43 旅立ち
ゾンビ侵入騒動から一週間。
従業員通路も完全に封鎖し、バリケードも強化し、裏庭に原田の墓も作った。
伊藤はよく墓参りをしている。
安全地帯のエリアも広げ、俺たちは平和な毎日を送っている。
「初音ちゃん! 一緒にご飯食べよ!」
「あ”~う”~(わーい! 食べる食べる~!)」
初音が高瀬に連れられてお昼ご飯を食べに行っている。
無事に皆に受け入れられたようで、今や常に女子たちに囲まれていた。
初めは初音の通訳としてよく駆り出されるが、今では日常レベルのコミュニケーションは取れているような状態だ。
もともと社交的で友達は多かった初音だ。
ゾンビになって言語でのコミュニケーションが取れなくなったといえど、彼女の人を惹きつける素質は健在なのだろう。
初音も、また友達とワイワイやれて楽しそうに見える。
彼女の笑顔を見るたびに、よかったなとしみじみ思うのであった。
「けど、戻してやりたいよな、人間に……」
少女たちと楽しそうに昼食を囲む初音を眺めながらポツリとつぶやく。
やはりゾンビじゃなくて人間でいてほしい。
その思いは変わらなかった。
あの日、初音のおじさんと約束した日からずっと。
「なに浮かない顔してるし」
声をかけられて顔を上げると、中川が怪訝な表情を浮かべて立っていた。
「お昼、食べないの?」
「いや、ちょっと考え事をしててな」
「ふーん……初音ちゃんのこと?」
「……っ。鋭いな」
「わかるし。どんだけアキラを見てきたと思ってるし」
「……え?」
見ると、中川は顔を赤くしてもじもじしていた。
「どうした? 顔赤いぞ。熱か? また体調を……」
「~~~っ!! もー! ありえないし! ほんっと、ありえないし!」
「いてっ、いてっ、叩くな叩くな」
ぽかぽかと叩いてくる中川に抗議の声をあげる。
どうやらいつものごとく、また俺は何か余計なこと言ってしまったようだ。
「悪かったって。機嫌なおしてくれよ」
「ふん、知らないし。アキラはさっさと、初音ちゃんを元に戻す方法でも探しに行けばいいんだし」
「……中川?」
ツンとしているように見えた中川が、柔らかい笑みを浮かべていた。
「アキラが初音ちゃんのことをどれだけ好きか、見てたらすごくわかるし」
「そ、そんなにわかるか?」
「自覚ないのはやばいし。とにかく、それだけ好きで、初音ちゃんを人間に戻したいって思ってるんでしょ?」
「ああ、思ってる」
「それなら……戻してあげるべきだし。私たちは私たちで、なんとかするからさ」
「中川……」
彼女は、俺を激励したのだ。
私たちのことはいいから、初音を人間に戻す方法を探しに行けと。
「ごめん、中川。ありがとう」
「別にいいし。ただ、絶対に帰ってくること。これだけは約束してほしいし」
「ああ、約束する。絶対に、帰ってくる」
俺がそう断言すると、中川は笑ってこう言った。
「その言葉だけで、今は十分だし」
◆◆◆
「みんな、聞いてくれ」
昼飯時が終わった後、俺は初音を連れて皆を集めた。
少女たちはなにが始まるのだろうといった表情をしている。
「単刀直入に言う。……初音と外の世界に行ってこようと思う」
少女たちがざわついた。
「ど、どうしてですか」と1人の少女が尋ねてきた。
「突然ですまない。どうしても初音を人間に戻してやりたいんだ。その方法を見つけるために外の世界に出ようと思う」
言うと、少女たちは押し黙った。
「もちろん並行して警察とか自衛隊とか、助けを呼べそうなところにも行ってみようと思ってる。それに……そう遠くないうちに必ず帰ってくる。だから……」
少女たちに頭を下げる。
「ちょっとの間、留守にさせてほしい」
頭を下げながら、俺はどんな罵詈雑言も受ける覚悟でいた。
裏切り者と罵られるだろう。
自分でショッピングモールに連れ出しておいて見捨てるのかと怒りが湧くだろう。
誰もが中川のように送り出してくれるわけがないのだ。
そう思っていたのだが。
「さすがアキラさんです!」
「最愛の人を元に戻すために一緒に外に行くなんてどんな純愛映画みたい!」
「これが人種を超えた愛ですのね……! すごいですわ!」
なんか拍手喝采を受けた。
予想外の反応と、ゾンビって人種なの? としばし呆然とした。
少し前に反発してた中学生たちとは思えない。
「い、いいのかよ? 戻ってくるとはいえ君らを放置してしまうんだぞ」
俺が言うと少女たちは口々に言った。
「初音さんのためを思ってのことなんですよね? それなら私たちはなにも言えませんよ」
「ここ最近、朝から晩まで食糧の備蓄量の計算とかしてましたものね。私たちだけでも大丈夫ないような環境を整えていたんですよね?」
「ちゃんと見てましたよ、私たちは。むしろ、感謝しかないです」
そうか。皆、ずっと前から俺の頑張りに気がついてくれていたんだなと目頭が熱くなる。
感謝しかなかった。
「あ”う”~」
初音のその言葉の意味のない感動のむせびだった。
同級の少女三人にも目をやる。
彼女たちも皆、笑っていた。
「うんうん。アキラはよくやってくれたってことだよ」
近くにいた中川がそう言う。
「アキラくん、これだけ信頼されるって、すごいことよ」
高瀬が笑いながら言う。
「次帰ってくるときは、人間になった初音ちゃんを見せてね」
伊藤は胸の前でガッツポーズを作って言った。
「みんな……ありがとう……」
湿った声で、俺は皆に感謝の言葉を口にした。
◆◆◆
それからは早かった。
翌日。
少女たちも手伝ってくれて、俺と初音は外の世界で活動するための荷物を用意した。
大きめのリュックを2人で背負い、出発の準備が整う。
皆に見送られ、俺たちはショッピングモールの入り口に立った。
隣に立つ初音の手を握る。
彼女の手は冷たかったが、握っているとわずかに暖かかった。
彼女が完全に死んでいない証拠だ。
「あ”~う”~(また2人きりだねー!)」
「ああ、そうだな」
「う”~(でも、アキラとならどんなことがあっても乗り越えられそうだね!)」
「もちろんだ。どんなことがあっても、初音は俺が守る」
「あ”あ”~(うふふ。ありがとう、アキラ)」
そんなやりとりを、少女たちが微笑ましく見守ってくれている。
俺は少女たちに向けて、言った。
「それじゃあ、行ってくる」
少女たちは皆、笑顔で同じこと言った。
「「「行ってらっしゃい」」」
俺と初音はショッピングモールを後にした。
頭上には青空が広がっていて、俺たちの新たなる船出を祝福しているようだった。
初音と手を繋いで歩きながら、俺は彼女に語りかける。
「これからもよろしくな、初音」
「あ”~う”~(こちらこそよろしくね、アキラ)」
ゾンビによって社会が崩壊した世界で、不安なこともある。
でも、俺は、どんな困難が降りかかってきても乗り越えられると確信していた。
なんたって俺は──異世界帰りのネクロマンサーなのだから。
異世界を追放されたネクロマンサーなので、日本にゾンビがあふれても俺のターン! はひとまずこれで終わりです。
お付き合いいただき誠にありがとうございます。
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