39 綻び
一体のガタイの良いゾンビが、ショッピングモールを彷徨っていた。
「あ”~う”~」
生前はアマチュアの格闘家として活動していた彼だったが、今や血肉を求める生ける屍と化している。
彼には思考というものが存在しない。
本能のままに移動し、新たな餌を求めて徘徊するだけであった。
そんなある日、ショッピングモールに多くの生きた人間がやってきた。
ゾンビになった自分とは違う、生きた人間の声。
”エサ”の声だ。
「あ”う”う”」
本能に導かれるように、呻り声をあげて声の元へ向かう。
しかし、ある一定のところで、積み上げられた家具や大型の家電製品に阻まれて進めない。
知能のない彼には、それらをどかして先に進むことはできない。
その大きな身体をしばらく打ち付るも、強固に築き上げられたバリケードはビクともしなかった。
彼は諦めたのか、バリケードに背を向けて再びさまよい始める。
しばらくして、彼はとある通路に迷い込んだ。
そこは普段、一般客は立ち入ることのできない従業員専用通路だ。
従業員通路は、各フロアへの移動を短縮経路として利用される。
つまり、違うフロアから違うフロアへと繋がっているのだ。
彼はその通路を歩き続けた。
すると、彼の耳に生きた人間の声が聞こえてきた。
エサが近くにいると気がついた彼は、声のする方へ足を進めた。
すると、再び行く手を阻むようにタンスと椅子が積み重なっていた。
しかし、細い通路ということで重要視されなかったのか、そのバリケードは先ほどのものと比べて規模が小さく、強度も低かった。
彼は何度もその大きな身体を打ち付けた。
徐々にずれていくバリケード。
やがて、崩れる音とともにタンスが倒れ、道が拓けた。
「あ”う”~」
倒れたタンスを乗り越え、彼は唸り声をあげながら声のする方へと向かった。
◆◆◆
「んしょっ……流石にこれは読みすぎ、かな……」
伊藤が、何冊もの本を胸に抱えて歩いていた。
読書欲が抑えきれなくなった彼女は、今夜は寝るまでずっと本を読むぞと、店から大量に持ってきたのだ。
「そんなに読むのかよ、お前」
「あ、原田くん……」
伊藤の前に、いつの間にか原田が立っていた。
その表情は半ばあきれている。
「ほら、半分貸せ。前見えねえと怪我するだろ」
「ご、ごめん。ありがとう……」
ため息をつきつつも、伊藤から本を受け取る原田。
特に何かを話す訳でもなく、2人は無言で歩く。
しばらくして、原田が口を開いた。
「……悪かった」
「え?」
伊藤が首をかしげる。
「その、付き合ってる時、乱暴しちまって」
原田の突然の謝罪に、伊藤は驚いたように目を丸めたが。
「ううん、もう気にしてないよ」
伊藤が首を振ってそう答えると、原田は安堵の表情を受かべた。
「いきなりどうしたの、原田くん」
「いや、ちょっと心変わりしただけだ」
「アキラくんの影響?」
伊藤が尋ねると、原田はバツの悪そうな表情を浮かべた。
「……かもしれないな」
「なるほどね」
伊藤は笑った。
「正直、アイツが死霊術とかいう妙な力を持ってると知った時は、本当にアイツが世界をこんな風にしたんじゃねえかと思ったが……」
「アキラ君に限ってそれはないよ」
「ああ、違いねえ」
「あの人はただ、純粋に私たちを助けたいだけみたいね」
「信じられないが、そうみたいだな」
「あんなすごい人、私、見たことないよ」
「同感だ」
原田と伊藤が歩きながらそんな会話をしていると。
ーーーきゃあああああぁぁぁぁ!!
皆のいるほうから女の子の悲鳴が聞こえてきた。
「な、なんだ!?」
「えっ、なに? どうしたの?」
本を放り出し、2人は駆け出した。
そして、皆のいるスペースにたどり着く。
そこで原田と伊藤は、最悪の光景を目の当たりにした。
「クソ! マジかよ!?」
「そ、そんな!?」
腐った肢体。
口元から滴れる赤い血。
肩元は食いちぎられたように抉れている。
”ソイツ”は、アキラがいない今、最もこの場にいてはいけない存在だった。
「あ”~う”~……」
一体のゾンビが、皆のいるスペースに侵入してきたのだ。
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