第6話 ……何か……見られると……恥ずかしいな……
カウンターのあるのはお店の真ん中。私と金髪さんはそこに行くと、ちょうどお店のおじさんがお客さんの対応をしていた。
……何か、ちょっと話しかけづらい雰囲気だなぁ……。
私がカウンターから少し離れた所で、金髪さんと手を繋ぎながらうろうろしていると、私達を気にかけてくれたのか、おじさんの方から声をかけて来てくれた。
私は、金髪さんの手を引きながらおじさんに近づき、カウンターの上に置かれた羽ペンとインクの入った瓶に指を差し、お借りても良いですか、と尋ねてみる。
すると、おじさんは目の前にある羽ペンを大きな手で掴むと、何も言わないで私達の前に差し出してくれた。
……良かった。借してくれるみたい……。おじさんにお礼を言い羽ペンを手に取る私。いつも足下を見てくるおじさんにしては、良心的だな……。
でも、その考えは甘かったみたい。
今まで寡黙な感じを醸し出していたおじさんは、急に口元をにやけさせると、羽ペンを差し出したその右手を手の平を見せるよう私に差し出すと、残った左手は天井を差すように人差し指で数字の一を作り、私に羽ペンの使用料を請求してきた。
……その代金……一回、大銅貨一枚……
え!? おじさん! お金取るんですか!?
私は一端羽ペンから手を離し、おじさんの前で銭貨の入った袋を覗き込む。……袋の中には、さっき立ち寄ったお店の店長さんから貰った依頼料、小銀貨二枚と大銀貨一枚が、そしてお姉ちゃんから貰ったお小遣いの残り、小銀貨二枚と大銅貨四枚が入っていた。
……うーん、お姉ちゃんのお小遣い使いすぎたなぁ……。
大銅貨一枚を払うのを渋る様に、私の顔はおじさんと袋の中を行き来させてしまうと、おじさんは、嫌なら良いけど、と、大きな手で羽ペンを掴み、わざとらしくカウンターの下に仕舞う素振りを見せる。
……待って! 待っておじさん! ちょっと待って!!
手持ちは全部で大銀貨一枚と、小銀貨四枚。そして大銅貨が四枚……。
私は大銅貨一枚を右手で掴んで銭貨の入った袋から取り出すと、そのままおじさんの前に差し出した。
……はい、おじさん……。大銅貨一枚です……。
おじさんは、大銅貨一枚をその大きな手の平で受け取ると、使って良いよ、と言っているかのように顎を羽ペンに向かってくいっと動かし、大銅貨を満面の笑みを浮かべながら小さく銭貨の音をさせて小箱の中に入れた。
……うぅ……世の中って……世知辛い……
そう思いながらようやくの事で手にした羽ペン。ペン先を下にしてインク瓶に入れて、黒いインクを少しずつ滲ませる。
……うーん……この羽ペンとインク瓶を繋げている鎖、どうにかならないかな? 出来れば、床の上で描きたいんだけど……
盗まれるからと言われれば、仕方ないかも知れないけど……。
……私は盗まないよ?
……そんな事を考えていると、ペン先がほど良く滲んでくる。私は羽ペンをインク瓶から出すと、カウンターの上で依頼書の裏に絵を描き始める。
最初に丸を描き、その下に台形を描いて、台形の左右から一本ずつ横棒を描いたら、台形の下から二本の縦棒を描く……これが私。
インクが無くなってきたせいか、私の絵を描き終える時、縦棒が少しかすれてきていた。
そのため私は、ペン先にインクを浸け直す為にゆっくりと顔を上げると、金髪さんが私の描いた絵を左隣から興味深そうな顔をして覗いている事にようやく気づく。
私はちょっとだけ頬を紅らめると、金髪さんから目を反らしてカウンターの上に置いてあるインクの入った瓶にペン先を静かに浸す。
……何か……見られると……恥ずかしいな……
ある程度ペン先にインクが浸いたら、羽ペンをインク瓶から出して、新しい絵を私の絵の左隣に描き始める。
今度は三角を描き、その三角から下に向かって半円を描いたら次は逆三角形を描いて、逆三角形の左右からまた一本ずつ横棒を描く。最後に逆三角形の下から縦棒を二本描き加えて……金髪さんの出来上がり!
……結構、可愛く出来たよね?
私が金髪さんの絵を描き終えると、またインクが少なくなったせいか、縦棒二本がかすれていた。
私は再び顔を上げてインク瓶に羽ペンを入れ、ペン先を浸す。
……その時、何か金髪さん以外にもう一人、視線を感じた。
私はその視線が気になってカウンターの向こう、右斜め上に顔を向けると、おじさんが私が描いている絵を、カウンター越しから面白そうに腕組みをしながら見つめていた。
……そう、感心……というよりは……面白がってる感じ……
私は赤面し、条件反射の様に描いた絵を身体で覆い隠すと、強い口調でおじさんに当たってしまう。
……お、おじさん……! あんまり見ないで下さい……!
だけどおじさんは、私が恥ずかしがってるのを気にも止めず、減るもんじゃなし、とか言ってきた。
……減るよぉ! 良く分からないけど、私の魂が削られていくよぉ!
私が急にカウンターに伏せてしまったため、心配してか、肩の辺りを優しく擦ってくれる金髪さん。
……うん、ありがとう……金髪さん……でも……
絵を描く所を見られるのがこんなに恥ずかしいなんて思わなかったな……
左側から金髪さんが優しく肩を擦ってくれて、カウンター越しからはおじさんが私の描く絵を覗き込んでくる。
ああ……金髪さんの擦ってくれる手が暖かい……
……うん……そうじゃない……そうじゃないよね……
それにしても……何でおじさんはずっと見てくるんだろう……? 金髪さんに見られるのは良いんだけど……
私はカウンターに伏せたまま顔だけを起こし、そこからなんとなくお店の周りを見渡して見ると……お客さんがほとんど居なかった……。
……そっか……おじさん、暇なんだ……
……他に仕事があるような気もするけど……
何でおじさんが絵を描いている所を見ているのか、理解した私は諦め半分の気持ちで絵を描くことを決めると、両腕に力を入れて身体をゆっくりと起こす。
身体を起こす間も肩を擦ってくれる金髪さん。私は金髪さんに、もう大丈夫だよ、の想いを乗せてにこりと微笑むと、私はインクが滲んだ羽ペンをインク瓶から取り出し、金髪さんとおじさん、ふたりの視線に耐えながら絵を再び描き始める。
私と金髪さんの絵の右隣に矢印を引くと、その右側に新しい絵を描き始める。
丸を描いて、台形を描いて……。線がかすれてきたら羽ペンをインク瓶に入れて、ペン先を静かに浸す。
ある程度ペン先にインクが浸いたら、羽ペンをインク瓶から出して、また絵を描き始める。……その繰り返し。
そして私が絵を描き終える頃には、依頼書の裏は私の描いた絵で埋まっていた。
私は、おじさんに羽ペンを貸してくれたお礼を言葉にすると、おじさんは何も言わずに右手を頭の上まで挙げくれた。
私は依頼書を手に取り、裏に描いた絵を少しの間見つめる。
……後は、この絵が金髪さんに伝わるかどうか、だよ……
私は早速、左隣でずっと不思議そうな顔していた金髪さんに依頼書の裏を見せると、人差し指で丸と台形で描かれた絵を差し示し、金髪さんに注目させる。
丸と台形で描かれた絵を差し示した後、次は私を指差して、これは私だよ、と教える。もう一度、丸と台形で描かれた絵を差し示し、次に私に向かって指を差す。何度も何回も、これは私だよ、これは私だよ……と……
すると金髪さんは絵の意味を解ってくれたのか、両手で三角帽子のつばを掴んで目元を隠すと、身体を小刻みに震わせながら小さく二回、三回と頷いてくれる。
……あれ? ……金髪さん……少し……笑っているような……?