5 とりあえず僕の家へ
「ともかく、ずっとトイレに隠れているわけにはいかないよね。僕はネクロマンサーだからゾンビだらけの街でも移動できるから、とりあえず家に帰ろうか」
「そうね。お母さんとお父さんも心配だし」
そうだ。初音にも僕にも家族がいる。
も、もしやゾンビになっていないだろうな。
「僕もあまりの事態に家族のことを忘れてたよ」
中学生の妹、結衣の笑顔を思い出す。
「クラスの皆も……」
初音が心配そうに呟く。
さすが、学校の人気者で優しい初音らしい。
「よし、皆の無事を確認しよう」
「じゃあまずは公園から一番近いアキラの家ね」
「え? 先に初音の家に行かなくて良いの? 僕の家は近いけど、親父と妹だけだし」
初音が狭いトイレ個室で叫ぶ。
「なに言ってるのっ! おじさんも結衣ちゃんもきっと助けを求めてるよ。それに、移動できるのはアキラの能力なんだから」
「うーん。父さんは大丈夫そうな気がするけど……でもわかったよ」
結衣のことはなんだかんだで心配だ。
「うんうん。じゃあ近い順にアキラの家、次に私の家を見て、次に学校の順番かな」
「わかった。それじゃあ急ごう」
僕と初音はネクロマンサーの安全地帯、半径2mから出ないために腕を組んで女子トイレから出た。
まず目指すは僕の家だ。
トイレを出ると公園には、いつの間にか数体のゾンビが徘徊していた。
「あ”~う”~あ”~う”~」
命の危険があれば逃げるのに必死になるかもしれないけど、安全に歩けるとなるとどこか余裕がある。
「ゾ、ゾンビさんはなんておっしゃってるの?」
「肉~人肉~っておっしゃってるよ」
二人で怯えながら公園を歩く。
腕がちぎれかけた少年。顔の皮膚ごと目をえぐられたサラリーマン。おそらく全て噛み傷だろう。
パジャマを着た色っぽいお姉さんもいた。お約束だな。
寝てるところを噛まれたのだろう。あるいはこの姿で逃げざるを得なかったのかも。
灰色の肌が逆に色っぽい。
すると、急に視界が暗くなった。
「な、なんだ?」
「見ちゃダメ」
どうやら後ろから初音にだーれだっをやられたらしい。
こんな状況じゃなければ楽しいけど、あいにく今は世紀末真っ最中だ。
やっと視界が戻った。
「危ないじゃないか!」
「もうっ! アキラのエッチ!」
ゾンビを見て楽しんだって良いじゃないか別に。
でも、ゾンビがいるから、初音は今はこうやって僕にくっついているけど……彼女は清田が好きだろうしな。
ちょっと切ない気持ちでそんなことを考えながら公園を横切る。
道路には公園と違ってそこら中にゾンビが徘徊していた。
初音が一人のゾンビを指差す。
「このゾンビ。さっきおじさんゾンビに首を齧られた女の人じゃない?」
「ホントだ」
OL風の女性ゾンビは悲しげな声を出した。
「あ”~う”~あ”~う”~(うううううう。私ゾンビになっちゃったよ~)」
肉〜以外の意味のある言葉を話していた。
「この人! ちゃんとした言葉を話している!」
「え? ホント?」
「あぁ。そう言えば異世界でお師匠が言ってた」
「死霊術師のオババさんが? なんて?」
多分、僕と初音がイメージするオババさんの若さ的なビジュアルは大分違うだろうが、お師匠がオババであることは正解だ。
「ゾンビ化は時間が経てば経つほど進んで本能で生きるようになるって」
「どういうこと?」
「つまりドンドンおバカになっていくってことさ。でもゾンビになってすぐなら意思疎通もできるって聞いてる」
お師匠が言うにはゾンビはウィルスなどではなくて〝呪い〟らしい。
噛まれることで呪いが移ってゾンビ化が進んでいく。
「ならこの人に状況を聞いてみよ」
「ああ、それだ! すいません。どうして日本がゾンビだらけになったんですか?」
OL風の女性ゾンビはやはり悲しげな声を出した。
「あ”~う”~あ”~う”~(わからない。一週間ぐらい前から世界中で奇病が流行っているってニュースになって)」
「なんだって?」
一週間前だとちょうど僕らが異世界に行ったときぐらいか。
しかもゾンビだらけになったのは日本だけじゃなくて世界中なのか。外国からの救助も来ないということか……。
「アキラ。ねえアキラ。なんて言ってたの?」
「あっえっと……」
外国のことは伏せるか。初音には希望を持っていて欲しい。
「一週間ぐらい前から奇病のニュースがはじまったらしい」
「そうなんだ。ゾンビが現れだして一週間か」
幸か不幸かネクロマンサーの修行を受けていたからわかるけど、これは思ったよりも遥かに深刻だ。
「ともかく僕の家に急ごう!」
「うん!」
僕の家は小さい一軒家だ。ドアを回すと鍵がかかっていた。
「鍵はあるの?」
「うん。異世界行った時もポケットに入っていた。
ドアを開ける。
「初音。靴のまま上がろう」
「いいの?」
「ああ、早く動けたほうが良い」
まさかとは思うが、父さんや妹がゾンビになっている可能性だってある。
「父さ~ん! 結衣~!」
ドキドキしながら家を見回るが誰もいなかった。
「ふ~、とりあえず家族がゾンビになっていることもなかったみたいだ」
「よかったね。きっとおじさんも結衣ちゃんも大丈夫だよ」
「うん。どっかに隠れているような気がするよ」
「アキラは襲われないんだから色々物資届けてあげなよ。私も手伝うからさ」
「そうだね」
二人で笑う。
「じゃあ手早く食料を集めて学校に行くか。ちょっと学校を見てから初音の家だな」
「うん!」
初音は元気な声を出したが、すぐにもじもじしはじめた。
「ん? どうした?」」
「ね、ねえ。結衣ちゃんの服借りていいかな」
あ、そうか。初音のおパンツは……。
「いいよ、非常時だし。なんでも使ってよ」
「ありがとう。じゃあちょっと着替えるね」
じゃあと思って妹の部屋の前で待とうとした。
初音が恨めしそうにこちらを見ている。
「なんで一緒に結衣ちゃんの部屋に入ってくれないのさ。ゾンビが出たらどうするのよ」
「で、でも二階だし」
それにおパンツ着替えるんだろ?
「来てよ! 後ろ向いていてくれたらいいから!」
一緒に妹の部屋に入り……クラスの美少女が濡れたおパンツを脱ぎ捨てて……妹のおパンツを……。
そこで僕は考えるのをやめた。
二人で結衣の部屋に入った。
新作なので感想等あると嬉しいです。