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金も名誉もいらないから美少女をくれ

「けったろー……けったろーか!」


「うるせぇ煽ってんじゃねーぞ、蹴ったろうか!」


「ひぃぃっ!」


 飛び上がって机の下に潜り込むのは、村長のナーヤカーヤ、老い先短いよぼよぼの70歳である。


「俺の名前は健太郎だ。け・ん・た・ろ・う! リピートアフターミー、ケンタロウ」


「ケ、ケ、ケッタロー!」


「ぬぁんでだよっ!」


 何故かこの世界では俺の名前を正確に発音できないらしく、何となく煽られているような呼び方をされてしまう。


「まぁまぁいいじゃありませんか、ねぇ、お兄さま」


 白鳥のような優雅なドレスを身にまとい、洗練された髪を撫でながら、弟はいう。


「おぉ、女神……女神がおられぞ」


 ははー、と勝手に付いてきた男衆達がひれ伏す。


「惑わされるな、そいつは弟の……もがぁっ!」


 ありえない方向から重力をかけられ、俺は天井に張りつけられる。


「あら、お兄さま、いかがなさいました? 盛大にこけたりなんてして」


「ナギシア様は今日もお美しいですな」


 ひょっこりと現れた村長が目を細めて笑っている。


 ついでにいっておくが弟の本名は凪太郎という。愛しき我が両親の方針により男の子には皆太郎が付くのだ。


 こいつもなったろーと呼ばれるのかとほくそ笑んだが、やつはナギシアというこの世界の発音に合わせた微妙に女の子っぽい名前を名乗りやがった。しかも様付けされやがって。


「ナギシア様。ケッタロー。お二人には本当に感謝しているのです。まさかこの村に襲い来る魔族の軍勢を打ち負かし、四天王の一人を倒してしまうとは……」


 この世界の魔族はそれなりに堅実だ。弱い集落にも最大戦力を送り、大きな街にはスパイを送り込んで破壊活動を行ない、補給路は先回りして潰しておく。


 正々堂々名乗りを上げて戦うステレオタイプな人類はあっというまに滅亡の危機に瀕してしまった……かと思いきや、知略を叩き潰すほどの腕力を持つゴリラ共のお陰で膠着状態らしい。


 実際、俺が駆けつけたときも村人が魔族を結構倒していた。


「危うく蛮族だって憲兵に突き出されるところだったけどな」


「全裸で血だらけになりながら吼え猛って四天王の首を切り落とすような男が、まさか勇者様だとは思わないでしょう」


「失礼な! そういう誓約なんだよ」


 この世界のクラスには誓約が存在する。例えば、神官職は刃物の付いた武器を装備できないとか、騎士は誓いを立てた人間に絶対忠誠でなければならないとか、そういった制限のことである。


 俺の職業である狂戦士の場合、まず服を身につけられない。いろいろ試してみた結果、かろうじてマントとふんどしはギリギリセーフだったらしく、なんとか最低限のモラルを保っている。


 もし誓約を破って服を着てしまうようなことがあれば、俺は即座に職を失い、ただのモブと化す。厳しい。


 また、顔に敵の血を塗るのは狂戦士のスキル、ウォーペイントの効果だ。自らの手でほふった敵の血液を身体に塗りたくることで火力と防御力を一気に強化できる上級スキルなのだ。


「まぁ俺の手にかかれば魔王討伐も割とすぐかもしれねーけどな」


 持っている斧を振り上げてみせる。竜骨で作られた柄に、血管のような赤い筋の通った漆黒の刀身。殺戮斧ダーインスレイヴ。血肉を取り込むことで成長し、使用者に殺戮衝動を与える伝説の武器らしい。


「なぁ、弟よ。あれ、本当に女神だったのか?」


「まぁ、屍肉の蠢く山の中に立って高笑いしてるような方が神聖な存在であると思う方が難しいでしょうね」


 囁くも弟はわりとあっさりした様子だった。ちなみにやつの杖も次々と権力者を破滅へと追いやった至宝の杖らしい。


「我々はあなたたちに希望をもらった。惜しみなく支援させていただきますぞ」


「それだ! その言葉を待っていた!」


 だんっ! と俺は机に脚を乗せて立ち上がる。


「街に行くための馬車を頼む!」


「街へ、出られるのですか?」


 俺は無言で頷く。当然だ。ここは少子高齢化が進みすぎた結果、老人しかいなくなってしまった村。移民を受け入れても野郎しかいない。


 美少女のいないこの大地に滞在する価値などないのだ。


「冒険者としての登録と、仲間集めが最優先事項だ。そのためには大きな組合のある場所へ出る必要があるからな」


「ふむ、して何日ほど滞在なさるのかな?」


「一週間程のつもりだ」


 馬鹿め。俺は内心ほくそ笑んでいた。この村に戻ってくるつもりなど毛頭ない。村長の頭くらいにな。

 仲間と装備を集めたらさっさと旅に出よう、そう思っていた。


「ならばわしも同行しよう」


 待ってくれハゲおやじ。今なんつったっ!?


「いやいや、村長自ら同行なんて滅相もない。ただ馬車を貸してくれるだけでいいんです」


「最近は魔族のやつらが通行証を偽造するのでな。街の内部で発行された通行証以外では顔パスでしか入れぬのじゃよ。一見さんお断りというやつでな」


 そんなに厳重な警備体勢だったのか。俺は弟に視線を送るが、指で小さく罰を作った。


 お手上げらしい。


「しかし村長がいなくなってしまってはこの村の統治が……」


「だいじょうぶじゃ、マイケル、おいで」


「フォォォォォォォォゥッ!」


 立ち上がったのは2メートル程の黒人男性。頭髪は綺麗に刈り取っており、村長へのリスペクトを思わせる。


「しばらくの間彼に村を任せよう」


「ボクがこの村を守るネ! ヒヤッホーウッ!」


『マーイケルッ! マーイケルッ! マーイケルッ! マーイケルッ!』


 マイケルが中指を突き立てて腕を高く突き上げると、若い男衆達も中指を突き立てて騒ぎ立てる。


「彼は移民の一人でな。統率力のあるやつじゃよ」


「あの、村の治安が激しく悪化しそうなんですけど」


 マイケルが血走った目で叫び声を上げている、怖い。


「お兄さまも人のこといえない感じですけどね……」


 む、弟よ。なぜそこで俺を貶めた。


『ブレーイクジャスティス! パニッシュザワールド! ブレーイクジャスティス! パニッシュザワールド!』


 おじいちゃんおばあちゃん達まで頭を振り始めた。もうやだ、なんなの

この空間。


「善は急げ、じゃ。実は外出は想定しておってな。それでは行くとするかのう」


 村長とマイケル空間をそっと抜けだし、村の外れへと向かう。


 指ぱっちんを盛大にスカし、痛めながら手を叩くと、小型の馬車……ではなく、荷車を改造した人力車がやってきた。


「ひひんひひん!」


 4人の屈強な男が腕を組んで立っている。


「いや、あんたら木こりのおっさん達だろ」


「ひひんひひん!」


「この村では馬を養える程の穀物がなくてな。それに皆、ケッタローのために志願してくれた有志達じゃぞ」


「う、うげぇ……」


 青ざめた俺の顔を落ち着かせようと、弟が俺の頬をぺろりと舐めてくる。


「まぁまぁお兄さま、きちんと運んでくださるならいいじゃありませんか」


 雄々しい野郎共に囲まれると、本当にこの弟は絶世の美女のように思えてきてしまって恐ろしい。


「二勤交代制で走り続けられるから3日もあれば町へ着くぞい」


「これ、4人乗りっぽいんだけどっ!」


「ちょっと窮屈なだけじゃ」


「お兄さま、ぴったりくっついてくださいね。ぴったり、ですよ。うふふふふふふ……」


 もはや逃げ場はない。


「や、やめ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 こんな筋肉質で汗くさい同衾なんていらない。


 もはや性別が雌なら何だっていい。なんなら女神様ご本人が降臨してくださってもいいです。どうか女の子を、女の子を俺にください。

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