6 さようならネクロマンサー
「わ~、結衣ちゃんのお洋服は可愛いの一杯あるねえ」
「う、うん」
初音がクローゼットをガサガサと物色している。
結構かかるな。なにをしているのか確認したいけど初音のことだ。
振り向いたら下半身マッパでトゥラブルゥが起きてもおかしくない。
清田に悪いから我慢して待とう。
――十数分後。
「お待たせ」
「ちょっと、どんだけかかるんだよ……え?」
初音のそこそこ身長もあってスタイルがいい。でも着替える前の服装はどちらかというと地味めで着替える前も膝丈ぐらいのスカートだった。
一方、妹は可愛い服装を好む。つるぺったんの子供のような体型でおパンツが丸出しになるようなミニを履いていたりする。
そして今、初音はその妹のような可愛らしい服装をしていた。丸出しにはなってないけれどミニだ。そしてニーソ。完璧だった。
「えっ、てなに?」
「べ、別に……」
「言いたい事があるならハッキリ言ってよ……やっぱり似合ってない?」
似合っていないなんてとんでもない。
子供体型の妹が着たら可愛らしいが、初音はそれ以上。
超可愛らしかった。太ももが眩しい。
「い、いや……凄く似合っているよ」
「え、ホント!?」
初音は凄く嬉しそうな顔をする。
清田が褒めたらもっと嬉しそうな顔をするのかな。しかし……。
「けどさ。ちょっとゾンビにミニは脆くないかな?」
「大丈夫だよ……ニーソ履いてるし」
う、うーん。そんな薄いナイロン生地でゾンビの歯から肌を守れるだろうか? 噛まれる事を想定するならばもっと厚手の服が望ましいところだが。
まあ、ネクロマンサーの絶対領域にいれば平気か。
「着替えたなら早く初音の家に行こう」
「うん」
二人で僕の家を出て鍵を締める。
初音はまた僕に腕を絡めてきた。
まるで、これからデートにでも行くような様子だ。
まったくコイツは清田が居ない時にこんなことをしてどうするんだ。
街はゾンビだらけで遠くからは時折悲鳴が聞えるというのに、初音はなんだか楽しそうに見える。
「でも、結衣ちゃん心配だね」
「ああ、学校にも行くしかないな」
「うん。でもきっと、結衣ちゃんならすばしっこいし大丈夫だよ」
結衣は近くの女子中学校に通っている。
そこに隠れている可能に賭けたい。
「初音のおじさんとおばさんも無事だと良いね」
「うん。パパとママなら絶対大丈夫だよ」
「おじさんとおばさんに会うのも久しぶりだなあ。小学校の六年生以来かな?」
「アキラ、小学校の時はよく私の家に遊びに来たのに。中学生になってからどうして来てくれないの?」
「そりゃ、中学にもなって男が女の子の家に遊びに行ったら迷惑だろ?」
「そんなことないよ。またスモモ鉄一緒にやろうよ」
スモモ鉄ねえ。昔、初音とよく一緒にやったゲームだ。
でも初音ぐらい可愛ければ、普通は男子と付き合って自分の部屋でキスとかしちゃうんじゃないだろうか?
いや高校生なんだからそれ以上をやっていてもおかしくないだろう。
「な、なあ」
「ん? なに?」
「初音って、男子からの告白をずっと断ってたって本当?」
「あ、うーん……まあね」
初音はどこか誤魔化すように言った。
「一度も付き合ったことないの?」
「ないよっ。悪いの?」
「い、いや、全然悪くないよ」
噂は事実だったのか。
昔、僕が行った家で、初音が誰かとチューをしていた、なんてこともないんだな。
「アキラは? アキラは誰かと付き合ったことないの?」
「僕がモテると思う?」
「本当? 少しだけ誰かと付き合っていたとかない?」
「ないよ」
「そ、そうなんだ。意外」
初音はなぜかちょっぴり嬉しそうだ。
「なんで意外なのさ」
「だってアキラ、クラスの女の子に結構人気だよ?」
「まさか」
女の子から話しかけられるのなんか「ノートを見せてくれ」とか「係り」を任せたいとかそんなんばっかりだぞ。
まあ僕の話はどうでも良い。
「でも清田とは付き合うんだよな?」
「え? どうして?」
僕の足取りが目の前を歩くゾンビのように重くなる。
「だって初音は……清田のことが好きだろ?」
「え……? いや、違うよ」
否定してもわかる。
一度も男と付き合ったことのない初音が、どうしてもデートに行きたいから僕も一緒に付いてきてくれと頼むほどだ。
「清田くんは、何度も遊びに行こうと誘ってくれたから……」
初音が口をとがらせて必死に否定する。
バレバレの嘘をついてまで否定しなくてもいいのに。
「初音が清田を好きでも帰ってくるまで」
「だから違うって」
「僕が命がけで初音を守るよ」
「ど、どうして私を……そこまで?」
賢者である初音を守る理由はある。
賢者は経験を積めば最終的に僧侶の神聖魔法まで覚えるのだ。ゾンビの魂を天に召す魔法を覚える……かもしれない。地球ではどうなのかはわからないけど。
でも初音を守るのはそれ以上に。
「僕が……初音のことを……好きだからさ……」
言っちまった……。
初音が目を丸くして固まる。
腕を掴まれている僕も歩みを止めるしかない。
無数のゾンビがノロノロと歩いていた。
あ。赤ちゃんゾンビもハイハイしてる。
「冗談でしょ? ホントなの?」
「まあでも、初音は清田と付き合うんだろ。その前に変なこと言ってごめんな」
目を丸くしていた初音が急にニヘラと笑う。
「も~そうだよ~清田くんと付き合うのに変な冗談を言わないでよ~」
はー、わずかながらに一発逆転があるかもと思って、勢いで言ったけどやっぱり清田と付き合うのか。
落ち込んで少しだけ下を向いた瞬間だった。
「やだ~アキラったらびっくりさせてっ! えい!」
初音は恥ずかしくなったのか、組んでいる腕を離して僕を突き押したのだ。
僕は五、六歩、後退してしまう。
「バ、バカッ!」
「えっ? あっ」
刹那、道路を歩いていたゾンビ達が初音のほうを振り向く。
そして襲いかかった。
間に合え!!!
後ろ足に力を入れて初音に駆け寄る。
一番、初音に近かかった若者ゾンビを突き飛ばして初音の肩を両手で掴んだ。
「き、気をつけろ!」
「う、うん。でも、もう遅いかも」
「はあ? お前って本当にドジだよな」
「うん……ドジだよね……私ってドジ過ぎるよ……せっかくアキラが本心を教えてくれたのに……」
そう言って初音が目からハラハラと涙を流す。
「えええ? なにも泣くことはないだろ?」
慌てた僕に、初音は下を向き、自分の太ももを指差した。
「え……? おい……まさか……そんな……」
初音のミニとニーソの間のまばゆい肌には小さな歯型がついて血が滲んでいた。
ネクロマンサーの絶対領域を避けるためか赤ちゃんゾンビがハイハイして遠ざかっていく。
時間が断つとゾンビは足が早くなったりする。赤ちゃんのゾンビのハイハイは黒い虫のような早さだった。
そして赤ちゃんゾンビからは血の跡が点々と初音の足元まで続いていた。
「嘘だろ……マジかよ……」
「私、ゾンビになっちゃうんだね」
「う、うわあああああああああああああああああああ!」
無意識に叫んでしまう。
初音がゾンビになってしまうなんて。
「聞いて! アキラ! アキラ!」
初音の必死の声に少しだけ我を取り戻す。
その声があまりに必死だったからかもしれない。
一体なにを伝えようというのか。家族のことだろうか。清田のことだろうか。
「さっきは恥ずかしくて清田くんと付き合うなんて言っちゃったけど……あれは嘘なの……」
「は、はい? 嘘?」
嘘って言ったって。
「初音は清田が好きだろ。皆噂してるぞ。お似合いのカップルだって」
「好きじゃないよ。皆が言ってるだけじゃない」
「で、でも仲いいし、実際デートに行ったから異世界召喚に巻き込まれたんじゃないか?」
「確かに仲はいいけど、別に好きってわけじゃないよ。私は他の人とデートをしたかったの。その人が私の……好きな人……」
他の人とデートをしたかった?
「意味わかんねえよ……そいつに何かを伝えればいいのか?」
「も、もう! 清田くんとのデートに一緒に誘った人だよ」
え? まさか。
「それって……でも初音は「私は異世界で清田くんと一緒に」って言ってたじゃないか……あっ……」
もしかして断れる状況じゃなかったからなのか。
「うん。アキラが日本に逆召喚される時に触れれば、一緒に帰れるかと思ったの……」
「ひょっとしてデートコースにゲームセンターを選んだのも?」
「うん。アキラが喜んでくれると思って……」
「公園で帰るのを引き止めたのも?」
「ごめん。そのせいで召喚されてネクロマンサーになっちゃったね……」
僕と自然に手を組んだのも、女子トイレの個室に入れても大丈夫だったのも、妹のクローゼットから普段は着ないような可愛らしい服を着たのも。
「ドジは……僕じゃないか……」
「ち、違うよ。私が……あ”~……押したからじゃない……」
僕は地面に手をついてしまった。
初音がしゃがんで僕に笑いかける。
「アキラのことずっとずっと……う”~……好きだったよ」
初音の言葉にゾンビ語が混じりはじめる。
「小学生、うんん……あ”~……多分幼稚園の時から」
気持ちは同じだったという代わりに目一杯、初音を抱きしめる。
いや初音が僕を抱きしめているのだろうか。
僕が初音を抱きしめているのだろうか。
「アキラとファーストキスしたかったな…… あ”~う”~……でもアキラまでゾンビになっちゃうから……もう無理だね……」
「かまわないよ」
「ダメ。……あ”~……おじさんも結衣ちゃんも……う”~……いるでしょ」
キスしようとしたら胸を押されて拒否される。
「ゾンビになったら……あ”~……アキラのことも……う”~……私、わかんなくなっちゃうんだよね?」
初音は異世界である程度のゾンビ知識は持っているのだろう。嘘はつけない。
「うん。一度、少しだけ気を失って。起き上がった時には……」
「あ”~う”~(ゾンビになったらアキラが私を殺して)あ”~う”~(アキラのことがわからないで襲ってしまうモンスターになんかなりたくないから)」
初音がだんだん目を閉じていく。
「初音! おい! 待て!」
「あ”~う”~あ”~う”~(好きって言ってくれてありがとう。さよならアキラ)」
初音がゾンビになってしまう。
なんとかならないのか。でも噛まれてしまったらどうにもならないのだ。
「だけど……だけど……初音を殺すなんてできるかよっ!」
いや、待て。たった一つ、成功するかもわからないけれど方法があるぞ。