幕開け
―――――選べ。おぬしの運命を。自らの手で。
―――――逃げろ。お前だけは生きて帰れ。あの子を悲しませてやるな。
―――――いつもお前は良い所ばかりを持っていく。だがな、今回ばかりは俺にも格好付けさせてくれ。
―――――本当に、それであなたは良いんですか?
「優一!」
「起きろ、授業中だぞ!」
あれ、俺は………?
まさか、授業中に居眠りしていたのか?
全く、俺としたことが………………
これから気を付けないといけないな。
受験は終わっていても気を抜くのはNGだ。
それにしても、不思議な夢だった。
俺の知らない人達が俺に一言ずつ言葉を投げかけては消えていく。
そして、そのたびに周りの風景も変わっていくのだ。
いや、そんな夢の事はどうでもいい。
今は授業に集中しよう。
―――――俺は優一。
中学三年生。
受験に合格し、安堵真っ最中の男だ。
何一つとして代わり映えのない生活―――――あったとすれば受験ぐらいか―――――を送っている。
何一つとして代わり映えのない人生を歩んで、死ぬはずだ。
現実世界に、魔法だとかそんなものは存在しない。
普通な会社に就職して、老いて死ぬのが普通な時代だ。
小説でよくある異世界だとか、そんなものは存在しない。
俺も普通の人生を歩んで死ぬはずだ。
―――――少なくとも、一日前の俺であれば、そう思っていたはずだ。
◇
どこだ、ここは…………?
昨日は学校から帰った後は宿題をして寝たはずだ。
少なくとも、自分の家から外には出ていない。
それなのに、今俺は見知らぬ場所にいる。
木が青々と茂っている。
「森? ここは、森か?」
周りを見渡す。
俺の知っている場所ではない。
少なくとも、俺の家の周辺では無い。
俺の家の周辺には針葉樹林は無いのだ。
しかし、この木々はとげとげしい枝を鋭く伸ばしている。
一瞬、ここは異世界かと思った。
俺はその手の小説を良く読むが、この状況はそのようなパターンと完全に合致する。
異世界転移のパターンの一つ、「気づいたら知らない所にいる」だ。
寝て起きたら異世界に居た、ってのもありがちだな。
「異世界である可能性は限りなく低い。あくまで小説はフィクションだ」
俺はあくまで冷静さを保とうとする。
パニックになってはだめだ。
パニックになってしまっては全てが破綻してしまう。
ここが異世界である可能性は頭の隅にとどめておくことにしよう。
そういえば、俺の服装は…………?
「制服…………?」
一瞬俺の頭が処理落ちしそうになったが、昨日は制服のまま眠っていたことを思い出す。
昨日は着替えるのが面倒なほど眠くて風呂にも入らずに寝てしまったのだ。
しかし、それでは今俺が靴を履いていることが証明できない。
俺は寝るときに靴を履くような人間ではない。
しかし、俺は現に運動靴を履いている。
それにしても、これは一体どういう状況だ?
普通の小説とかであれば、ここらへんで説明役とかが出てきてもおかしくはない。
それで、何か助言をくれたりするのもお決まりだ。
まあそれは、ここが異世界であることが前提の展開だが。
「とりあえず、森を抜けてみるか…………」
危険なことであるのは分かっていた。
しかし、そうしなければ何も進まないと本能的に感じたのだ。
俺は、とりあえず一方向へと進むことにした。
幸い、迷いやすい形の森ではない。
いつかは森を抜けられるはずだ。
いや、抜けられないと困る。
◇
どれぐらい歩いたかも忘れてしまった。
ひたすら同じ方向に歩き続け、俺はようやくあるものにたどり着いた。
獣道である。
不自然に木が切り倒され、そこには簡単な道が作られていたのだ。
「やった…………!!」
「この先に進めば…………!!」
俺は喜びのあまり駆け出した。
そして、数分後俺は見ることとなった。
「な、なんじゃあこりゃあ!!」
俺の目の前には巨大な門がそびえていた。
その門は開いていて、その向こうには町が広がっている。
俺は町にたどり着いたのだ。
どこかもわからない町だったが、たどり着けないよりはましだ。
俺は疲れた体を休めながら歩いて門をくぐろうとした。
その瞬間、俺に声を掛けた者がいた。
「えっと……… 旅の方ですか?」
「え? まあ、そうだけど…………」
俺に声を掛けてきたのは、門の近くにいた男だった。
検問のようである。
その男は中世ヨーロッパの甲冑のような物を着ていた。
俺は思った。
これは本物の異世界なのではないかと。
地球のどこにこんな鎧を着こんだ奴がいる。
世界中をさがしてもいないだろう。
いたとしてもそいつはただのコスプレイヤーかなにかだ。
しかし、この男の鎧はコスプレの類の出来ではなかった。
丁寧に磨かれ、その輝きは本物の鉄のもの。
プラスチックなんて使われているようにも見えず、それは中世の鎧そのもの。
明らかに、本物だったのだ。
「見慣れない服装でしたので、声を掛けさせていただきました。旅の方であれば問題はありません」
「あ、ああ…………」
俺は適当に答えて町の中に入っていった。
それにしても、学ランを見慣れない服装って…………
日本以外では馴染みがないかもしれないけど、今の男は流暢な日本語を話した。
学ランを知らないはずがない。
日本人であれば中学校の制服としてほとんどの人間が知っているはずだ。
異世界説がいよいよ現実味を帯びてきた。
「とりあえず、情報収集か…………」
見たところこの辺りは街道のようであった。
店が所狭しと並んでいる。
結構人の数も多いようだ。
ただ、やはりこの人たちもコスプレの如き服装だ。
ファンタジーっぽい、ローブとか鎧とかいろいろ。
制服を着ている俺が逆に浮いてしまうくらいの異様な光景であった。
日本ではまず見られない。外国に行っても見られないだろう。
「さて、そこら辺の店にでも入るかな」
俺は一番近い店に入った。
その瞬間、俺は息を呑んだ。
店内は武器が大量に置かれていたからである。
剣に盾、斧に槍に弓に…………
武器と言えるものの大半はそろっていた。
日本の法律上武器は所持できないはずだ。
レプリカではない。
この輝きは本物の武器。
砥石で磨かれ切れ味を保たれた武器の姿だ。
明らかにおかしい。
ここが地球でも日本でもないとしたら、ここは異世界なのだろうか?
結構広い店内をゆっくりと歩く。
そして俺は、一つの武器を見つけるのだ。
ただでさえ異質な店の中に、ひと際異質な物がある。
黒く艶のあるそれ。
俺達日本国民のほとんどから全く縁が無いもの。
「じゅ、銃…………!?」
それは銃であった。
詳しく言えば、リボルバーと呼ばれる種別の拳銃だ。
その形状は「ナガンM1895」と呼ばれるソビエト時代の実銃と酷似していたのだが、俺はそれに気づくことはなかった。
そして、これを見たことで俺の中の仮定は確信となった。
ここは異世界である。
そのことは、この銃が店にあることからも明らかだ。
銃が平然と店に並ぶ国など存在しないはずだ。
確か、アメリカとかでもかなり厳重な防護の上で販売されているはず。
俺が銃に見入っていると、俺は店員と思しき男から声を掛けられた。
「お客さん、その道具は使い方が分からないんですよ。旅人が売ってきたものでしてね、私らにはこいつは扱えないんです」
「使い方、ね」
俺は少し想起した。
俺は銃の知識が少しはある。
特にリボルバーであれば使い方は暗記している。
「もしかしてお客さん、そいつの使い方が分かっていらしたりします?」
図星だ。
「ああ、わかるぞ。まずここをだな…………」
俺は店員に使い方を少しずつ教えた。
リボルバーの扱いは比較的簡単なので、教えること自体は数分で終わった。
「ありがとうございます…………!!」
「これで、店長に叱られることもない!」
この人も苦労しているんだな。
俺がそう思っていると、彼は俺に声を掛けた。
「少しお礼がしたいので、こちらの部屋に来ていただけますか?」
「ああ」
俺は言われるままに店の奥に入っていく。
「で、お礼なんですけど」
俺は少しわくわくした。
異世界の物を見てみたかったのだ。
おそらく、物品か何かを俺にくれるのであろう。
「これです」
そう彼が言った瞬間、俺の思考はストップしてしまった。
彼の持っているリボルバーが俺の方を向いている。
「おい、一体…………!!」
次の瞬間、銃撃音が響いた。
同時に、俺の足に鈍い痛みが走る。
そしてそれは数秒後に鋭い痛みに変わる。
「ウッ!!」
「なるほど、確かに威力は高いな」
店員の男がそう言っている。
「とりあえずこいつは始末しないとな。こんな強力な武器の情報を知っていられたら困る」
「ああそうだ、スラム街にでも捨てればいいか。あそこにはろくに食料が無いからな。勝手に野垂れ死にしてくれるだろう」
くそっ、なんてザマだ…………!!
俺が甘かった!
ここが異世界である以上何が起こるのかわからないのだ!
俺は悔しさに歯を噛みしめた。
予想以上の出血によって体が冷えてくる。
駄目だ、もう耐えられない…………
「あれ、こいつ気絶しちゃったよ。まあいいや、スラム街に捨てるか」
◇
「うっ、ここは…………?」
そうだ、俺はあの店員にリボルバーで撃たれて、スラム街に捨てられた…………
「足の傷は…………」
駄目だ、今も出血している。
見れば、地面には血だまりが出来ている。
確か人間は自分の血を何十パーセントか失うと死ぬんだっけ。
俺がそんなことを考えているうちに、どんどんと傷口からは血が出て行っている。
少しずつ感覚がなくなっているのを感じる。
恐らく、俺はもう死んでしまうだろう。
思えば、短い人生だった。
俺の父さんとか母さんは俺の三倍は生きているだろう。
たった15年で、しかもこんな意味不明な死に方をするのか。
出来れば、死にたくない。
しかし、もうすでに助からないことは明白だ。
いや、しかし_____
俺は生きたい。
だが、もう手遅れなのだ。
不思議な感覚だ。
人間とは死ぬ前にはこんなに意識が澄んでいるのか。
死神が自らの死にざまを目に焼き付けさせようとしているのか。
いっそ、もう殺せ。
次の瞬間、俺は意識を再び手放した。
◇
死んだと思っていた。
しかし、俺はまだ意識を保っていた。
何もない、真っ白な空間で。
俺の体もなく、あるのは俺の意識だけだった。
どれくらいの広さかもわからない。
すぐ近くに壁があるようにも感じるし、遠くにあるようにも感じられる。
ここが「天国」って奴なのか?
『違うぞ』
ああ、違うんだな。
……………………!?
『驚くでない、少年よ』
何だ、この声は…………?
少しノイズが乗っているが、この声は女の声だ。
ちょうど18歳くらいの声に感じる。
若々しい声だ。
『流石じゃあの、この状況でも冷静じゃ』
いや、内心はすごい焦っている。
俺は死んだはずだ。
なのにこんな所にいる。異世界に飛ばされただけでも驚きが抑えられないのに、こんなことが続いていたらもう驚けなくなってくる。
少し遅めのラノベあるある展開が俺にも来てくれたようだ。
少しは感謝するべきだな。
『先に言っておくが、お主は死んでなどおらぬ』
どういうことだ?
あの出血で生きていられる筈がない。
とっくに死んでいるはずだ。
『この空間に来た時に、お主の体の事象は全て停止しておる。ここでいくら時を過ごしたとしてもお主は死なん』
少し安心した。
つまり、精神だけがここにあるという事か。
それにしても、あんたは一体誰だ?
こんなことが出来るなんて、人間なのか?
『質問は一つにするのじゃ』
あ、ああ。
すまない。
『まあ、そんなことは関係ない』
『さて、わしの事か_____』
『わしは”失敗作”とも言える存在じゃよ。愚かなる主は、自らの力をもって”原初の人”を作りだそうとし、結果として生まれたのはただの失敗作…………』
『もう昔の事じゃ。誰も覚えてはおらん』
失敗作、ね。
意味が分からない単語だが、何かが劣っているのだろう。
失敗作でもこんなことが出来るものなのか?
『わしの力をもってすれば人の精神を自らの空間に引き込むことは容易い。それに―――――』
『わしが失敗作たる由縁は、”別のモノ”を作ってしまったから………… いや、お主は知る必要はない。それに、いつか知る時も来よう』
少し複雑な感じがするな…………
そういえば、俺をここに呼んだのはどうしてだ?
『ああ、それはのう…………』
『お主、生きる覚悟はあるか?』
生きる覚悟?
俺は………… 生きたい。
その為なら、なんだってする。
こんなところで死んでたまるか。
覚悟はもうできているんだ。
『それでこそ、じゃ。では、一番簡単な方法を教えよう』
それは…………
生きる方法という事か?
『そう、それはわしと”契約”を結ぶことじゃ』
契約…………
それをすれば、俺は生きれるのか?
大量出血の状態から?
『契約の際、わしの魔力がお主に注ぎ込まれる』
『その魔力によって、お主の怪我は完治し、そして能力を得る』
傷の完治、そして能力。
喉から手が出るほど欲しいものだ。
能力が何なのかは分からないが、この世界で生きていくには足りるだろう。
『しかし、膨大な魔力によってお主の体が崩壊する可能性もある』
『もしそうなれば、普通に死ぬよりも惨い苦悶が待っているぞ』
普通に死ぬよりも惨い苦悶、か。
『このまま死ぬか、それとも契約に挑戦するか』
『選べ。おぬしの運命を。自らの手で』
ああ、俺は勿論。
契約に挑戦する!
『良く言おった!』
『お主には覚悟が出来ているようじゃな』
ああ、死ぬよりかは一か八か挑戦する方を選ぶぜ!
『うむ、その意気じゃ…………』
『では契約を開始するからの』
『耐えて見せよ、未来の我が契約者よ!』
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