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9 誓い

「カップラーメンとサバ缶とイワシ缶になっちゃったけど……」

「(美味しそ~! いただきます!)」


 インスタントのオンパレードでも、初音は美味しそうと言ってくれた。

 異世界で豆と野菜スープばっかり食べさせられていたし、こっちに戻ってきてからかなり時間が経っていたのでお腹がペコペコだったのだろう。



――ズルズルズル。



「(美味しー! ね?)」

「うん。本当に美味しいね」


 確かにめっちゃ美味しい。

 たとえインスタントでも、異世界の味気ない料理と比べたら天と地の差だった。

 食事を終えると外はもう暗くなってしまった。

 お皿に乗せたロウソクを灯り代わりにする。


「(楽しいねー!)」


 不謹慎かもしれないけど、正直楽しい。

 異世界から帰らされる際、初音がドジしたフリをして一緒に来てくれてよかった。

 そのせいでゾンビになっちゃったけど……必ず人間に戻すぞ。

 ただ、その前に生活をもう少し便利にして、家族や知り合いを探さないと。

 今日のインスタント味噌ラーメンは美味しかったが、毎日こんな食事というわけにはいかないだろう。

 大きなスーパーに行けば、カセットコンロや電池式の電灯もあるかもしれない。


「ロウソクもいくらでもあるわけじゃないし、寝ようか」

「(うん)」


 電気がないとなれば、太陽が登ったら起き、沈んだら寝るのが一日の使い方として効率的だ。

 幸い目覚まし時計は電池式だから動いている。今は午後7時20分。夜明けは……。


「夜明けって何時だと思う?」

「(わかんない)」

「うーん。睡眠時間を8時間とっても3時半か。まあいいや、朝の5時にしよう」


 二人で歯を磨いてペットボトルのお茶で口をゆすぐ。

 お風呂にも入りたいけどすぐには難しい。


「よし、寝よう」

「(うん)」


 一階のキッチンから二階に移動する。

 僕の部屋と妹の部屋があった。


「僕は自分の部屋で寝るから、初音は妹の部屋で寝る?」

「(ヤダ。一緒に寝る)」


 質問をすると本当のことを言わせてしまうことになるから必要な時以外はしないようにしていたのに、ついしてしまった。

 案の定、悲しそうな顔をされる。

 僕は優しく初音の頭を撫でる。


「わかった。一緒に寝ようか。でも初音は、先に妹の部屋で寝間着に着替えような」

「(うん! うん!)」


 初音は嬉しそうだ。

 妹の部屋で初音が妹の寝間着に着替えるのを待つ。

 着替え終わって部屋を移動する。

 僕の部屋をロウソクの灯で中を照らす。

 寝る場所……ベッドしか無いよな。

 良いのかという意味で初音の顔を見る。意味が通じたのか通じないのか、嬉しそうに微笑まれた。


「初音、先にベッドに入って」

「(うん……)」


 初音がベッドに入ってから、僕も寝巻き代わりのジャージに着替える。

 それから下半身だけベッドに入れてロウソクの灯を吹き消した。

 上半身もベッドに入れ、なるだけ端に入って初音の身体に触れないようにした。


「あ……」


 けれどすぐに腕を掴まれて引き寄せられた。


「(そんな端っこじゃ寝にくいよ)」

「うん」


 電気が無くなればもちろん街に電灯が無くなる。

 つまり真っ暗になる……ということもないらしい。

 慣れると窓からの月明かりで部屋内が見えるようになる。

 初音が横になって僕を見ていることに気がついた。


「まだ寝ないの?」

「(ごめんね。私ドジでゾンビなっちゃって……)」


 後悔してもしきれない。

 僕が鈍感だったせいもあると言おうとした時だった。

 顔を初音の胸に引き寄せられる。

 ふかふかとした優しい感触に包まれた。


「(でも私はアキラが一緒にいてくれて嬉しいからゾンビになってもよかったもっ! ふふふ)」


 初音が笑いながらさらに僕に胸を押し付けてくる。

 長身とスタイルに目が行っちゃうけど胸も相当大きいんだな。

 いつの間にか寝てしまった。


◆◆◆


 翌朝。僕は初音の家に向かう準備を整えた。

 初音のおじさんとおばさんの安否を確かめるためだ。

「じゃあ、もし僕の父さんと妹が帰ってきたら僕の部屋のクローゼットに隠れてね。ゾンビと間違われたら大変だから」

「(うん。ゾンビだけどね)」

「日が暮れる前までにはなにがあっても必ず帰ってくるから」

「(いってらっしゃい。パパとママをよろしく)」


 学校はともかく、初音の家のおじさんとおばさんは初音のお父さんとお母さんだ。

 連れて行こうかと思ったが、ゾンビになってしまった初音を見ればおじさんとおばさんが悲しむだろう。

 やはり僕の家で待っていてもらうことにした。

 初音の家は近いが、道路はゾンビだらけになっている。


「ネクロマンサーの僕はよほどのことがない限り大丈夫だけど……」


 もし、なにかで僕が死んでしまったら初音は本物のゾンビになって血と骨が塵になるまで彷徨うことになる。


「絶対に死ねないぞ」


 慎重に歩みを進めた。初音の家のすぐ近くまで来る。

 家の前にはパトカーが止まっていた。

 嫌な予感しかしない。

 家のドアを開ける。

 昔よくお邪魔させてもらった思い出の玄関は血だらけになっていた。


「くそっ! いや、まだ諦めちゃダメだ……おじさーん。おばさーん」


 返事はない。だが。



――ガチャガチャ、ガチャガチャ



 ガチャガチャという金属音が奥から聞える。

 誰かいる……それなのに返事はない。

 一体どういうことだ?

 僕は今までにない緊張感を持って靴のまま初音に家に上がらせてもらった。

 家の中は街中で慣れきってしまった腐臭と血の匂いの他にもなにかわからない薬品のような匂いまでしている。

 危険も感じるが、おじさんとおばさんは何としても助けたい。


「確かここが居間のドア……」


 僕がノブを回して少しだけドアを開けるとガチャガチャと音がなってノブが振動する。


「うわっ」


 ドアが段々と開いていくとそこに立っていたのは大分年を取っていたが、おじさんだった。

 奥は制服を来た警官が倒れている。


「は、初音のおじさん……」

「初音? あ、あぁ……君は昔よくうちの家に遊びに来ていたアキラくんかい?」


 おじさんが〝以前の〟優しそうな顔になる。


「そ、そうです。アキラです。初音に頼まれておじさんとおばさんの安否を確かめに……」

「ぶ、無事なのか? 初音は?」


 主語がないけど間違いなく初音は無事なのかという意味だろう。

 嘘に心を痛めながらも心配をさせまいと、僕は笑顔を作った。


「大丈夫ですよ。安全な場所にいます」

「安全な場所?」


 おじさんは安全な場所などあるのかと思っているのかもしれない。


「え? えっと……自衛隊の基地です。他にも避難した人がたくさんいますから」

「おぉおぉ。よかった。本当によかった」


 おじさんの目から涙が溢れる。


「おばさんは?」

「居間の奥だよ」


 僕はドア付近に〝立たざるを得なかった〟おじさんを通り越して居間に入る。

 ドア付近からは見えない死角におばさんが倒れていた。


「家内はゾンビになってしまって暴れてね。110番をしたら警官に来て、ピストルで撃ち殺された。でも警察の人も噛まれてゾンビになってしまったから私が撃った」


 おじさんの足元には拳銃が転がっていた。

 なんてことだ……おばさんまで……。

 おじさんの手首は僕が回したドアノブと反対側のドアノブに手錠で繋がれていた。


「私も噛まれてしまったんだ。でも娘が帰ってくるかもしれないと思うと死ねなくてね。ゾンビになって娘を襲わないように自分に手錠した」


 それがガチャガチャ音の原因か。

 おじさんも……。


「でも、アキラくんが娘と一緒に居てくれているならもう安心だ」

「安心?」

「初音はいつも食卓で君の話をしているよ。親として娘の気持ちはわかっているつもりだ。娘を守ってやってくれ」


 おじさんは僕に初音を……。


「は、はい……」

「もう一つ頼みたい。私がゾンビになる前に……殺してくれないかな」

「え……?」


 ゾンビになる前に?

 お、おじさんは気がついてないのか。

 自分が既に完全なゾンビになってしまっていることに。


「あ”~う”~(私も家内も、ゾンビになったことを娘に知られたくない)」


 おじさんはゾンビになっても初音のために理性と知能を失わなかったのだ。

 ゾンビはウィルスなどではなく呪いのため、他人を思うような心で満たされていれば、理屈では症状の進行の遅れが見られてもおかしくはない。

 だが、経過しただろう時間を考えれば、奇跡の精神力だ。

 きっと初音への思いの強さだろう。


「あ”~う”~(家に灯油を撒いてある。マッチはサイドボードの上だ)」


 薬品のような匂いは灯油だったのか。


「で、でも」

「(頼む。今にもゾンビになってしまいそうなんだ。君を襲ってしまうかもしれない。娘を襲ってしまうかもしれない」

「くそっ!」


 僕はソファーのサイドボードにあったマッチを取った。


「(すまない。ありがとう。数発弾も残っているから拳銃も持っていくといいだろう)」


 僕は拳銃を拾い上げてから、おじさんに頭を下げて最後の挨拶をする。


「(子供の頃の初音は可愛かったなぁ……)」


 おじさんのそんな呟きを聞きながら玄関に行く。

 今更ながら玄関が血痕だけでなく灯油で濡れて光っていることに気がついた。

 僕は外に出てから火のついたマッチを静かに玄関に投げた。

 ふわっと火が広がっていく。


「おじさん」


 すぐに燃え上がる家を道路から眺める。


「嘘をついてすいませんっ! 初音を守れませんでしたっ!」


 涙がこぼれ出そうになるのを耐える。

 だけど〝俺〟はもう泣かない。


「でも必ず! なにがあっても、なにをしても、初音を人間に戻します!」


 そして初音と大切な人を今度こそ守るんだ。

 そう、おじさんに誓った。

 燃え盛る初音の家を背にして、僕は歩き出した。

第一章終了です。

次回からは主人公の一人称は俺に変わりましたが、またほのぼのゾンビの予定です。

ここまでの感想や評価・ブクマ等ございますと励みになります。よろしくお願いします。



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