第5話 ……駄目だけど……いけないと分かっているけど……
頬を紅くしたまま金髪さんから目を反らせずにいる私に、どこからか、道を開けて欲しいと声が聴こえてくる。
永遠とも思える時の流れから引き戻されたのはその時。
私達がゆっくりと声をする方へ振り返ると、そこには私達より頭一つ分背が高く、黒い短髪の大人の女性が私達に向かって指を差して立っていた。
どうやら気づかないうちに通路を塞いでいたみたいで、私は慌てて端によって道を譲る。でも、言葉の通じない金髪さんは三角帽子のつばを両手で掴みながら、通路の真ん中に立ち黒髪女性を見つめてしまう。
……何か……その目は……見とれているようにも見える……
困った黒髪女性は頬に手を当てて、顔を少しだけ傾ける。
……駄目だよ! 金髪さん!!
焦った私は、後ろから金髪さんの右手を力を込めて掴むと、半ば強引に通路の端に連れて来て私の右隣に並ばせる。
……何でだろう……ちょっと……いらいらする……
道を開けて貰った黒髪女性は、私達にお礼を言うと口元に手を当て、にこにこと見つめながら通りすぎていく。
……え……? ……違いますよ……!? ……そんなじゃないですよ!?
……そうだよ……そんなんじゃないよ……
黒髪の女性の背中を見つめる様に見届けると、私はさっき前髪くんから嫌々受け取った依頼書に再び目を通す。すると、金髪さんは依頼書が気になるのか、私の横から覗き込むように顔を近づけて来る。
……だから……近い……近いよ……金髪さん……
……とくん……とくん……
再び高鳴る胸の鼓動……。私は気持ち、金髪さんから目線を反らして依頼書を読んでいると、今になって後回しにしていた大きな問題を思い出す。
……そうだ……! ……金髪さん……どうしよう……!?
私は視線を依頼書から金髪さんに移して見つめ始める。
言葉の伝わらない金髪さんは、おそらく明日も私の側をついて離れないだろう……今日、金髪さんを街中に連れて来たのも、私の袖を掴んで離してくれなかったからだし……
金髪さんは、考え事をして急に動かなくなった私を心配してか、袖を掴んで優しく引いて来る。
……え……? あ……うん。ごめんね、金髪さん……大丈夫だよ……
私は金髪さんを心配させないように、にこりと微笑む。
ううん……大丈夫じゃない……全然大丈夫ないよ……
袖を引いたり、顔の表情でしか今の自分の気持ちを伝えられない金髪さん……。そんな金髪さんを街の外に連れていくという事は、何かあっても咄嗟に想いを伝えられないという訳で……。
言葉が解らないからしょうがないと言えばしょうがないんだけど……
そうなると、やっぱり金髪さんにはお家で待っていてもらった方が良いよね……
……私としてはあのふたりよりも、金髪さんと一緒に手を繋いで行き……
……って、違う! 違う! そうじゃないってば!!
私は顔を横に振って変な考えを追い出すと、私の袖を掴みながら心配そうに見つめる金髪さんに、明日の事をどうやって伝えようか思案する。
今日はどうしたんだっけ……。そうだ確か最初、椅子に座っている金髪さんに両手の平を見せて、待ってて、言ったんだ。その後、野草を持った左手を金髪さんに見せて、扉に向かって指を差したんだっけ……。
……その間、金髪さんは私の右袖を掴んで離さなかったんだよね……。
でも、ここは武具屋さん。お家に居る時のように明日の事を伝えるのは、少し難しいかもしれない。
そうだ、お家に帰ってから伝えれば……。ううん、駄目。こういうのは早く伝えないと。後回しにしちゃうとまたろくな事にならないかも。
そう思った私は、袖を掴んでいる金髪さんの手を取り断腸の想いで、明日の事をその場で伝える。出来る限り、分かりやすく、ゆっくりと、お家で待っていて……と。
紙に指を差したり、両手の平を金髪さんに見せたり……懸命に努力する私。
だけど、私の気持ちは伝わらなかったみたい。金髪さんは両手を三角帽子の上に乗せてくしゃりと潰すと、ちょっぴり身体を右側に曲げて少し困った顔をする。
その姿を見た時、私は……駄目だけど、いけないと分かっているけど……金髪さんがとても可愛いと思ってしまった……
……きゅうん……きゅうん……
そんな一瞬の気の迷いを振り払い、私は想いが通じていない事実をようやく受け止める。
……どうしよう、どうしたら、金髪さんに明日の事を伝えられるかな……?
頭に両手を乗せて、うんうんと悩む私。その私の目に入ってきたのは、手に持っていた依頼書。その時、私の頭の中にある考えが飛び込んで来た。
……そうだ! 絵だよ! 絵だったら言葉の伝わらない金髪さんでも解るかもしれない!
私は早速自分の身体をまさぐり、絵を書く物を探す。
……無かった……。
そうだよね……普通、書くものなんてそうそう持ち歩かないよね……
私は少し項垂れながら、それでも何か無いかな? と、辺りを見渡して見る。
そうだ! カウンター! カウンターなら書くものがあるはず!
私は可愛い格好をしている金髪さんの手を取り、こっちだよ、と声をかけると少し強めに腕を引いて、ふたりでカウンターに向かった。