鉄格子より性癖(あい)をこめて
薄暗い地下牢の中に俺はいた。
この世界では犯罪者を集団で地下牢に閉じこめて生活させるらしい。そうすると数日で数が半分にまで減るそうだ。なんともおぞましい。
脱いでただけでこんなところに閉じこめられてしまうとは世知辛い。
「お、弟よ、早く助けてくれーっ!」
叫んでみるが、当然返事はない。代わりに、暗闇の奥から人影が顔をだした。
「ようこそ地獄へ、歓迎するぜぇ、げへへ」
うわ、やっぱりいたわー。こういう外見が如何にもな犯罪者。
上半身にタツゥーを刻み、鈍色のナイフを舐めている。
「へっへっへ」
正直なんでぺろぺろしてるのかわからない。おいしいのそれ?
「正直なんでぺろぺろしてるのかわからない。おいしいのそれ? ・・・・・・はっ!?」
しまった、声に出てしまっていた。騒いでいた犯罪者共が顔を出した。スキンヘッドの大男や褐色のあご髭男。悪役あるあるな犯罪者達に、俺は萎縮する。
「ああんっ!? てめぇそんなこともわからねぇのか!」
「ひ、ひいっ! すんませんっ!?」
「いいぜ。冥土の土産に教えてやるよぉ。俺たちは貧血気味でな、こうやって鉄分を摂取して凌いでいるんだぁ・・・・・・げへへ」
ぺろぺろ、犯罪者共が一斉にナイフを舐め始めた。こうして皆でやってると流石にキモい。かじってるやついるし。
しかし想像以上に合理的な理由だった。確かに健康状態欲なさそうだもんな。ほうれん草とレバーがいいぞ。
「ってなわけで死ねーいっ!」
「あびばっ!?」
俺の腹に強い衝撃が走る。男がナイフを突き立てたらしい。
嘘だろ、俺、この世界でろくに女の子にすら出会わないまま死ぬのか?
短い人生だった。高校を中退して無職になってからというものの、通りすがりの女子小学生に声をかけることだけが楽しみな人生だった。
何度ブザーを慣らされたかはわからない。気が付けば俺は、地元のお巡りさんとカツ丼を食べる仲になっていた。
後は弟にデートと称された外出に付き添った思い出しかない。
あれ、俺の二十年間ってこんなに寂しかったっけ?
必死に思い出をかき集めていたが、いつまでも走馬燈は消えなかった。
「ん・・・・・・あれ?」
もしかして、まだ生きてる?
「ひぃぃぃっ!」
悲鳴を上げたのは犯罪者共の方だった。
俺は刺された腹を見てみる。結論から言えば、俺の腹筋は無傷だった。
男のナイフはぐにゃぐにゃに歪み、まるで萎びたネギのようになっている。
あぁ、そうか。俺この世界では最強だったんだ。魔獣を八つ裂きにできるんだから、人間のナイフなんて屁でもない。
「おうおう、お前等何してくれちゃってるんだゴルァッ!」
「ひぃぃ、すんません!」
犯罪者達は一斉に頭を下げた。
謝罪の角度が妙に綺麗だなお前たち。
「俺たちそんなに強くなんです」
スキンヘッドの男が細々と話し始めた。
彼等は本当に凶悪そうな犯罪者を仕取めることで、獄中の平和を保ってきたらしい。
「実は俺、窃盗で捕まっただけで」
「俺は痴漢で・・・・・・」
「俺は寝ゲロで・・・・・・」
ふむふむ、そうか。
「いやまて、一個変なの混ざってなかったか?」
「訳あって教会の大司教様に寝ゲロをかけてしまったのです。温厚な大司教様は笑顔でそれを許し、無期懲役で済ませてくださいました」
「いやそれ全然許してないじゃん、むしろ恨まれてすらいるじゃん。どんだけポジティブに捉えようとしてるんだよ」
「あの大司教様が命だけでも残してくださったのですから、それだけで僥倖なのです」
え? 司教様って聖職者じゃないの? 血の気多すぎない?
「まぁ、事情はわかったよ。だが俺は犯罪者じゃねぇ。冤罪だ。何で俺が凶悪そうに見えたんだよ」
「目ですね。クマあるし血走ってるし」
「口ですね。青ざめてるし乾いてるし」
「髪型ですね。チャラそう」
「人を外見だけで判断するのをやめろぉっ!」
過去のトラウマが蘇る。そう、俺は犯罪者面らしく、そのせいで女子小学生に声をかけるだけで事案扱いされていたのだ。純粋な好奇心でパンツの色を聞いただけなのに。
「とにかく! 俺は何もしねぇから。捕まったのも公然猥褻罪だから!」
「もしかして同志ですか?」
タトゥーの男が顔をあげた。そういえばさっき、痴漢で捕まったっていってたな。
「実は俺、画家でして。人間の本当の美とは、全裸であることだと思ったんです」
タトゥー男は女性ヌードの素晴らしさについて語り出した。
「人は産まれたときから完成しているんです。服なんてただのノイズなんですよ」
こいつ、イキりおる。だが、それが真理であるとは、俺は思わない。
「穿ちすぎだ、このなんちゃって絵描きめ! 服の文化が発達してないからそんなことを言うんだ。お前等はスク水も絶対領域の美学も知らん。いいか、女の子は服と脱ぎのバランスが肝心なんだ。おいっ! お前等全員そこに座れっ! 俺が萌えのなんたるかを教えてやるよ!」
犯罪者たちは目を大きく開いた。聞いたことのない単語に興味を持つ輩もいたようで、気が付けば俺を中心に犯罪者たちは体育座りをして集まっていた。
「いいか、俺のいた故郷ではな、猫に近い、目が大きくて顎の小さな女の子が流行っていてな・・・・・・」
俺は語り出した。ジャパニーズオタクカルチャーは世界に通用するはずだ。俺たちが夢を追い続ける同志でありつづけるならな。
こうして牢獄の中でケッタローブートキャンプは始まったのだった。
※
「お兄さま。釈放です、釈放ですよ! 村長様が四天王討伐の話を出したんです。明日からは英雄ですよ、お兄さま!」
「ワシに感謝してくれてもいいんじゃぞ、なぁケッタロー!」
牢の外から久しく聞こえた声には、覚えがあった。だが、今はそんなことはどうでもいい。
俺は手にした一冊の本を朗読していた。スキンヘッドの書いたシナリオに、タトゥー男の描いたイラスト。俗に言う、イラスト本と呼ばれる類のものだ。
皆が疲弊していた。紙や道具の調達。度々やってくる衛兵に泣きついては、調達してもらったものだ。
一週間。長く険しい道のりであった。
「お前ら・・・・・・」
俺は大きく深呼吸をした。犯罪者たちは息を呑んで俺の様子を窺っている。
「完璧だ。ノリは2000年代前半で少し古いと言わざるを得ないが、ここは異世界。このくらいあざとい方が受けもいいだろう。プロジェクトK・・・・・・これにて完成だ」
『うおおおおおぉぉぉぉぉっ!』
表紙には『俺の妹はメイド様!』と書かれている。妹萌えとメイド萌えを両立させたラブコメディだ。まさかスキンヘッドが元吟遊詩人だとは思わなかった。奴の文才には、光るものがある。
さらにはかつてメイドを雇っていた没落貴族に、妹と仲がいい野郎たちが無い頭を振り絞って情報を提供してくれたのだった。
間違いなく、この本は娯楽の発展していないこの世界で受けるだろう。それだけの偉業を、彼らは成し遂げたのだ。
『ケッタロー! ケッタロー! ケッタロー! ケッタロー!』
「はは、やめてくれよ、お前らの成果だ」
胴上げは悪い気分じゃない。だが、勢いを着けて投げすぎだ。
「お前ら、もういいからやめれ。やめれっておい、高すぎる! 高すぎるから! 待て、待てって・・・・・・ぎゃあっ!」
『あ』
高く投げられた俺の身体は、むき出しの岩天井にぶつかり、地面に垂直落下した。
そこは、受け止めてくれよ・・・・・・。
「ふふ、訳の分からないことをしている時のお兄さまはとても輝いていますわね」
「なんじゃ、元気そうじゃったのう」
いつの間にか牢を開いた二人が、俺の前に立っていた。
耳にはずっと野郎たちの声が聞こえる。
「俺、これからはヌードでもニーソックスは絶対に着けさせます!」
「喧嘩別れした妹に手紙でもだそうと思うんです」
「明日から本気出します!」
それはやらないフラグだ、髭男よ。
「ふふ、流石お兄様といったところでしょうか」
「さぁ行くぞケッタロー。まだギルド登録も済んでおらんじゃろ」
こうして俺は、釈放されることとなった。
その後聞いた話だが、タトゥー男とスキンヘッドは釈放された後、本格的に本を出版したらしい。
見込み通りの大ヒットとなったが、女性人権団体が性差別を助長する表現があると指摘し、男たちは見事敗訴。
猥褻物陳列罪の容疑で逮捕され、再び牢獄生活を送っているという。
全く世知辛い話である。