婚姻届けは壁に飾るものじゃない、聞いているのか弟よ
「くすっ、おはようございますお兄様」
俺の隣の人影は桃色の薄く透けるネグリジェを纏いながら、甘い声で耳元で囁きかける。
「おはよう」
俺の目覚めはいつものモーニングコールから始まる。
目の前の人物はキャミソールの紐を肩から落としながら甘い笑みを浮かべていた。
「どうですか、ドキッと来ましたか?」
そのあどけなさに思わずクラっと来てしまう。
平静を保つ為、三つ指を額に立ててみる。これで高笑いが決まれば完璧だ。
「はっはっは。あぁ、本当に心臓に悪いな」
「このまま籍まで入れますか? 是非ともそうしましょう」
「そうだな。お前のそのヴィーナスも福笑いの玩具にしてしまう程の美貌にいつか溺れてしまいそうだ」
まったく、いつか血迷って踏み外してしまわないか心配で夜も眠れない。
正気に戻った俺は溜め息を吐いてしまう。
「血の繋がった、実の弟にな」
チラリと覗く股の間。
そこには某国のミサイルも真っ青な核弾頭がセットされていた。
しかも、俺より大きい......だと......。
とてもショックである。天は俺に二物どころか一物すら授けてはくれないのか。
「大丈夫ですよお兄様。ここはもう日本ではありませんので、近親相姦の禁忌はないのです。さぁ、心置きなく挙式をしましょう。白無垢もいいですがここはやはりウェディングドレスで........」
「するかぁーっ! お前は俺にどれだけ罪を重ねさせるつもりなんだ。それに、俺にはやらなければならないことがある」
俺たちが地に足をつけて立つこの場所は、思春期の少年なら誰もが夢見るエデンである。
「やはり、お兄様の欲望を抑え切ることはできないのですね」
「そうだ。俺たちは女神様の気まぐれで異世界転生することができた。目指すことは一つだろう」
ばさり。俺は毛布を脱ぎ捨て、ふんどし一丁に締められた裸体を晒した。
「俺はこの異世界でハーレムを目指す!」
「あぁ、お兄様のカチカチで逞しい筋肉。流石お兄様ですわ!」
「カチカチになった時はお前の方が逞しいけどな!」
ナニがとは言わないけれれど。
「いやんもうお兄様ったら」
俺の背筋を繊細そうな白い手で触りながら、弟は恍惚とする。
「お手洗いの後は、しっかりと綺麗にしてくださいませ」
そういって触られた、お尻を。
その瞬間、全身の毛が逆立つ。
まずい。このままではやがて貞操を奪われてしまうだろう。
「絶対ハーレムを作ってやる! 女の子侍らせて宮殿を建ててやるからな!」
「その時は是非とも側室に加えてくださいね、お兄様」
ひっつく弟を引き剥がして肩を叩いてやる。
「弟よ、強く生きろ」
「ずっと一緒にいましょうね、お兄様」
お返しとばかりに弟が軽く掌をかざすと、いとも容易く吹き飛んでしまう。
「ぐあぁぁっ!」
その後手のひらを裏返せば、
「ぎょええぇっ!」
謎の引力に引っ張られ、俺は弟の前に叩きつけられる。
弟はこの世界では魔法使い職なのである。
物理職の俺には、どうすることもできない。
ダメか。説得はもはや会話のドッジボール。躱され受け止められ、力つきるのは俺の方だろう。
「ぜぇ、はぁ.......。とにかく作戦会議だ! 村長の家へ向かうぞ」
「それでは御召し物を.......」
「いらん!」
弟は何も言わず目の前で着替え始めた。
おい弟よ、なぜ上目遣いで胸を隠すのだ。そこには乳首くらいしか無かろうに。
「くそう、なんだってこんなことに........」
俺には誓約が設けられている。その内容は服を着ることができないというものであった。
「その肌は私だけのものですのに」
「まだお前のものになったわけじゃない、まだな!」
俺はマントだけを羽織って外へ出る。この世界で俺と弟は明確なチート能力を手に入れた。そのはずなのに.......。
扉を開ければ沢山の村民が出迎えてくれる。農場のおじいさんおばあさんたち。木こりのおやっさん。そして、受け入れた難民の男たち。
「お待ちしておりました! 兄貴!」
「お出迎えなんかしなくていい!」
「兄貴ぃーっ!」
「むさ苦しいんだよお前ら!」
弟ともう一つ、俺のハーレムを邪魔するものがある。
そう、俺たちが転生したこの村に女の子がいないのだ。
「お兄様!」
『兄貴!』
前門の男衆、後門の弟。
俺は今、この村で勇者と崇められてしまっていた。