能面令嬢に振り回される婚約者
短いお話です。
筋肉で80%ができた巨体を縮こませるあだ名は熊ことバーズドという青年は今、ピンチの真っただ中にいた。
能面令嬢と呼ばれる婚約者から珍しく真剣な顔で「相談があります。今後について話したいのです。」といわれたからだ。
ガチガチに体を縮こませて、呼び出されたサロンに足を踏み入れた。
彼は騎士の家系で育ち、王都騎士団入りも決まった優秀な騎士だが、婚約者の心は勿論、女心なんて全くわからないタイプだった。
逆にメリーナは、能面令嬢と呼ばれるほど表情も動かず、言葉も挨拶と、はいかいいえ、しか喋ったことがない令嬢だった。
そんなタイプの違う変わり者の二人は婚約も家同士によるものだ。
5年間いつもバーズドが会いに行き、バーズドからのみ不器用な手紙やプレゼントを贈っていた。全く手ごたえの無い婚約者にいつか愛想をつかされると、日々怯えていた。
そんな中で、突然のメリーナからの呼び出しである。
鍛錬以上の苦痛を覚えながら、彼は逃げずに初めての呼び出しに応えてやってきた。
椅子に半分お尻をはみ出しながら婚約者の向かいに座る。
逆に婚約者の能面令嬢ことメリーナは、椅子の背もたれが見えるほど細身である。
華奢な令嬢と巨体の騎士。
(まるで美女と野獣。誰が見ても俺たちが婚約しているなんて思わないよな…)
紅茶を一口飲んでから、メリーナはバーズドを見つめた。
「本日は忙しい中ありがとうございます。」
「い、いや…」
その言葉でバーズドは騎士団の訓練にかまけすぎて、メリーナをここ数日ほったらかしにしていたことを思い出した。
(だめかもしれない…振られるかもしれない。婚約破棄されてしまうかもしれない…)
だらだらと冷や汗をこぼす。
そんな彼の不安を遮るように、メリーナの言葉は紡がれた。
「貴方が好きすぎてどうしていいのかわからないのです。でも、それは届いていないようでして…」
「え?」
「貴方の為に毎日毎日手紙を書いていますが、届いていますか?」
「い、いや手紙を貴女からもらったことは無いと思うが…?」
「貴方の為に毎月、鍛錬用の手ぬぐいの刺繍を縫っておりましたが届いておりますか?」
「いや、ない、と思う…」
「貴方の誕生日に、毎年剣をあつらえておりましたが、届いていますか?」
「なんだと!??知らないぞ??」
「貴方が毎年贈ってくださるプレゼントのお礼に手紙とお礼の品を送っておりましたが、届いていませんよね?」
「あ、あぁ…」
いつもはバーズドが一歩的にしゃべるのに、今日はメリーナがよくしゃべる。その語気はどんどん荒くなっていく。
「私がどれほど、どれほど貴方を思っているのか!きっと貴方は婚約してからこの5年間で知ることは無かったのですね??」
能面が崩れてぞっとするほど美しく、怖い笑顔にメリーナがなった。
「貴方がどれだか鍛錬を頑張っているのか知っています。遠征先で私のプレゼントを選ぶために何件も梯子して選んでくれたことも知っています。貴方が私のことを少なからず、好意を向けて下さっていることも知っています。私もあなたに一目ぼれでした。貴方のその鍛え抜かれた体に、真っ直ぐに目を見つめて下さるの心を示す行為が、私は本当に本当に好きです。
でも、届いていないと…今日やっと知りました。こんなにもこんなにもバーズド様を慕う私の心は届いていなかったのですね?いいえ、恥ずかしいからと逃げていた私がいけないの。いつも手紙で言葉を綴っていたいくじの無い私がいけないの!!私はバーズド様をこんなにも愛しいとおもっているのに!!ふふふ、あはは、これは許されることではないわ!」
ノンブレスでメリーナがしゃべる。今まではバーズドが何をしゃべっても、はいかいいえしか答えなかったのに…。
「恥ずかしくてずっとお手紙でお返事を送っていたのに…何も、何も届いていなかったのですね?」
メキリッと扇が彼女の華奢な手の中で折れた。
「ねぇ、バーズド様。これからの為に悪者退治と行きましょう??私たちならきっとできるわ!!」
バンっと机を叩いて、メリーナは立ち上がった。普段の彼女からはとても考えられない行動である。勢いに怯えた巨体は、良い返事を返す。
「ひぇぇ、は、はい!!」
結果、彼女の義母と義妹が彼女の手で締め上げられた。
「こんなに、こんなにもバーズド様を慕う私の手紙を燃やして、双方のプレゼントを横取りしてきたなんて!!許せないぃぃいい!!きぃぃいいい!!」
その鬼気迫る姿にバーズドは新しい扉を開いたとかなんとか。
彼女は、義母と義妹の虐待によってその表情を失っていたのだ。華奢な体も栄養失調手前だったから。
バーズドからのプレゼントは大半が手紙以外、義妹に奪われており、彼女からのプレゼントは義母によって阻止されていた。行方は質屋行きだったり、破壊されたり、捨てられたりしていたのだ。
使用人とバーズドの証言を使い、彼女たちを追い込んで物理的にも縄で締め上げた。そのまま父親にも直談判をして、彼女たちを修道院送りにしてしまった。
あっという間の出来事である。
哀れ、バーズドは贈り物が届いていないことを証言した以外は何もできていない。
ただ、彼女のそばにいるだけで終わってしまい、何が何かも事態がわかっていなかった。
ただし、それが自分たちの為に動いてくれたことから、新しいジャンルの扉こそ開けど引いたりはしなかった。
「こんな私は嫌いになりました??」
「いいや、惚れ直したよ。今後はもっともっと俺を振り回してくれ!!何なら縛り上げてくれても構わない。」
「素敵!!私も熊さんのような大きな体の貴方を、ずっとそうしたいって思っていたの!!」
能面女子は女王様キャラにジョブチェンジした。
熊はドМにジョブチェンジした。
その後、二人の間には笑顔が絶えなかったとか。
変わり者の二人は更に変わり者になったが、末永く幸せに暮らしましたとさ。
完
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。