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冒険者ギルドの美人な受付のお姉さんは異世界転生のお約束

「お兄様、お兄様。そろそろ起きてくださいませ?」


 いつものように甘ったるい声をかけられて目が覚めた。


「なぁ、弟よ」


「はい、なんでしょう?」


「お前、いい匂いだな」


「あ、わかりますか? 石鹸を自作してみたんですよ。ほら、もっと嗅いでみてください」


 弟が胸元をくいっと下げる。勿論そこにたわわな果実など実っていない。


 あぁ、でもそうか。


「きっと悪夢だったんだ」


 俺の汚れ荒んだ心が醜い女神様を想像してしまったらしい。


「随分とうなされていたご様子で」


「いや、むしろ夢でよかった。女の子はやっぱりフローラルな香りのする生き物だよな! な!」


 歯をむき出しにして笑って見せるが、弟は激しく微妙な表情だ。何かをいいだそうと口をぱくつかせていたが、やがて天使のような笑みをこちらへと向ける。


「そうですね、お兄様」


 若干表情がひきつっているようだ。

 だがこいつは何をやっても俺よりも上手くやる癖に、こうやって俺を否定しない。悔しいがよくできた弟だと言わざるを得ない。


「もうすぐ着くぞケッタロー、準備しておくのじゃ」


「準備……」


 俺は起き上がろうとした。だが、身体は固まったままだ。


「ふ、ふざけんじゃねぇぞ! お前ら自重しろ!」


 ここは地獄だ。直方体の荷車の中で、俺は弟を隅にかくまうようにして覆い被さっていた。


 その上からまるで缶詰のように木こりのオッサンたちと村長がぎっちりと詰め込まれている。


「身体を張って私を庇ってくださるなんて……ぽっ!」


「気持ちの悪い擬音を立てんでよろしい。ってか四人用でなんで五人詰め込んでるんだよ。走れよお前ら!」


「ひひんひひん! ひひひ……ごほっごほっ、失礼しました。休息は我々労働者のひひん! ひひーん!」


「いやもう言語混ざりすぎだ。統一して話してくれ」


「ひひん、ひひひひ、ひーん。ひひん!」


「人間の言葉で統一してくれよ。心まで馬に持っていかれてるんじゃない」


「なるほど、休息は労働者に与えられた正当な権利である。これに背く場合、例えケッタロー様であっても最高法規である国法の裁きを受けて頂かなければなりません、といっとるのぅ」


「村長はなんでわかるんだよっ!? というか、あんな単調なセリフの情報量じゃないだろ」


「昔ちーとばかり行商で馬を扱っていたことがあるのじゃ」


「実は私も動物達の声が聞こえるパッシブスキルがありまして……」


「え、この中でわからないの俺だけなの……」


 俺は強い疎外感に襲われた。



「ダメに決まっているだろう」


「そこをなんとか、おじいちゃんに免じて、ね」


 村長がお願いのポーズを作って腰をくねらせている。


「どうみても馬じゃないだろお前ら!」


「ひひんひひん!」


「何言ってるかわからん!」


「何故じゃ、わしの完璧な作戦がぁ」


 いや、どう考えても最初から破綻してただろ。


 俺たちは門の前にいた。顔を茹でだこのように赤くする衛兵に、俯く木こりのオッサン達。


 村長は馬だと言い張ってオッサン達も街へ入れるつもりだったらしい。


 偽装工作のつもりなのか、彼らは身体に赤茶いるの泥を塗りたくっている。


 ついでにいっておけば、俺はマントをきっちりと前で止めることに成功し、ぱっと見では全裸だとわからないように偽装していた。


 あの馬男の群れにはくわわりたくなかったからな。



「同伴者は二人までだ。それ以上は認めん!」


「ですがまだ肌寒い季節。凍死してしまうやもしれません」


「え、あ、はぁ……そうですか、そうですね」


 弟が潤んだ瞳で衛兵の手を握ると、突如衛兵はキョドりだし、顔が赤いままに照れ始めた。忙しい奴だな、こいつ。


 それと弟は男である。


「なんとかしていただけませんか?」


「あー、そうしましたら衛兵用の、野営のキャンプがあります。そこでしばらく滞在なさってはいかがでしょう」


「おぉ、それはありがたい。お前ら、良かったのう」


「ひひーん!」


 もはや言語を野生へと還してしまったしまった男たちは高らかに馬声を上げる。


「おめぇら何騒いでるだ」


 その時、ぼろ切れに身を包んだ男たちが俺たちの荷車を取り囲んだ。


「俺たちには枯れ木だけを投げた癖にこいつらだけ特別扱いすんべか?」


『んだぁ、んだぁ』


「えっと、あいつらは誰?」


「地方から出てきて街に入れなかった浮浪者だ」


「そいつらは俺たちがもらうだぁ。草むらさ這って魔石の欠片探しするだよ。一枚でもお金納めるだ」


「いやでもそれは……」


 もにょる衛兵に憤慨する浮浪者。弟が衛兵を見つめると、衛兵は人差し指を弄りだした。子供か。 


「でなきゃおめぇらのキャンプに晩御飯もらいにいくだよ」


「どうぞ納めくださいっ!?」


 衛兵は半べそをかきながら泥だらけの馬男たちの背を押した。


 衛兵と彼らの関係性が一目でわかってしまうが、一体何をされたのかが猛烈に気になる。


「うっしゃ行くだぁ。今日はネズミの野草包みにすっぺ」


 朗らかに笑う浮浪者たちとは反対に、おいしいご飯にありつけると思っていたオッサン達は首を絶妙な角度に傾けて哀愁を誘うのだった。


「な? わしがいてよかったじゃろ?」


 村長がドヤ顔をしてみせる。正直殴りたい。だが、実際に二人だけで行った場合、俺たちも野山を駆けずり回ることになっていたのだろうか。


 そう考えると背筋がひんやりとして思わず身震いをしてしまった。


「ゴミをかき集めて走り回るお兄様も素敵だったかもしれませんよ?」


 ただでさえ歪んでいる弟の性癖をこれ以上歪ませてはならない。これは兄である俺の使命である。


 とりあえず意味もなく髪を撫でてやると、黙ってニコニコしていた。複雑そうで扱いやすい弟である。


「さぁ、目指すは冒険者ギルド! これでついに俺は、異世界での確固たる地位を得るのだ!」



「ようこそ冒険者ギルドへ、お話はお伺いしております。登録ですよねっ!」


「ぬぁんでだよっ!」


「ひっ!」


 どんっ。俺は机をたたいて脅した。異世界転生作品ではこういう威圧がよく効くのだ。


 思った以上に固い材質だったので、ぺしっに近い音だったが。


 後指をなんかに引っ掛けた気がする。


「ケッタロー。何をそうかっかしておるんじゃ。驚いてるじゃろうが」


「そうですよ、人当たりがよさそうな男の人じゃありませんか」


 そう、そこだ。そこなんだよ。二人がきょとんとしているのも無理はねぇ、だがな。


「異世界転生のテンプレならさぁ、受付は27歳くらいの落ち着いたお姉さんがやるものだろっ! それが、なんでこんなひょろい男なんかに……」


 俺はその場で泣き崩れた。あまりにも情緒不安定になり過ぎたせいだろうか。


 弟がメンタルヒールをかけてくる。残念だが俺は正気だ。


 ついでにいうが弟よ、俺に精神干渉系の魔術は効かんぞ。ポリューションウィルというパッシブスキルで殺戮衝動以外の精神異常を受けないからな。


「受付嬢だ、受付嬢をだせ!」


「えっと、確かに冒険者ギルドの受付は女性がやるもの、ですがね」

 

 妙に言葉を濁すな、こいつ。


「だから、なんだよ」


 そういうと受付の青年は指を突き出し俺へと向ける。


「あ……あなたのようなな歩く猥褻物がいるせいで心に傷を負ってやめていったんですよ! 僕だって受付のお姉さんが好きだったのに!」


 受付の青年は心底悲しそうな顔をした。やっぱりお前も好きなんじゃないか、受付のお姉さん。こいつとはいい酒が飲めそうだ。


 だが俺か? 俺が一体何をしたっていうんだ。


「誰が猥褻物、だ……」


 そういいかけて、俺は自分の身体を見る。


 威厳を保つために羽織ったマントがはだけていた。中から見えるのは、ふんどしが一丁のみ。


「い、いつの間に? ち、違うんだ、これは、狂戦士の誓約で!」


「衛兵さーーんっ!」


「スタァァァップ!」


 外で待機していたらしい衛兵が俺を取り押さえた。


「全く、こんなやつばっかり集まってくるから俺たちも余計な仕事が増えるんだ、ほら、さっさと歩け」


 お、弟よ……。俺は悲しみから梅干しのようにしわくちゃになった顔を惜しみなく晒した。


「お、お兄様。保釈金を用意したら、すぐ参りますので」


 ガッデム。お前ナチュラルボーンクレイジーサイコホモの癖に、突然冷静な対応するのやめろよ。


「あーいむのっとぎるてぃ!」


「連行しろ!」


 こうして俺は夢と希望溢れる男女混合パーティーの夢すら見ることなく、豚箱へとぶちこまれた。


 勘弁してくれよ、もう。

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