはり土の精隷は反応さえしなかった。


 他の男たちが相手の時のように反撃してこないのが不思議であったがそれはスオウがその徹底した無感情ぶりに諦観を感じておりいまいち殺意を抱けずにいるからかもしれなかった。


「くそ……涼しい顔をしやがって。……で、やり方は分かったのか」


「何がだ」


導祖(どうそ)と話をしていたであろう、昨日」


「何も話してなどいない」


「では」


「では?」


「ええい、話にならん奴め! では何をしていたというのだ! 勾玉の力の(たば)り方を聞いていたのではないのか!」


「知らん。珠の力を奪おうとしてきたから避けた。避けたら奪おうとしてきた。だからまた避けた。するとこっちを見て来た。だからこっちも見ていた。するとまた奪おうとしてきた。だからまた避……」


「あー、あー、もう良い。(しか)るに、魂と珠の力は同じ器であるということか。導祖は要无(いるなし)の魂を運ぼうとした。なのに(おのれ)がそれを拒んだ。その攻防を繰り返して膠着(こうちゃく)していたということか」


「おお」


「まあ……導祖が対話に応じたという伝えなど聞いたことがないからな。それは止む無しと言えようか。だが……ならば(おのれ)はまたあのようなやり方で勾玉を得んとするのか」


(たま)の巫女から力を(たば)る、それが()の定めだ」


「………否とよ。()が共するからには二度とあのようなことはやらせぬぞ。あれでは(おのれ)のほうがよほど死を招く災いだ。いいか、己は闇女上(くらめのかみ)(つか)いを名乗っている。(しか)るに、己の愚かなる振る舞いで諸人(もろひと)の闇女上への忠節が揺らぐと心得よ」


「分かった」


「嘘をつくな。いや、ううむ……嘘と言うか、分かっておらぬくせに返事だけしたな? なんて奴だ」


冥之上(めいのかみ)だ」


「それもやめよ。(おのれ)(かみ)を名乗るな」


「何故だ」


「人の(うえ)に立つ優れたる者、という意味だからだ。()()()()()者が昔、人と争うた。されど闇女上(くらめのかみ)は人が為に戦い、共にあり()たるらし。()ればこそ我らは闇女上ただ一人をゐやまいて(かみ)と呼ぶのだ。(おのれ)(かみ)を名乗るは余計な(いさか)いを招くのみぞ」


闇女上(くらめのかみ)()冥之上(めいのかみ)と呼んだ」


「うるさい。なれば冥で良かろうが。今より己は冥だ、冥」


「めい」


「うむ。(しか)らば……()()そ?」


「メイだ」


「良し」


 素直に返事をした冥之上(めいのかみ)だったが従うのはその方が目的を果たすのに都合がよいと無意識に判断しているからに違いなく、本質を理解していないのでどうせ他の珠の巫女に会えばまた周囲の目も気にせず(かみ)を名乗って無理やりな行動を起こし始めるだろう。


 闇女上(くらめのかみ)はどうしてこのような欠陥だらけの精隷に(かみ)の名を与え使命を与えたのだろうか。


 そもそもなぜ珠の集め方を教えていないのか、巫女はあと何人いるのか、封印されし死を司る(かみ)はいつ目覚めるのかなど不明な点ばかりだが聞いても考えても(らち)が明かないので今は飲み込んでおく。


 とりあえずこの無敵の害悪から次の犠牲者を守れるのは自分しかいないのだとスオウは意識を引き締めるのであった。


 風吹く(ひな)の外には獣道こそあれ人の往来が確立された道は作られていない。


 (みやこ)ならばいざ知らずほとんどの生活が堀の中で完結出来ていた鄙では余所との積極的な交流を必要としてこなかったためだ。


 だがメイはなんらかの意志で先を目指し、スオウは時折の食糧難などで交易の遣いをした時に歩いた事のある場所なので先に何があるのか知っている。


 短く茂った草が踏まれ二人の足跡は微妙な距離を保ったまま遠くへ遠くへと伸びていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 妹を殺した相手についていくのはなかなかできることじゃないですね…
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