ゴブリンの王
この世界での魔法はイメージ次第でどうとでもなることが分かった。
実際、イメージを変えればどのような魔法でも実現できるのだ。
ただ、魔法をイメージによって制御する際にはある弱点がある。
イメージによって効果を制御できても、その威力自体は自分の能力依存であることだ。
威力は自分の魔力に比例しているし、精神力が続かなければ魔法は放てない。
精神力はRPGで言うMPのようなものだ。
つまり、MPの頭文字をとってMind Point、精神値とあらわすこともできる。
大体はMagic POint、魔法値とあらわすが、この世界では精神として扱うらしい。
実際、イメージは自分の精神に依存しているようなものだし、それは正しい解釈なのかもしれない。
ただ、俺のような転移者たちはこぞって精神力が馬鹿みたいに高いらしい。
恐らく、地球の教育環境がイメージ力を育んでいるからだろう。
精神力の値はステータスとしてはあらわされない。
それは、精神力が魂自体が持つ固有のものであり、数値化できるものではないからだとファイリアは言っていた。
彼女は大規模な魔法が魔術と呼ばれていることも教えてくれた。
定義としては、魔法陣や大規模呪文を扱うような魔法を指すらしい。
今の俺では使用できないらしい。
なんでも、俺の魔法力が足りていないからだと言っている。
『考え事は終わりじゃ。ボス部屋の前じゃぞ』
ああ、もう着いてしまったか。
このダンジョンは迷宮のような構造をしてはいるが、実際は普通のダンジョンと本質は変わらない。
そのため、ボス部屋があったり、ボスさえ倒せば簡単に脱出できるのも同じらしい。
『さあ、扉を開けるのじゃ』
分かってる。
ボス部屋の扉は大きい両開きの扉で、デザインこそ違うもすべてのダンジョンに共通することがある。
それは、一度入れば簡単には出れなくなってしまう事。
入った瞬間に扉が閉まってしまい、再び開けるのには多大な労力が必要となる。
逃げようとして慌て、扉を開けようとしたところを攻撃されて死んでしまった冒険者も多いらしい。
俺はボス部屋の扉を押して開けた。
ボス部屋は大体半径20メートルほどの円形をしており、内部の構造はそれぞれ違うものの外周は円の形をしていることは共通している。
このダンジョンのボスはゴブリンであった。
しかし、普通のゴブリンよりもかなり大きく、その大きさは人間をも超えている。
引き締まった体からは、このダンジョンで出くわしたゴブリンを想像することは出来ない。
それほどに強大な存在であることを容姿からして物語っていた。
『奴はゴブリンキングじゃな。ゴブリンの上位種じゃ』
普通のゴブリンとは何が違うんだ?
『それはお主の能力で見れば良いじゃろう』
ああ、そういえばそうだ。
ここの魔物は解析していなかったから忘れていた。
◇ステータス
《ゴブリンキング》
レベル:35
攻撃力:180
防御力:120
俊敏性:200
魔法力:80
◇スキル
棒術:レベル5
◇魔法
風魔法:レベル7
かなりステータスが高い。
ステータスだけで言えば、あのグレーターウルフ・コマンダーにも匹敵する。
それどころか一部のステータスはコマンダーをも凌駕している。
『グレーターウルフ・コマンダーと戦う前哨戦のようなものじゃ。油断するでないぞ』
ああ、わかってる。
まずは相手の出方をうかがう。
ゴブリンキングはこん棒を携えていて、その大きさは下位種の比ではない。
当たればまず骨折は避けられない。
そして、風魔法だ。
俺は魔法を使う相手とは戦ったことが無い。
相手がどのように魔法を使うのかに興味がある。
「グルァ!」
ゴブリンキングの突進だ。
しかも、速く力強い一撃。
リーチが長いこん棒の特徴を活かした攻撃だ。
『後ろに跳ぶのじゃ!』
俺はその言葉に従って後方に向かって地を蹴る。
その直後にさっきまで俺が居た場所を力強いこん棒の一撃が過ぎ去る。
「こりゃあすげえ………」
威力も速度も高レベルな一撃だ。
しかし、避けれないものではない。
避けることこそが攻撃への第一歩だ。
俺は剣を構えなおしてゴブリンキングへと走る。
ゴブリンキングはこん棒を構えて迎撃の姿勢をとる。
上段からの斬り下ろしにゴブリンキングはこん棒を水平にして受けた。
このままいれば俺は跳ね飛ばされる。
それに、俺は今も相手からすさまじい圧力を受けているのだ。
これが風魔法。
こちら側に風を吹かせ、俺の力を軽減すると同時に自らの力を後押ししているのだ。
だからこそ、俺はここで習得したばかりの魔法を使った。
高密度の炎がほとばしるイメージで、剣を持っていない左手をゴブリンキングの頭めがけて突き出す。
ファイリアのアシストによって増幅された炎は俺の左手の先端からあふれ出てゴブリンキングの体表を焦がす。
「今だッ!」
火傷を負って怯んだ隙を俺は見逃さない。
素早く背後に回って横一文字に斬り付け、素早く距離をとる。
「グガァァァ!!!」
「これでもダメか!」
くそっ、奴の生命力は尋常じゃない!
しかし、確実にダメージは与えているようだ。
今のを繰り返せば倒せる可能性は十分にあり得る。
『じゃが、同じ手が二度通用するとは思えぬ』
そう、それが問題なのだ。
今の手はもう見せてしまった。
奴は今以上の警戒をして攻撃をしてくるに違いない。
『そうじゃな。わしが昔使っていた技術を使ってみるかの』
なんだ、それは?
と聞き返そうとした瞬間、俺の剣に異変が起こったのだ。
俺の剣が燃え上がっている。
いや、炎をまとっているといった方が正しいか。
つまりこれは、魔法剣の類であるのだろうか。
『そうじゃ。奴は火が苦手と見た。じゃから火をまとわせたのじゃ』
そうか、その手があったか。
道理で異常な反応を見せていると思ったわけだ。
大したダメージではないのに、かなり動揺した節があった。
俺が奴の方に火をまとった剣を構えると、奴に少し動きがあった。
微妙な動きではあったが、今確かに体が震えたのだ。
やはり、奴は火をこわがっている。
このことに気付くことが出来て幸運だった。
俺は炎をまとった剣を振りかざして突進する。
そのまま地を蹴って飛び上がる。
勢いを殺さずに剣を斜めに切り下ろす。
「グギャア!」
避けることが出来た攻撃のはずだった。
奴にとっては余裕で捌けた攻撃のはずだった。
しかし、奴は炎におびえていた。
それが奴の生死を分けたのだ。
『ふむ、絶命したようじゃな』
意外とあっけなかった。
火が弱点だとわかってからはもう苦戦すらしなくなった。
『そういえばのう、わしな』
どうした?
『かなり昔に、どこかのゴブリンの集落を炎で焼き尽くしたことがあったはずなのじゃ』
へ?
それって、どれくらいの規模の魔法を使ったんだ?
『そうじゃな。小さな恒星をぶつけてやったのじゃ』
は?
つまりそれって…………
いや、そもそも恒星をぶつけたのであればこの世界は焼き尽くされているのではないか?
『なんじゃ、豆粒くらいの奴じゃよ』
恒星を豆粒程度まで圧縮とは………
どれほどの魔力をもってすればそれほどの物を作れるのか。
俺はファイリアの規格外さにあきれながらも、またある一つの可能性を見出した。
あのゴブリンキングは、ファイリアが焼き尽くした集落の生き残りではないのか。
そして、それがトラウマになって炎に恐怖していたのではないか…………?
いや、それが真実であれば俺は彼女に助けられた側の人間だ。
少しは感謝しないとな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ダンジョンを突破した後はすぐにブロガルドへと戻ってきた。
王都に居たらいろいろと厄介なことになりそうだからだ。
白騎士連合と名乗るギルドと戦ったばかりなので、逃げてきた方が都合がいいとファイリアは言っている。
『王都に居れば報復を受ける可能性もあるからの。それに、明日は昇格試験の日じゃ』
ああ、そうだった。
一応自分のステータスを確認しておかないとな。
明日の戦いに備えて今の自分にできることを再確認しなければならない。
◇ステータス
《ユウ》
職業:冒険者
レベル:73
攻撃力:226
防御力:226
俊敏性:226
魔法力:226
◇スキル
魂の解放者
身体能力強化:レベル7 威嚇:レベル8
腐食耐性:レベル5 毒牙:レベル5
毒耐性:レベル5 火炎耐性:レベル7
剣術:レベル5 調合:レベル2
棒術:レベル3
◇魔法
火属性魔法:レベル5 風属性魔法:レベル2
思念制御:レベル2
大きく変わったのは風属性魔法の追加か。
それと棒術の追加。
正直棒は武器としては使わないのであるだけ無駄と言ったところか。
ただ、風属性魔法は有用に使えそうだ。
ゴブリンキングのように防御に転用するもよし、猛烈な嵐だって巻き起こせるだろう。
そうだ、こういうことはファイリアに聞いてみよう。
彼女だったらきっと風魔法も使えていたはずだ。
『うむ、風魔法か』
『わしの時は、空気を圧縮して刃のように使う時もあったのじゃ』
なるほど、空気の刃か。
音もならないし、暗殺者御用達と言った魔法攻撃だな。
『じゃが、あくまで威力は使う人間次第じゃ』
ああ、そうだったな。
今の俺ではファイリアには遠く及ばない。
彼女が力を失っている今でも、大きな力量差が存在しているのだ。
『まあ、今のお主は火属性と風属性しか使えないものの、いつかは全属性使えるようになるじゃろう』
そういえば、魔法の資質について聞いてなかったな。
やっぱりこの世界の人間にはそういうのがあるのか?
『いや、無いのじゃ。向き不向きはあるが、理論上は全属性を全ての人間が使えるのじゃ』
へえ、そうなのか。
でも、今の俺は魔法を敵から奪っているよな。
普通の人間はどう習得しているんだ?
『魔法はその本質を理解することと同義じゃ。その本質を理解した瞬間に魔法は習得される』
『例えば、炎がどういうものであるのかを理解すれば、イメージしやすくなり魔法は発言するのじゃ』
いろいろ複雑なんだな。
しかし、それなら俺でも全て習得できるというわけか。
『理論上、の話じゃ。魔法の一部は理解できぬような高度な概念を利用したものもあるからの』
理解できない概念か。
それって、”時”とか”空間”とかか?
『そうじゃな。ただ、その二つについては魔法ではなくスキルとして習得することが多いようじゃ』
じゃあ、時を止められたりする人間もいるってわけか。
『無論テレポートが出来る人間も居るのじゃ』
やっぱりこの世界は複雑だ。
元居た日本の方が簡単な原理で動いていたように思えるほどに。




