挑発
「………ここか」
俺達は到着したルトリア学院の寮室に居た。
俺達に貸し与えられたのは、学院の寮の片隅にある特別寮である。
この寮は来賓などに貸し与えられるようになっているようで、掃除も行き届いていて居心地のいい部屋だった。
俺達が通う学院で与えられた寮室はあまり広いものとは言えなかった。
だから、俺達にとってはこの広さの寮室を使えるのは新鮮である。
「広いな……… 俺達の部屋とは大違いだ」
クレイグが中に入って声を漏らした。
据え付けられた大きな窓から日が差し込んでいる。
そして、部屋の中心には大きな机。
これなら五人でも十分に囲めそうだ。
しかも、ベッドもご丁寧に五つ用意されている。
これなら寝床に困ることは無い。
「久しぶりに落ち着けるところに来たわ………」
クレアが近くの椅子に座ってそういう。
俺達の疲れはもう爆発してしまっている。
今ベッドにもぐりこめばもう眠ってしまいそうだ。
部屋の壁に備え付けられた時計を見ると、まだ午後三時であることが分かる。
寝るには早すぎる時間帯だ。
かといって、この町を見て回るようなことをする余裕もない。
観光したいのはやまやまだが、俺達は三日間の旅で疲れ果ててしまっている。
「………ここからどうする?」
俺はみんなに意見を求めた。
ここで休むのもいいし、体力に余裕がある者は観光しに行ってもいい。
何せ、ここは俺達にとっては始めてくる町なのだ。
観光していかないのは勿体ない。
しかし、
「俺はもうへとへとだ………」
「私もよ………」
「………はい」
みんなから口々に言葉が返って来る。
システィナだけは全く疲れてはいないのだが、彼女は体力が馬鹿みたいに多いので気にするところではない。
俺自身も、肉体的疲労よりも精神的疲労の方が多い。
体は全く疲れていないのだが、精神がもうやられてしまっているのだ。
このだるさは魔力欠乏症を起こした時のそれとよく似ている。
俺の精神がすり減っているのだ。
「俺、今日は動けそうにない」
クレイグがつぶやくと、荷物を部屋に置いてベッドに倒れこんだ。
「………クレイグ?」
俺は彼に呼び掛けたが、全く返事が返ってこない。
『疲れているだけじゃろう。ゆっくり休ませてやるのじゃ』
俺の脳裏にファイリアの声が響く。
確かに、彼が疲れているならば休ませてやるべきだ。
今日は何もする必要はないのだし、ここでゆっくりと休んでいていいだろう。
「じゃあ、私はここで寝るわね」
クレアがそう言って、近くのベッドに荷物を置いた。
それに倣って、アンも荷物をベッドに置いた。
システィナだけは荷物がないので、彼女は軽くベッドに座って意思表示。
俺は残った部屋の隅のベッドを使うことになった。
俺はベッドの横に荷物を置くと、剣を壁にもたれ掛けさせる。
そして、俺はベッドの上に座った。
俺の一連の動作を見ていたシスティナが、
「その剣、私が預かりましょうか? ここでは何があるかもわかりません」
俺に言ってくる。
「ああ。じゃあ、君に預けておくよ」
俺はシスティナに神器を手渡すと、荷物の整理を始めた。
彼女は俺の神器を鞘ごと収納魔法の亜空間に収納してしまった。
だから、俺が剣を使いたいときは彼女に頼んで出してもらう必要がある。
しかし、ここでは一緒に行動するときの方が多いだろうし、彼女に預けておいていいだろう。
もし俺の何があっても、彼女が神器を持っていれば神器が奪い取られることは無い。
この学院の中では何があるかもわからない。
元居た学院の中であれば、俺の神器を奪い取るような人間はいないし、もし奪い取られたとしても立地的に素早く逃げることが不可能だ。
だからこそ俺はシスティナに神器を預けずとも良かったのだが、ここではそのようにするわけもいかない。
今回は合宿だ。
ここで紛失してしまえば、どうなるかもわからない。
ここの土地勘は殆ど俺達にないのだ。
だから、土地勘のあるここの生徒たちが盗みに来たりしたら、もう手が付けられない。
「………町ごと破壊してしまえば問題ないですよ」
システィナが一瞬怖いことを言った。
確かに、神器はどのような攻撃も受け付けないのでその理論は理にかなっている。
しかし、その代償も大きすぎるのでやめてほしい所だ。
ここら一帯が更地になってしまえば、国際問題になりかねない。
この町はルトリアの王都でもあるのだ。
だから、安易に破壊することは許されない。
―――――この国が戦争を吹っかけてくれば別だが。
俺としては、俺達の安全のために降りかかる火の粉は振り払う必要があると思っている。
自分たちに危険が迫るようであれば、それが国相手でも戦って見せるだろう。
まあ、俺が出るよりも早くシスティナが決着をつけてしまいそうだが。
この町に展開されている防御結界も、彼女の前では紙切れ同然だろう。
彼女が神器の力を極限まで引き出して魔法を放てば、この町など一瞬で気化してしまう。
彼女の本気を俺自身は見たことは無いのだが、ファイリア曰く『わし自身の身の危機を感じた』らしい。
彼女の魔法は規模が大きいものばかりで、もう何が起こっているのかもわからないような物も有る。
混沌魔法などその代表例で、規模が大きく威力も大きい。
俺が見た初めての混沌魔法は、たった二週間前。
ルーサーの治療のための混沌を生み出すためにシスティナとファイリアが使用した。
彼女たちの混沌魔法は、実に対照的だと言える。
ファイリアの混沌魔法は光が混じっている混沌なのだ。
彼女の持つ能力が光属性に近いからなのだろうが、システィナのものとは全く違う混沌だ。
システィナの持つ混沌魔法は混沌そのものだ。
はたから見れば闇そのもののように見えるのだが、彼女の混沌魔法が空間を飲み込んでいるだけで別に闇属性が混じっているわけではない。
ただ、彼女の魔法が光を飲み込んでいるので闇属性のように見えるだけである。
俺にとっては規模の大きさでは二人とも変わらないようなものなので、危険極まりない。
彼女たちの内、システィナは邪神とも呼ばれて恐れられていた存在だ。
てっきり、俺は邪神というのだから外見もさぞかし恐ろしいのだと思っていたが、こんな美少女だとは思っていなかった。
ただ、その強さは本物だ。
俺が彼女に見限られれば、一瞬で蒸発してしまってもおかしくない。
しかも、彼女に俺の魂はつかまれているのだ。
物理的につかまれているというわけではないのだが、俺は彼女に魂を捧げているような状態だ。
その代わりに、彼女から神器の為の魔力をいただいている。
彼女と契約を交わしているおかげで魂の間でのパスが出来て、俺は彼女から魔力を無制限に吸い取れるというわけだ。
彼女自身の魔力回復の量は圧倒的に多いので、俺がいくら使っても彼女が魔力欠乏症など起こすことは無い。
ただ、彼女にも限界がある上に、一気に渡せる魔力は限界があるので、一瞬で圧倒的な魔力を消費する召喚術などに彼女の力を使うのは出来ない。
「………俺も寝るかな」
俺は荷物の整理を終えて、既に今日やるべきことは無くなってしまった。
もう学院長への挨拶も済ませたし、俺がすることなどない。
実に退屈なものだ。
「………退屈なら、軽くこの学院を見て回りません?」
システィナの提案に、俺は頷いた。
俺の肉体疲労は無いので、精神を休ませながら見て回ることにしよう。
二週間ほどお世話になる学院だ。
今の内に構造を理解しておいて損は無いだろう。
「じゃあ、行くか」
俺はシスティナと一緒に部屋を出ると、そのまま廊下を歩き出した。
確か、学院長から配布された資料にはここの構造も記載されていたはずだ。
この資料には学院のあらゆる施設が載っている。
だから、俺達が移動するには全く困らない。
むしろ、移動が速すぎるぐらいになってしまうだろう。
俺達にとってはその方が都合がいいのだが。
「ここ、修練場か?」
「そのようですね」
ここは修練場だと資料にも記載されている。
寮の近くに修練場があるのはうらやましいことだ。
俺達の学院では、寮から修練場が非常に遠いので、もう移動に気が遠くなるくらいだった。
「入ってみるか」
「はい」
修練場の大扉を俺は片手で開けて、中に入る。
夏休みなのでここには殆ど生徒がいないはずなのだが、入ったとたんに生徒の姿が見えた。
この学院は制服制の学院なので、制服を着ている生徒がいるという事はこの学院の生徒である可能性が非常に高い。
しかも、この学院の制服は結構特徴的なので、識別に困ることは無い。
「あいつら……… 名前は何だっけな」
俺達が見つけた生徒は、俺がこの学院に入ってきた時に襲ってきた生徒だった。
「カールでしったけ」
システィナがドワーフの方を指さして言う。
「………アッ!! お前ら、あの時の!」
「どうしてここにッ!?」
カールが慌てて、近くに居たカリーナの所に近づいていく。
「カール? どうしたの―――――」
「何であなたたちがここに居るのかしら」
「なに、軽い見学だよ」
俺はカリーナの問いに答える。
「見学? もしかして、私たちの戦力を見に来たの?」
「いや、そんな気はないが」
俺は彼女の言葉を否定する。
「取り敢えず、あなたの隣のお嬢さんは強いみたいね。けど、あなたはカールの奇襲を避けただけ」
「あなたの強さをここで見せて頂戴」
そう彼女は俺に言ってくる。
「………私が相手しましょうか?」
システィナがカリーナに言う。
「あなたが強いのはわかっているわ。今、私はそいつと戦いたいの」
「………ユウ君。半殺しにしてもいいでしょう」
システィナが俺に言ってくる。
まあ、半殺しまでするつもりはない。
システィナは俺がけなされたと思って怒っているのか、いつもよりも発言が怖い。
これが彼女の本性なのは知っているが、たまにこのようなことを言われると少し怖く思える。
「………いいだろう。挑発通り、俺が戦ってやろう」




