4 死霊術師の絶対領域
おじさんは僕達の目の前で平然と女性を貪り食い続けていた。
相当な時間を経て、僕はやっと声を出せた。
「これはゾンビだ……」
「ゾ、ゾンビ?」
「間違いないよ……おじさんが言ってる意味がわかったんだ。僕がネクロマンサーだからだと思う。襲われなかったのもそうだ」
「なるほど……私、死霊術についてはさわり程度しか聞いてないけど、そうなのね」
初音も、異世界で勉強させられた中で死霊術のことは聞いていたんだろう。
僕は初音の手をひく。
「どこかに逃げよう!」
「ま、待って。ト、トイレ……」
「ええ? 今?」
「だ、だってその」
初音は恥ずかしそうにもじもじしている。緊急事態だ。
まあ公園のトイレは隠れる場所には良いかもしれない。
トイレに移動する間にもどこかで悲鳴があがったり、車が衝突する音が聞こえていた。
街はきっとゾンビだらけなのだ。
僕は初音の手を強く握って言った。
「初音。僕から絶対に離れるなよ!」
「う、うん……」
ネクロマンサーは自分の周りにゾンビを近寄らせないこともできるので、なるべく初音に寄り添ってトイレまで走る。
――つまり僕はゾンビに襲われない! ネクロマンサーだからね!
公園のトイレにたどり着き、僕も女子トイレに入った。
まあ緊急事態だし仕方ないだろう。
初音もなにも言わなかった。
もしゾンビが来たら初音は襲われてしまうしね。
けれども。
「ちょっ、ちょっと!?」
「い、いいでしょ!?……怖いのよ!」
個室の外で待とうとした僕だったが、初音に中へ引き込まれてしまう。
「み、耳は塞いでドアのほう向いてて!」
という初音の命に従い両耳を塞ぐも、かすかに音が聞こえ……ごほんごほんっ。いいや、何も聞いてない。何も聞こえてないぞ、僕は!
そんなこと考えている場合じゃないんだ! 今はゾンビだ!
ゾンビのほうが重要だ!
ゾンビのほうが重要だけどもおおおおおおおおおおお!
思わず、好きな子の恥じらっている表情が頭に思い浮かんでしょうがない。
「ア、アキラ! き、聞こえてるの!?」
「聞こえてない! 聞こえてない!」
「き、聞こえてるじゃない!」
「し、しまった!」
そうこうしている間に〝終わった〟ようだ。
状況について話さなければ。
初音と僕は、個室の扉越しで会話する。
「もしゾンビが蔓延しているとしたら……この先、日本……いや、地球はどうなるの?」
初音の問いに対し、僕は深刻な事実を言わなければならなかった。
「初音はわかると思うんだけど……地球には本物の魔法の類ってないだろ。昔はあったのかもしれないけど」
異世界で本物の魔法教育を受けた僕達にはわかる。
今の地球には魔法なんてインチキしかない。
「う、うん」
「ゾンビは噛まれることで感染する呪いなんだ。魔法のなかの死霊術かな」
「ネクロマンサーの専門分野ね。アキラの見解は?」
「うん。呪いや死霊術になんの対策もない人類にゾンビが発生してしまったら……」
僕が言い淀んでいると、初音が言った。
「人類存亡の危機ね……帰ってきたのにそこは異世界とかわらない……ね」
その通りだ。僕の見立てが正しければ、近いうちに地球も異世界と変わらない危機に見舞われるだろう。
生き残った人間がゾンビというモンスターに怯えて暮らさないといけないという点に置いて。
「う、うん。むしろ異世界よりもピンチかもしれない……正確にはわからないけど」
「そうなんだ」
「でも心配しないで。初音は僕がずっと傍で守るよ」
「え?」
そう。ネクロマンサーはゾンビを近づかせない。身を守るための死霊術の基本だ。
だからさっきのゾンビおじさんも怯えて抱き合う僕達を素通りしたのだ。
見習いネクロマンサーの僕でも、半径2mは安全圏内だ。
ずっと一緒にいれば初音が噛まれることもない。
とはいうものの、さっきみたいにトイレしたり、眠ったりする時はどうしようか……。
それは後で考えよう。
「な、ななななななに言ってるのよ! アキラ!」
深刻な問題を考えているのに初音が後ろで声を上げていた。
「え? なに?」
「あのぅ……そのぅ……」
なんだか小さな声でハッキリしない。
まあいい。ちゃんと伝えないと。
「とにかく僕の傍を絶対に離れないで。わかった?」
「ぅ、ぅん……」
顔を真っ赤にした初音が、急に後ろから抱きついてきた。
「いやいやいや。ここまで近づかなくて大丈夫だから。僕の死霊術で、トイレの個室ぐらいはゾンビが近づかないようにカバーしてるよ」
「え? そういう意味?」
「半径2mぐらいは大丈夫。それから……スカートは……」
ドジっ子の初音はパンツを履いていたものの、まだスカートを上げてはいなかった。
慌ててスカートを捲し上げたが、もう遅かった。