60 隠れ里の魔(3)
「そうだ、紹介しておこう。オレの娘だ」
オットはそう言って視線を少しだけ開かれた扉の方は向ける。
ギギ、と擦れるような音を立てて扉が開かれる。そこには体を半分だけ隠すようにこちらをのぞく先程の少女、と目があった。
「ほら、こっち来な」
少女はゆっくりと出てきて、ペコリと頭を下げた。
薄いローブのようなものを羽織ってはいるが、その下はオットと同じような貫頭衣だろう。
「サカです…」
「私はゴギョウといいます。よろしくね」
できる限り優しそうに笑顔で応えてみる。
その後なぜか少女もテーブルにつき、一緒に話をした。
髭もじゃのオットは出かけるための準備をするらしい。
少女のサカは日課の食料調達。
ここにきた目的である壁材のことも尋ねたら、サカの食料調達について行けばすぐ見つかるぞ、とオットが言うのでついていくことにした。
サカは綺麗なストレートの黒髪で、少し俯きがちな静かな女の子だった。まだ10歳と言うが食事や掃除など家事をしっかりと手伝う立派な女の子だ。
小さな声でここでの生活を説明してくれる。
先のテーブルの部屋を出て、狭い階段を登りながら話す。
あの端の部屋がサカの部屋で、その隣が両親の部屋。父オットと母の部屋らしい。
中央の扉のない通路の先は厨房や風呂、トイレ。残り二つの扉の部屋にはもうひと家族が住んでいるらしい。
小さな湖のほとりを歩きながら教えてもらう。
「帰ったら紹介、すると思います…」
よく喋ってくれるので嫌われたら警戒したりはされてないようだが、目は合わせてもらえない。
本当に大人しい子なのだろう。
サカが急に立ち止まり、湖を見つめる。
スッと両手をかざし、何やら目を閉じて「むむむ」、と唸りはじめた。
ポチャ、と水の跳ねる音とともに、水面に何かが浮かび上がった。
土、だろうか。まるで見えない風船に入っているかのように球体を維持しながらふわふわと灰色の土のようなものが浮いている。
大きさは30センチくらいで、サカがもう一度「むむむ」と唸ると近づいてくる。
一体どんな仕掛けなのかわからないが、サカのやっていることのようだ。
超能力?念力?そんな力だろうか。
「ふう」
足元まで灰色の土を移動させ、サカが息を吐いた。
「きっと、この泥がさっき言ってた壁の白いやつだと思います。この湖の底にいくらでもありますよ」
「なるほど…塗りつけて乾かすのかな…。ところでこれ、今の、どうやったの?」
ゴギョウは不思議な現象について尋ねた。
「魔法ですよ。ものを掴んで引っ張る魔法です」
魔法!
あの黒霊が飛ばしてきた炎も魔法だろうが、こんな魔法もあるのか。回復魔法なんかもあるみたいだしなあ。
「へえ、すごいねえ。僕は魔法なんて使えないから尊敬するよ」
「ええっ、使えないんですか?だれでも、何かしら使えるものだと教わりましたが…」
「魔力はあるみたいなんだけどね。輝石なんかは使えるよ」
魔法の使えないゴギョウを不思議なものを見るような目つきで見るサカ。
「変わった人ですね…」
そう言って先程の灰色の土に手を入れて何やら引っ張り出した。
「今日はお魚です」
ロープを土から取り出したサカはそれを引っ張ると水の中から大きな籠が顔を出す。
「おっと、手伝うよ!」
ゴギョウも慌ててロープを掴むと、サカと一緒にそれを引き上げた。
少し潰れた丸い籠は所々に中から出られないようにする返しのついた穴が空いており、籠の中では数匹の魚がピチピチと跳ねていた。
ゴギョウはサカにお願いをしてもう少し灰色の土をとってもらい、アイテムストレージに収納した。
2人は籠を持って、再び苔むした岩の地下へと戻るのだった。