俺はホモじゃない信じてくれよ
『キル! ゼム! オール! キル! ゼム! オール!』
俺たちが目的地に着いたときには、既に衝突は起こっていた。
薄紫色の洞窟の目の前で武装した村人たちが騒ぎ立てている。
吼え猛る村人たちの目の前には、ゴーレムが立ちはだかる。金属製のそれらは村人と魔族の間に存在する見えない境界線の役割を果たしていた。
やがて、でっぷりと腹を出した牛頭の魔物がこの場を諫めようと顔を出す。
「愚かな人間共に告ぐ。即座に戦闘行動を停止せよ。ここは文化遺産登録を受けた聖域であり、国際法24条によって保護されている。繰り返す、即座に戦闘行動を終了せよ」
牛頭は眼鏡に白衣という非常に文明的な格好をしていて、ボロ布をまとっている村人たちとは世界観が同じであるとはとても思えない。
「なんかさ、常々思うんだけど」
「何でしょう? いつもいつも前頭葉を悩ませているお兄様?」
「うるさい前髪の話なんてしてない」
「髪の話なんてしてませんけど?」
「いや俺全然ハゲてなんかねーし。薄くなってるとか、そんなのねーから!」
「ケッタローよ。ほれ、お主も運命を受け入れるのじゃ」
「うるせぇ、ハゲてねーっつってんだろ!」
しん、と辺りが静まった。
「ケッタロー! ケッタローか!」
「ケッタロー! ケッタロー!」
しまった、バレてしまった。
ていうかやっぱり煽ってるだろ、お前等。前に勇者扱いしてたやつらまでケッタロー呼びしやがって。ほんまに蹴ったろーか?
「オゥ、ケッタロー。久しぶりーネ!」
このやたらカタカナの混じる声の主は。
「マイケル、お前か!」
「フォォォォォォォゥッ!」
どこかの一発屋芸人の如く、大きく両腕を突き出して奇声をあげる。正直関わりたくなかった。
「お前たちのせいで村の冒険者が食いっぱぐれてんだ。少しは自重をしてくれ」
「僕たちの村、産業がナイ。だから魔族をキルして戦利品を売ることを思いついたネ」
「なるほど。でもそれってやっぱり冒険者の仕事を奪っていることになるんじゃねーか?」
モンスターを倒してその戦利品をもらってギルドで売るのは冒険者の仕事だ。それを村ぐるみで行ってしまっては問題になるのではないだろうか。
「違うヨ、全然違う。取引先はあっちネ」
そういうと、マイケルは前に向けて指をさす。その指先は春の陽気に汗を流す太ましい牛頭だった。
ねとねととした油ぎっしゅな汗をタオルで拭きながら、困り顔で牛頭は口を開いた。
「こいつらは私たちの住処を荒らし回っては、略奪物の回収を要求してくるんだ。とんでもない金額をふっかけてな」
「魔族、文化を大事にするネ。だから絶対回収してくれる。冒険者の仕事、とってナイ。これ、大事」
なるほど、盗品回収業者というのだろうか。マイケルめ、こいつ脳筋みたいな顔してる癖に結構頭を回しやがる。
「とりあえずほら、まずは話あおうぜ? 向こうも困ってるみたいだし。俺たちは文明人なんだから、な?」
「と、出会い頭に四天王の首を切り落としたお兄様がおっしゃっております」
瞬間、魔族側の空気が凍てついた。
「まさか、まさか赤黒く湿ったその斧。お前が首狩りの蛮勇、ケッタローなのか・・・・・・?」
え? 何? そんな二つ名ついてるの? 俺。ってか誰も健太郎を発音できないのかよ。そろそろ本気で悲しいぞ。
でもちょっと嬉しい。ここまで来て初めて異世界転生で無双してるんだって実感が沸いてきた。
「そうだとも、俺の名前はケンタロウ、ケンタロウ・アンダーザブリッジだ!」
調子に乗って名字も英訳してみる。響きは悪くない、どこかのコメディタイトルだった気もするが。
「きええええええ、ナッちゃんの敵ーっ!」
俺が右手を額にあててかっこいいポーズを取っていると、突如麺棒を持ったお婆ちゃんが飛び出し、牛頭の眉間を叩いた。
「いったい、いたいいたいいいたい! ぶった、ぶたれた! もうやだ、おかーちゃーんっ!」
ざっくりと俺の二倍近い大きさを持つであろう牛頭が、膝を追って泣きじゃくりだした。さっきまでのラスボス感が一気に小物になる。
いや、デブ牛の泣いてる姿なんて需要無いから。少なくとも、読者層的には。
「トメさんっ!? まだ村長は死んだワケじゃネーヨっ!?」
前に出てきたお婆ちゃんを、マイケルが慌てて取り押さえる。
俺は彼女のことをよーく知っているので、村長をチラ見した。
「妻は最近ワシのことを認識してくれないんじゃ。話を聞く度に火炙りにされておったり、針山に突き刺さって死んでおったりしてな・・・・・・」
そう、村長の妻であるトメドナ・クーは認知症を煩っており、村の皆で介護していたのだ。
ちなみに、俺が初めてトメさんと会ったときには、かつて馬車で轢き潰したカエルの亡霊だと思われていた。
突っ込みたいことは山ほどあったが、せめて人間扱いして下さい。
しかし魔族は泣きわめくわトメさんは暴走するわで全く話にならなそうである。
「なぁ、弟よ。この惨劇どうにかならないか? ちょっと大人しくさせる魔法的なやつをさ」
「んー、そうですねぇ。発狂させるのは得意なんですがー」
弟は少し考え込んだ後、思い出したように花柄のポーチから赤茶色の蜘蛛を一匹取り出した。ファンシーな小物とのギャップ差など気にもとめず、その蜘蛛をえいっと握りつぶして体液を杖に塗りたくった。
「ひざまずけ矮小なる者どもよ、クルシフィクション」
ずん、と空気の沈む気配がして、軽い倦怠感を覚える。
ふと周囲を見渡せば、村人も魔族もゴーレムも、ついでに村長も皆等しく床に這い蹲っていた。
「はは、ちょっとした磔の禁呪ですお兄様。もう誰も、指一本動かすことはできません。本当はお兄様とそういうプレイで使いたかったのですけど」
時間経過で圧迫されていくのか、苦しそうにうめき声を上げていた者も、やがて苦悶に顔を歪めながら沈黙する。
長く豊かな髪をかき分け、上目遣いでぱちくりしてみせても、こいつは俺の弟である。文字通り罪深い奴だ。
「やりすぎだっ! すぐに戻せ!」
「え、でもぉ、大人しくっていったのはお兄様ですよ?」
「永遠に沈黙するぞこのままじゃあっ! もう少しソフトなやつはなかったのかよ!」
「んー、じゃあ、もう少し弱めの奴・・・・・・あ、こんなのどうでしょ、タイオール!」
ぼんっ。人々は見えない拘束から解放され、物理的な拘束を受ける。
「いやまぁ、マイルドだけどさ」
どうやらこれは縄で周囲の人間を縛るものらしいのだが。
牛頭も、お婆ちゃんもお爺ちゃんもその他若い衆も。
皆、亀甲縛りされていた。
「どこに需要あるんだよこれぇっ!」
「イヤァーン、アハァーン」
「何でマイケルは喜んでいるんだよ」
もしかして俺は、マイケルの開けてはいけない扉を開けさせてしまったのだろうか。
「いやぁ、今日もお仕事つっかれたぁー。ただいまー、パ・パ・・・・・・?」
俺にとって、それは最悪の事態だった。
ひょいとやってきたのは、一人の女性。俺はそれにとてもとても見覚えがある。
亜麻色の髪をもつ穏やかな印象の美女。
今は、頭にちょこんとした角を生やしているが、あのバストは間違いない。
そう、冒険者ギルドのウェイトレスさんであった。
「あぁ、おかえりマルー。お父さんちょっとね、取り込み中だから」
そういってにっこりと笑ってみせる荒い息の牛頭。
「お取り込み中って・・・・・・え?」
マルーと呼ばれた少女は状況を整理する。
亀甲縛りで疲労に喘ぐ推定父親の牛頭。そしてそれを囲うように同じく縛られた老人たち。
そして、今まさに弟につかみかかっている俺が一人。
「あぁ、どうも初めましてお嬢さん。ケンタロウと申します。今宵も月が綺麗ですね」
こういう時こそ冷静さが大事だ。何でもない風を装って警戒心を下げることが重要なんだ。
ついでに月が綺麗ってあなたを愛していますって意味なのしってるぅ?
「え・・・・・・や・・・・・・ぁ」
そして俺は弟を解放して何もしてませんよアピールに努める。
俺が暴力的な人間なんて知れたら、その時点で嫌われてしまうからな。
「あぁ、いや、ほら、これはなんていうかその、スポーツ? みたいなもので」
「そう、超エキサイティンッ!」
鼻息を荒げがら頬を紅潮させるマイケル。お前は余計な口出しをしないでくれ頼むから。
「そうやって男の人を縛るのが、スポーツなんですか?」
目尻に涙を溜めながら、こちらを睨みつけるマルー。待ってくれ、こrては誤解なんだ。
「あ、お兄様。ちょっと手が滑りましてよ」
そういうと、弟は俺のマントの前止めを外した。必然、マントの中はふんどし以外何も身につけていない。
結果、俺はマルーに自分の裸体を見せつけるような形となっていた。
「あ・・・・・・あっあっあっあっあ・・・・・・」
声にならない声を振り絞ろうとするマルー。
ここに来て、俺はようやく完全に状況を理解した。
「違うんだ! 待って! 待って下さい! 今君のお父さんと大事な話をだねっ!?」
「嫌っ、私は新しいパパなんて欲しくないっ! パパがシングルファザーだからって男同士でなんて私認めない」
「こっちこそ待って? え? どういう勘違い?」
「何よ、大事な話っていったらもうそれしかないじゃない!」
「あるよ色々っ!?」
弁明するために近寄ろうとするが、刹那、漆黒の稲妻が俺の体を駆けめぐった。
「ぎゃああああああっ!」
「パパに近寄らないでよ、露出縛りプレイ好きの変態野郎っ!!」
どうやら魔法の直撃を受けたらしかった。体の中がぴりぴりする。
「いっ・・・・・・たくない?」
そういえば俺チート持ちだったわ。さっきの磔も食らわなかったしな。
ダメージはほとんどなかったと言っていい。感覚としては静電気を食らった感じだ。だが、泣きながらマルーはダンジョンの奥へと走り去って行ってしまった。
「くっそぉ、もうやってられっか。諍いとか紛争とかどーでもいい。俺はあの子を追うからな!」
「待て、娘はやらんぞぉっ!」
「ケッタロー。魔族のケツなんかおっかけちゃダメヨ、文字通り尻に敷かれるヨー」
「うるせぇ黙れ! 俺はとにかくハーレムを作りたいんだけなんだ!」
初めて、初めてだ。この異世界に来て初めてまともな女の子と出会えたんだ。この機会を逃す手はない。
俺は傷心しているであろうマルーを慰めて名誉挽回するために走ることにした。
「ご安心下さい。お兄様は私のものですから、すぐ帰ってきます」
俺の期待とは裏腹に、そう吐き捨てる弟の声はひどく凍てついて、脊髄を鷲づかみされるような恐怖がよぎった。
次回、頑張れ俺。