42 小さな英雄
原田を撃った。
ゾンビ化して皆を襲うのを防ぐためとはいえ、内心は複雑だった。
女にだらしない最低野郎だと思っていたが、最後に〝何か〟を見せて去っていた。
多くの人が死ぬまで見せることができない〝何か〟を。
「アキラくん……」
まだうまく動けない伊藤が、声を震わせながら話しかけてくる。
「ごめん、伊藤。原田のこと助けてあげられなかった」
絞り出すように言うと伊藤は首を振った。
「仕方がないよ‥‥これでも犠牲は最小限に抑えられたと思う」
「そう言ってくれると助かる‥‥ありがとう」
とりあえず俺は、動かなくなったゾンビを安全地帯の外に放り出した後、原田の亡骸を床に敷いたビニールシートに乗せて覆った。
そして、床に散らばった血の処理を始める。
「あーしも手伝おうか?」
中川が申し出てきたが、俺は断った。
ゾンビの呪いを媒介する血の危険性は未知数というより時と場合なのだ。
「万が一、この血が原因で中川に感染したら目も当てられない。この血は俺がなんとかするから、中川は中学生たちを宥めててくれ」
「アキラ、あーしを心配して……」
両頬を抑え、恥ずかしそうにする中川。
「わ、わかった! ありがとう、アキラ! 中坊どもはあーしに任せろ!」
「ああ、頼んだ」
そして時間をかけて、一滴残らず取り除いた。
念のため強力な死霊術を使ってゾンビの呪いが残ってないか。
「よし、これで大丈夫かな」
ひと段落つき、額の汗を拭っていると。
「あの‥‥」
「ん?」
少女たちが駆け寄ってきて俺に声をかけてきた。
「助けてくれて、ありがとうございます……!」
「アキラさんが駆けつけてきたおかげで助かりました……」
「その上後片付けまでしていただいて……」
口々に俺に対するお礼を言い、頭を下げる少女たち。
「いや、いいよ、そんな……1人死なせちゃったわけだし……」
俺は原田が包まれたビニールシートを見やりながら呟く。
「お優しいんですね、アキラさん……」
「気に病まないでください……アキラさんが駆けつけてくれたおかげで、助かった命もたくさんあるんですから……」
たくさんの励ましの言葉をかけてくれる少女たち。
「みんな……」
俺の心は少しだけ軽くなった。
「あーしも、アキラがいなかったら死んでた。だから……ありがとう」
中川も、頰を赤くして頭を下げる。
なんだか気恥ずかしくなって、俺は言った。
「でも、ここまで早く帰ってこれたのは俺じゃなくて……初音のおかげなんだ」
「「「初音?」」」
聞き慣れない名前に、皆が首をかしげる。
「もう出てきていいぞ、初音」
俺が呼びかけると、高瀬と結衣と、そして、初音が物陰から出てきた。
最初、中学生たちは見慣れない少女に首を傾げていた。
「あ”~う”~(みんな、初めまして~)」
しかし、初音が近づくにつれ、彼女らの形相が変わった。
「えっ!?」
「なんでゾンビが……!?」
「あれ、でも、人を襲ってない……?」
「あ”~う”~」と人らしからぬ声を発しながらも、高瀬にも結衣にも襲う気配のない初音。
中学生たちが身を引いたり、不思議がったりする中。
「初音、ちゃん……?」
「嘘でしょ!?」
初音と面識のある中川と伊藤が信じられないといったように言う。
「どういうこと!? 説明して、アキラ!」
中川が俺に詰め寄ってくる。
彼女も、初音と仲が良かったのだろう。
「わかった、説明するからとり合えず落ち着け」
俺は初音の隣に立った後、皆に事の経緯を説明した。
初音と自分は幼馴染みであること。
2人で異世界に召喚され、そして一緒に帰ってきたということ。
こっちの世界で初音がゾンビに噛まれてしまったこと。
その際、とっさに死霊術をかけ、なんとか完全なゾンビ化は免れたこと。
そして今まで、自宅で一緒に暮らしていたこと。
一通り説明した後、俺は心臓をバクバクさせながら皆の反応を伺った。
ゾンビに生活を滅茶苦茶にされた子達だ。
彼女らの、ゾンビに対する憎しみは相当なものだろう。
いくら初期症状のゾンビで絶対に人を襲わないとしても、初音をよく思う子は少ないだろう。
最悪の場合、俺もろとも追い出されるかもしれない。
そう思ってビクビクしていると。
「アキラさん、すごいです!!」
誰かが、そんなことを言った。
「……へ?」
状況が飲み込めず、間抜けな声を出すと。
「ゾンビになりかけた想い人を助けて、その後も一緒に暮らすって…‥すごい感動します‥・!」
「ということは、初音さんは今までずっとアキラさんと一つ屋根の下‥‥」
「きゃー! これ、どんな純愛物語よ!?」
尊敬の眼差しで見つめてきたり、きゃーきゃーと頰に手を当ててはしゃいだり、目尻に涙を浮かべていたりするなど、様々な反応を見せる少女たち。
高瀬と結衣は、やっぱりねと安堵したように息をついていた。
「あ”う”~あ”う”~(なんかよくわからないけど、受け入れられたのかな?)」
「あ、ああ。なんかそうっぽいな」
俺が呟くと同時に、中学生たちに囲まれた。
そのまま俺は中学生たちに囲まれた質問責めにされる。
2人は付き合ってるんですかとか、どっちから告白したのですかとか、おおよそ思春期の少女が気になりそうな質問を浴びせられた。
それらを適当に濁しながら受け答えた後、疲労が溜まったからと言って俺は話から抜け出した。
見ると、初音も少女たちに囲まれていた。
言葉は通じないが、少女たちから一方的にお礼を言われたりしているようだ。
どうやら、初音は皆に受け入れられたようだ。
ホッとしていると、俯いて暗い表情をしている伊藤が目に入った。
「どうした伊藤、浮かない顔をしてるな」
「うん、ごめん……ちょっと……」
「原田のことか?」
伊藤は黙り込んで俯いた。
やはり、昔一度付き合っていた彼女としては、悲しい気持ちがあるのだろう。
「ショッピングモールの裏庭に、原田の大きな墓を作ってあげようと思う」
俺が言うと、伊藤は顔を上げた。
「それが、死んでしまった原田にできる供養だと思う」
伊藤は少し表情を和らげた。
「ありがとう、優しいのね」
「そんなこよないよ」
伊藤は俺に感謝して、少しだけ涙を流した。
毎日更新で駆け抜けています。最後まで駆け抜ける予定です。
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