野営準備
「………妙にあれてるな。昨日はこんなんじゃなかったはずなのに」
クレイグが言った。
彼が指さすのは、昨日の野営地である森の中だ。
確かに、妙にそこだけ謎のくぼみがたくさんできている。
それに、雨も降っていないのに濡れた形跡が所々にある。
「気のせいじゃないか?」
俺はその理由が分からなかった。
ただ、システィナの仕業だという事は直感的にわかってしまった。
彼女が何かをやらかしたのだという事は一瞬で分かったのだが、何をしたのかまでは俺にはわからない。
しかし、何らかの魔法を使ったという事はわかる。
きっと、濡れた形跡は氷魔法が溶けた後なのだ。
「そんなことはどうでも良いじゃない。さっさと先へ進みましょ」
クレアが俺達に言うと、彼女はすぐさま森を抜け出して街道を歩いていく。
「おいおい、待ってくれよクレア」
それを追いかけて、クレイグとアンも歩き出す。
「………それにしても、移動手段がないのは不便だな」
俺はつぶやいた。
この世界に自動車のようなものは存在していないので、移動は馬などの動物を使うことになるのだが、そのような動物すらいないのだ。
ほとんどの移動用動物は国が管理してしまっているので、俺達のような学生は使うことが出来ないのだ。
国が管理している理由は、そもそも移動用の動物の個体数が少ないことに由来する。
魔物などが跋扈しているせいで、動物の数も少なくなっているのだ。
それに、食用の動物である豚や牛なども、魔物を狩ることでまかなえてしまうので、それも作用して個体数が大きく減っているのだ。
「せめて、システィナの転移が使えればな」
彼女の転移は確かに、遠い場所まで飛ばすことのできるものだ。
しかし、転移魔法には大きく魔力を消費する上に、行ったことのない場所には行けないのだ。
正確には、そこまでの道を知っていなければならない。
ただ単に地図を見ただけではなく、そこまでの明細な記憶が必要なのだ。
だからこそ、俺達は転移魔法に頼ることが不可能になってしまっているのだ。
それに、彼女の転移魔法では多人数を一瞬にして飛ばすことは不可能なので、どうしても複数回往復する必要がある。
そのため、彼女の魔力が持たないのだ。
彼女の魔力量をもってしても、人を二人往復させるのがやっとなのだ。
俺たち全員を移動させるなんてことは不可能に等しい。
「ぐずぐず言っていても何も始まらねえよ。さっさと行こうぜ」
俺はクレイグに言われて、そのまま歩き出した。
この一帯は、街道になっていて舗装されている。
そのため、歩きやすいのではあるがいかんせん道のりが長すぎる。
ルトリア王国にある学院まで、俺達の通う学院からかなりの距離がある。
しかも王都にあるため、俺達がたどり着くのもやっとだ。
しかし、帝国の学院のような遠隔地にある生徒もやって来るそうなので、隣の国まで行くだけで済んでしまう俺達の方がまだましか。
「これでどれくらい歩いたんだ?」
クレイグが俺に問う。
「半分くらいですね」
クレイグが俺に言った言葉を、システィナが返した。
「半分……… やっぱ長いな」
ああ、全くだ。
この世界は、移動手段が限られてしまっているから移動がとても大変だ。
俺達のように、金のない一般の市民にはきついものがある。
しかも、俺やシスティナは俊敏性が高いから高速で移動できても、他の三人はそうではない。
他の三人はレベルがそこまで高くないので、どうしても俺達の速さには追い付けないのだ。
「そういえば、どんな生徒が来るんだろうな。俺達、他の学院の生徒とは会ったことがないじゃないか」
クレイグがつぶやいた。
確かに、俺達は他の学院からくる生徒たちの事を全く知らない。
しかし、それはあちらも同じはずだ。
俺達の事を何も知らないのであれば、交流試合で対策されることもないはずだ。
俺達はどのような相手にも対処できるようなバランスのいいチームなので、相手のチームには悩まないはずだ。
「私たちに渡された資料にも何も書かれてないわ………」
クレアがあきれたようにため息をついた。
「全く、この計画は無茶なんじゃないか?」
「学院に金がないのか………?」
いや、そのようなことは無いはずだ。
学院には十分な資金があるはずだ。
移動手段がないのは、また別の理由のはず。
いや、一つだけ学院が金を使っていそうなことがある。
神器の入手だ。
学院長は自力で神器を手に入れて使っていた。
その神器の入手の仮定で莫大に資産を消費していたと考えれば何も問題はない。
しかし、神器に大きな金を使うのは得策ではなかったようだ。
俺達が結局困ってしまっている。
そして、肝心の神器はもう誰の手にも負えないものとなってしまっているのだ。
何故か、学院長の神器は杖型から剣型へと姿を変えていた。
しかも、能力すら復活してしまっている。
既に安定はしているようだが、なぜ一度無力化したはずの神器が復活してしまっているのか。
俺にも、システィナにも、ましてやファイリアにもその理由はわからなかった。
彼女たちでも、神器の仕様に関してはうまく語れないらしい。
彼女たちに語れないような存在である神器だが、その正体も不明だ。
原初の神器の出どころも完全に不明だし、彼女たちと同じように謎だらけの代物である。
「はあ、もう出発してから二日だぜ」
クレイグがつぶやく。
既に俺達が出発してから二日、三日が経とうとしているのだ。
俺達はかなり疲労がたまっている。
早くあちら側に着きたいところだ。
「そういえば、そのルトリア王国ってどんな王国なんだ?」
クレイグのもう一つの質問に、システィナが答える。
「エルトブラスの隣国で、そこまで軍事力も経済力も高水準です。教育には特に力を入れているので、あそこの教育は世界最高峰でしょう」
「なるほどな。学院の交流がそこで行われるのも納得だ」
「ルトリアには王都に学院がありますから。寮で生活するエルトブラスの学院と比べると、毎日家から通えるので大変便利です」
「規模は? その学院の規模はどうなんだ?」
「そこまで大きすぎる訳でもありません。ただ、私たちの学院の二倍はありますね」
「二倍ッ!?」
クレイグが驚いて思わず立ち止まった。
その直後、すぐに再び歩き出して俺達を追いかけてくる。
「はい、二倍です。総生徒数は3000程になります」
「3000人だと………?」
いくら何でもおすぎるな。
学院の規模がありえない程大きくなっていそうだ。
「それに、初等部と中等部も存在しています。分校として存在するそちらも入れれば、生徒数は7000にも上ります」
「うわぁ、そんな奴らを相手にするのかよ………?」
「私たちだけで全員相手にするわけではないですから」
「まあ、そうだよな………」
俺はひとまず安心した。
それはクレイグも同じだったようで、胸をなでおろしている。
「もしかして、あれかしら?」
クレアが遠方に何かを発見したようだ。
「………ルトリア王国との国境ですね。あれを越えればもうすぐです」
「そうか………」
クレイグがひとまずため息をついた。
はるか遠くに見える国境を越えなくてはならないのだ。
今日中に着くことは不可能だろう。
今日も昨日と同じく野営をすることになってしまう。
「じゃあ、今日もよろしく頼んだぞ」
「分かったわ。じゃあ、軽く薪集めをお願いね」
俺はクレアに昨日と同じことを頼んだ。
彼女に頼んだのは、炎魔法で食べ物を調理することだ。
システィナも炎魔法を使うことは出来るが、彼女の魔法では威力が強すぎてまともに調理なんてできない。
彼女の炎では、そもそも鍋が溶けてしまう。
「アンもよろしくな」
「………わかりました」
俺はアンにも声を掛けた。
彼女には、風魔法で調理の手助けを頼んでいる。
彼女の魔法があれば、火力の調整は容易いのだ。
………システィナの火力は調整なんてできるはずもないのだが。
「じゃあ、クレイグ。今日も薪を集めようぜ」
「マジかよ……… 今日も木を切り倒すのか?」
俺達は昨日も木を切り倒していたのだ。
薪を造るために、俺達は木を切り倒して割っていたのだ。
俺の剣が有るので切り倒すのは楽だったのだが、量が多いので作る手間がかかりすぎた。
野営の準備だけで軽く一時間はかかってしまったのだ。
しかも、この世界にテントは存在しないので、俺達は寝袋で寝なければなかった。
そのうえで魔物にも警戒しないといけなかったので、交代で魔物を見張るという事をする羽目になってしまったのだ。
「………日が落ちてきたな」
ついさっき出発して用に感じていたのに、あっという間に日が落ちてきている。
俺達も長い間歩いているものだ。
遠くなことには変わりないが、それでも多少近づいたように見える国境を見つめて俺達は立ち止まった。
そして、手ごろな森を探すと、その中に入っていく。
ここらの街道が近くに森が存在している場所に会ってよかった。
そうでなければ、まともに木を切り倒せなかったところだ。
「クレイグ、薪を集めに行くぞ」
「じゃあ、私たちはここで準備をしているわよ」
俺達はクレアの言葉を受け取ってから、森の中に入っていった。




